22 子竜

 ロタの町から三十分ほど歩き、平原にたどり着く。

 リーチェは、深呼吸して気持ちを落ち着かせた。あらかじめ皆には付与魔法で【防御】と【攻撃力強化】の魔法をかけてある。


(竜を相手にするのは初めてだ)


 正面から戦うのは無謀だし、倒せるとは思っていない。目的は森に帰すことだ。

 ララは戦闘員ではないので町に残ることになった。この場にいるのはハーベル、ダン、リーチェとゴウだけだ。

 それぞれ大きな岩陰に隠れて身を伏せていたが、しばらくして弓を構えたダンが言った。


「……きたぞ!」


 それは城ほどの大きさもある黒い竜だ。首を左右に振り回しながら暴れている。口からは黒炎を吐き、周囲の草木を焼き払いながら、大股で近づいてきていた。

 その様子にリーチェは違和感を覚える。


(なんだか、動きがおかしいような……?)


 そもそも竜は人語を解すると言われるほど賢い種族だ。自身の縄張りを侵されない限り、無闇に人間を攻撃してくることもない。


(……なのに、なぜ?)


 リーチェは黒竜を観察する。よく見れば、書籍に記してあった成竜よりも随分小さく見えた。


「……もしかして、子供?」


 それに、竜の足の爪に幹のような太い棒が突き刺さっている。

 ハーベルが片手をあげると、ダンとゴウが矢を子竜に向けた。


「っ! 待ってください!」


 リーチェの制止にハーベルは驚いたように動きを空中で止めたが、間に合わず矢は放たれてしまった。

 リーチェは岩陰から飛び出す。

 二つの方角から放たれた矢を同時に防ぐのは困難だと瞬時に察し、子竜に向かって防護魔法をかけた。


「おいおい!! 嘘だろ!」


 リーチェの行動に唖然とするダン。それもそうだろう。どこの世界に敵に防護魔法をかける魔法士がいるというのか。

 しかし驚いていたのはダンだけではない。

 子竜自身も矢の襲来に気付き身構えようとしていたが、寸前で攻撃を誰かに阻まれたことを察したのだ。

 子竜は動きを止め、自分を護ったリーチェを見おろす。


『え? ぼくを、たすけてくれたの?』


 幼い少年のような声がリーチェの頭の中に響く。


「え? 頭の中に声が……?」


 リーチェは戸惑いながら子竜を見上げた。

 竜にそんな能力があることは知らなかった。竜の生態について詳細に記載した本はないのだ。


『できるよ〜。あ、でも、ニンゲンと話しちゃいけないって、パパとママに言われているんだった……どうしよう。こまったな……』


 子竜はその場に座り込み、困ったように前足の爪で顔を掻いている。

 しかし間もなく子竜はイライラしたように足や尾が地面にぶつけ始めた。あまりに身体が大きいため、些細な動作であっても地鳴りが響く。


『いたいよぅ……アシがいたいよぅ。え〜ん』


 子竜は泣いていた。

 リーチェは慌てて子竜をなだめた。


「落ち着いて! 足のトゲ取ってあげるから!」


『……トゲ? ぼくのアシ、なにかささっているの?』


 子竜が小首を傾げて問いかけてくる。

 リーチェはうなずいた。


「そうみたい。すぐ取ってあげる。痛くなくなるよ」


『ほんと? じゃあ、おねがい』


 子竜から了承をもらったので、リーチェは近づいていく。


「おっ、おい! 危ないぞ!! 死ぬつもりか!?」


 仰天したダンがリーチェに向かって叫んだ。


「大丈夫です! この子、怪我してみたい!」


 そうリーチェは声をかけたが、ハーベルもダンも困惑しているようだ。子竜の声はリーチェ以外には届いていなかったらしい。

 リーチェは子竜の爪の隙間に突き刺さっている幹に腕をまわし、引っ張り始めた。

 人の胴体くらいの大きさはある。普通に引っ張っても無理だとすぐに悟る。


「皆さーん、足の棘取るのを手伝ってください!」


 リーチェの声に反応し、いち早く動いたのはハーベルだった。

 子竜の足元に向かおうとするハーベルを見て、ダンが頭を抱える。


「おいおい! 正気かよ、お前ら……棘取ってやっても竜がこっちを攻撃しない保障なんてないのに……」


 ハーベルがリーチェの後ろにまわったが、つかむ箇所がないことに気付く。


「リーチェ、すまないが今だけ腰を持っても良いか?」


「え!? あ、はっ、はい! どうぞ」


 赤面しつつリーチェが了承すると、ハーベルはおもむろに彼女の腰をつかみ後ろに引いた。


「っ、ひゃあぁっ」


 リーチェの手から力が抜け、後ろに倒れ込む。


「……っ! 危ない!」


 ハーベルがリーチェを受け止め、後ろに倒れた。半身を起こしたリーチェが顔を上気させて、ハーベルを見つめた。

 その動作で、ハーベルは全てを察する。


「すまない。……もしかして変なところを触ってしまったか?」


「いっいえ!! ただの脇腹です、けど……すみません。くすぐったくて……、力が入らず……」


 モゴモゴと話すリーチェ。

 ダンが頭を掻き回して叫んだ。


「何やってんだ! こんな時にいちゃつくなっ!!」


「「いちゃついてない!!」」


 即座にリーチェとハーベルが否定した。二人とも顔が赤いので説得力はない。

 ダンはため息を落として、ゴウの背中を促すように叩く。


「仕方ない。俺達も行くぞ。……リーチェは一番後ろで引っ張ってくれ」


 それが一番無難そうだった。

 リーチェはうなずき、ハーベル、ダン、ゴウの最後尾につく。それぞれが前の人の腰をつかんだ。


「皆、準備は良いか!? せーのっ!!」


 ハーベルの掛け声に合わせて、四人は渾身の力を込めて一斉に引く。

 すると、幹が動くような感触がして、ずるりと棒が抜けた。勢いで四人とも背中から地面に倒れる。


『ぬ、ぬけた──! やったぁ』


 子竜は翼をばたつかせた。突風で砂が舞い上がる。

 リーチェは砂が入らないよう目を細めて叫んだ。


「待って! 怪我を治すから!」


 そう言って、血がにじんでいた子竜の傷跡に近づく。

 治癒魔法をかけてやると、何もなかったかのような綺麗な鱗の皮膚に戻った。


『ウソ!? いたくない! いたくないよ!! ニンゲンって、こんなことできるの!?』


 ものすごい喜びようだ。思わずリーチェは微笑む。


(竜の世界には治癒魔法はないのかしら?)


 身体も丈夫で怪我をしにくいし、長寿だから魔法で治癒することがないのかもしれない。


『ありがとー! えっとニンゲン!』


「私はリーチェ。こちらはハーベル王子、そしてダンとゴウよ」


『みんな、ありがとう! ぼくはリューだよ』


 リーチェが紹介すると、それぞれに向かってリューは鼻を近づけて挨拶した。

 ダンは冷や汗混じりに、ゴウは青ざめながらであったが、なんとか後ずさりせずに受け入れる。


『あのねー! みんなを森にショウタイしたいんだけどいい? おレイもしたいし』


 そうリューに聞かれて、リーチェは目を丸くする。

 どちらにしろ鉱山に行くつもりだったのだ。目的地は同じだし、リューも一緒に行くなら竜や魔物に襲われる可能性も減るだろう。

 願ってもない申し出に、ハーベルはうなずいた。


「それはありがたい話だ。よろしく頼む」

 



 代官に事情を説明して荷物を整えてから、一行は竜の巣へと向かうことにした。

 最初は馬車でリューを追いかけるつもりだったが、リューが『ぼくのセナカにのったら?』と提案してくれたので空の旅となった。

 しかし竜の鱗はすべるしつかむところがなかったため、リューには馬用の鞍をつけさせてもらい、皆で恐々と乗っていく。


「わぁっ! 竜の背ってこんな感じなのね」


「た、高い〜怖いぃ」


 嬉々として目を輝かせるリーチェと、泡を吹きそうなララ。

 荷物をくくりつけ、ハーベルがリーチェの前に飛び乗った。


「よろしく頼むぞ」


 ハーベルがぽんぽんと鱗を叩くと、『うん! いっくよ〜』とリューが上昇した。

 視界いっぱいに青空が広がり、眼下のロタの町が遠ざかって行く。

 城の前から歓声があがった。いつの間にか集まってきた人々がリーチェ達を見上げて手を振っている。


「ありがとう! 助かったよ!」

「竜を手懐けるなんてたまげたなぁ。やるな、お前ら!!」

「すぐ帰ってこいよ! 祝宴の準備はしておくからな──!」

「あんた達は命の恩人だよ!」


 惜しみない賛辞を向けられ、リーチェの胸に喜びがこみ上げてくる。集まった人々の中には昨夜話した商隊の女性達もいた。


(これで、皆元通りに生活できるようになるわ)


 それにホッとする。

 前に座っていたハーベルがこちらに半身を向けて微笑む。


「リーチェがいなければ、こんなふうに穏便に解決はできなかっただろう。ありがとう」


「いえ、そんな……。ハーベル様や皆様がいてくれたからです」


 リーチェは照れて頭を掻いた。

 その様子を見ていたダンが後方から叫んだ。


「いちゃつくな──! このバカップルが!」


「っていうか、なんでこの並び!? この男の前とか嫌なんですけど! 変なところ触られそうだし!」


 リーチェの真後ろでそう叫ぶララ。

 ダンは憤慨した。


「はぁ!? そんな言いがかりつけられるくらいなら、いっそ既成事実にしてやろうか!?」


「きゃあああっ! リーチェ助けてぇ!!」


 ララに後ろから強く抱きしめられる。

 リーチェは「アハハ」と苦笑しつつ、案外この二人は相性が良いんじゃないかな? なんて思った。


「じゃあ行くぞ!」


 ハーベルの掛け声で、リューは飛翔した。その首を故郷の森へと向けて。


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