23 竜の王子


 天に届くような大樹の下に原生林が広がっている。


「こんな森の果てに……?」


 リーチェはそうつぶやいた。

 かつて人が掘り起こした形跡のある場所はとうに過ぎ、森の奥深くに一同は向かっていた。

 ロジェスチーヌ伯爵領の中でも魔物ばかり出る危険区域のため、立ち入り禁止になっているところだ。


『うん! もうちょっとだよ!』


 そうリューが言ってから間もなく、視界に小さく竜の群れが映った。

 リューと同じ黒竜だ。普通の人間なら、それに近付くことは死地に赴くようなものだろう。

 しかしリューはそちらに向かって、どんどん近づいて行く。


「オイオイオイオイッ!! 引き返そうぜ!!」


 そうダンは叫んだが、リューは『だいじょうぶ! ぼくのカゾクだよ』と、のんびり言って気にした様子もない。

 黒竜達の下の森には集落らしき建物がある。

 リューよりも巨大な成竜達が眼光鋭く、リーチェ達を睨みつけていた。

 しかし黒竜達は間近にきてもリーチェ達に襲いかかってくる気配はない。


(……リューを心配している?)


 子竜を気遣うような彼らの眼差しにリーチェは気付いた。


『みんな~、おりるよ〜』


 リューは大きく旋回し、建物が密集する区域にふんわりと降り立った。広場のような場所だ。

 妙にキラキラした母屋が並んでいるように見えたが、よく見たら鉱石を積み上げられて造られた家のようだ。


「これ、王都の連中が見たらよだれの出るような光景だろうな……」


 ダンはリューの背から降りると、首笛を鳴らしてそう言った。

 ハーベルの手を借りて、リーチェもそっと降り立つ。

 周囲を見回すと、家は人間達の住居と言われても違和感がないくらいの戸口の大きさだった。とても竜の棲み処には見えない。

 突如、ひときわ大きな建物から男女が駆け出てきた。二人はリューに向かって両手を広げて抱きつく。


『リュー! どこに行っていたんだ!?』

『ずっと心配して捜していたのよ!』

『ごめんなさい。パパ、ママ』


 はたから見ると、竜の足にすがりつく人間の男女にしか見えない。

 二人は二言三言リューと話したあと、リーチェ達に向き直った。


『リューを助けてくださって、誠にありがとうございます。私はこの里の長で、竜王のダディアと申します。こちらは妻のマミラ』


 ダディアは野性味のある風貌の男性だった。黒髪は後ろで乱雑にひとつに束ね、瞳は金色に輝いている。隣に立つ女性は、長い銀髪に青い目のたおやかな女性だった。

 聞けば、リューは森の外に出てはいけないという言いつけを破り、鳶を追いかけているうちに迷子になってしまっていたらしい。

 そのうち足の爪の隙間に倒れていた木が突き刺さり、痛みにうめいて暴れているうちに人間の世界に踏み込んでしまっていたのだ、と。


『どんなに感謝しても足りませんわ。あの子は我が一族にとって大事な王子なのです』


 竜は長寿なためか、繁殖能力が低いとされている。

 リューは竜王と妻の間にできた唯一の後継者であり、里に百年ぶりに生まれた子竜だった。そのため皆で大切に育てていたのだという。


『何かお礼をさせてくださいませ。私達にできることなら何でも致しますので、遠慮せずおっしゃって』


 ダディアは笑顔で、そう言った。

 リーチェはハーベルと視線を合わせて、お互い同じことを考えていることを悟る。


「では、協力して頂きたいことがあるのですが……」


 竜に襲われないという確約をもらえたらありがたい。そうリーチェは期待していたが、予想外なことに事情を知ったダディアが全面的に協力すると申し出てくれた。なんと一緒に掘り出す作業を手伝ってくれるという。


「ありがとうございます」


『いえいえ。恩人なのですから、当然のことです』


 一行は手厚いもてなしを受け、その晩は竜族の里に泊まることになった。




 そして翌日から、リューに魔鉱石がある場所に案内されて、採掘が始まった。

 掘る作業を竜族が手伝ってくれたおかげで、作業がスムーズだった。竜の背に魔鉱石を載せてロタの町まで飛んで行くと代官が泡を吹き、町の人々は大騒ぎした。


「信じられない……! あの竜族が言うことを聞くなんて。それに、皆人間にしか見えないわ……」


 話を聞きつけた近隣の町の人々が集まり、リューを囲んでいた。

 今リューは人型に変化しており、つやつやした黒髪と金の瞳の五歳くらいの幼児の姿になっていた。

 自分より大きな人間達に怯えて、リーチェの服をつかんで背後に隠れている。


『リーチェ! なんだか、みんな目がこわいよぅ。竜のすがたに戻ってもいい?』


「リュー、ごめんね。元の姿に戻ったらリューの身体で町が破壊されちゃうから……もう少しだけ我慢できる?」


 リーチェは申し訳なさを覚えつつ、屈んでリューに視線を合わせながら言った。

 町の人々を刺激しないよう竜族には魔鉱石を城壁の外まで運んでもらっていたのだが、好奇心の旺盛なリューが『中に入ってみたい』と駄々をこねた結果だ。


「大丈夫。絶対にリューや竜族の皆を傷つけさせないから」


 リーチェはリューに向かって、そう言った。

 魔鉱石の発掘を手伝ってもらう代わりに、ハーベルとリーチェは竜族の暮らしを護ることを約束していた。

 リューが怯えていることに気付いた商人の女性が、おもむろに荷物から何かを取り出して彼に与える。


「人間の子供と変わりないじゃないか。あんた達! 驚かせるんじゃないよ!」


 リューはきょとんとした顔をしながら、モミジのような手で受け取った。それは棒に刺さった飴だった。


『なぁに? これ、もらってもいいの?』


 頭に直接声が届いて女性はびっくりした表情をしていたが、早々に順応してリューに笑顔を向けた。


「そうだよ。食べてごらん」


『っ……おいしい!』


 止める間もなくリューは飴を口に含んだ。疑いなど持たないのはリューの美点だが、リーチェは少しハラハラしてしまう。しかし彼女の心配は杞憂だった。

 リューのあどけない態度に町の人々の緊張が抜ける。竜の危険な生き物というイメージが払拭された瞬間だった。

 その出来事をきっかけに、ロタの町は竜族と交流していくようになる。

 竜族から魔鉱石の性能を効率的に引き出すための加工技術を教わり、リーチェはロタの町の職人達にそれを伝授した。

 魔鉱石を加工したものは『魔法石』と呼ばれ、ロジェスチーヌ伯爵領の一大産業となっていくのだった。



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