ダンジョンでも温めます!

@teiinm

第1話

現代社会がどれだけ高度な文明をもたらしていても、人間にとって変わらないものがある。


それは人間にとっての根源的で、原始的な欲求。


つまるところ3大欲求に代表されるそれらの中でも、私にとって特に重要なのは食欲である。


たとえこの世がダンジョンだらけになって人々の生活を脅かしていようが、友人に唆されて三十路になろうとしている中で仕事を辞めてダンジョン攻略に汗をかいていようが変わらない現実である。


そんな私が社会人時代から変わらず続けているルーチンワークとして、お弁当作りがある。


始めた頃はよくある男飯の延長でやたら凝った作りにして凄まじく時間がかかったり、茶色ばかりになってしまったものだが、続けているとこれが思ったほど時間がかからずにやれるようになるのだから不思議なものである。


社会人を辞め、ダンジョンに通うようになった私はある程度弁当を作れる時間も取れるようになったため、冷凍食品を使用するのを辞め、一通り自作するようになった。


別に自作が凄いとか、冷凍食品は使いたくないとかそういうわけじゃないさ。


今の冷凍食品は凄いんだよ。


妻もよくそう言っていた。


さて、まずは炊いたご飯を弁当箱に詰める。


他の準備を進めている間に詰めたご飯をさますのだ。


ご飯が大好きな私としてはこれでもかとご飯を詰める。


元々サンドイッチなどを詰めるような海外物の弁当箱だからか、本来サンドウィッチなどを入れるスペースにこれでもかとご飯を詰め込む。


少なくともおにぎり2つ以上のご飯は入ったはずだ。


社会人時代は良く妻にそんなにお昼に炭水化物を食べたら眠くならないのと呆れられたものだ。


でも辞めなかった。


ガバッと箸でご飯をかき込むのが日々の変わらない幸せを噛み締める瞬間だったように思う。


次にご飯にはふりかけをかけるのだが、お気に入りは紫蘇味のわかめふりかけだ。


妻は紫蘇が苦手で私しか食べられないので、たくさん貰い物でもらった時はひたすら私だけが食べていたものだ。


その時の経験からだろうか。これ無しにはいられなくなってしまったよ。


次にとっても安い材料費でとびっきり美味しい鶏ひき肉の肉団子。


こいつはちょっと甘めのタレを塗せばご飯が進む一品になる。


以前はこれをよく夕食に出していた。


土日は私がご飯を作る担当だったのだ。


息子はこれが大好きで、バクバク食べすぎて妻と良く取り合いをしていたものだ。


モヤシときゅうりは酢であえ物に。


こいつは合間に食べることで口の中をさっぱりしてくれる。


これはしっかり水気を切ってラップに包んでから入れる。


これが一番手っ取り早く弁当内での仕切りになると思っている。


ねじっておけば子供でも簡単に開くことができるんだ。


彩りも加味してミニトマトを入れておく。


甘いミニトマトは上の息子の大好物だ。


でも下の子は何故か苦手なんだよな。


兄弟でも味覚に差が出るのは面白いものだ。


次に昨日の夜の残りもの、カボチャのコロッケとブロッコリーとゴロゴロベーコンの炒め物を詰める。


完全に潰さずに食感を残したほくほくとしたカボチャのコロッケは家族皆が好きで土曜日に揚げ物をやる際は高確率で作っていたものだ。


いい加減飽きたから別のものがいいなんて妻に良く言われていたものだけれど最後まで辞めなかったな。


ブロッコリーは彩りにもなるしオリーブオイルとニンニクで炒めるととてもいい香りがして、こいつでもご飯が進むんだ。


大きめにスライスしてちょっと焦げかけたニンニクが密かに好物だ。


食べたら歯磨きをしなきゃいけなかったけどね。


そしてメインディッシュ。


社会人時代は朝ギリギリまで寝ていたい派の私が何とか毎日弁当を持っていく為に冷凍食品を駆使したものだが、そんな中でも必ず自分で作っていたもの。


それが「玉子焼き」だ。


ある日は出汁たっぷりのだし巻きになるように。


ある日は砂糖を多めにして甘めの味付けに。


この差が毎日あまり差がない弁当に違いをもたらしてくれたのだ。


全部を詰めきれないので余ったものを皿に置いておくのだが、朝起きるのが苦手で時間のない息子が、この玉子焼きだけ食べて出かけていく。


『パパ美味しい!』という言葉はお弁当作りのモチベーションだったのかもしれないな。


時間ができるようになった今の私は、この玉子焼きより進化させている。


しっかりとった出汁を押すとジュワッと汁が出るほど含んだ玉子焼きを作る。


なるべく出し汁が流れ出ないように大きめに切って、これを何切れもいれる。


誰が何と言おうと玉子焼きは主役になれるおかずだと思う。


良くお弁当を買うと申し訳程度に一切れ入っているものは多いけれど、あれでは私は満足できないのだ。


そんな出し汁たっぷりの玉子焼きは、冷めても美味しいけれど、やっぱり熱々で食べたいものだ。


死線をくぐり抜けて魔法という技術が使えるようになった私は、その技術を余すことなく使って、ダンジョンに持っていったこのお弁当を、まるで電子レンジでチンするかの如くホカホカにしてから食べている。


電子レンジと違って狙ったおかずだけ温めることができるから、冷たいものは冷たいままに、温かいものは暖かく食べられるのだ。


パーティーメンバーに何度も揶揄われたけど、どう考えてもこの温め能力が最も素晴らしい技術だと断言出来る。


おかずを一通り詰め終わったら蓋を閉め、バンダナで弁当を包む。


バンダナって使い所が難しいと思わないか。


妻からもらった時はどうやって使うかそうとう悩んだが、その妻が何の躊躇いもなく弁当の包みとして使っていたの見て、こういう使い方があるのかと感心したものだ。


今ではしっかりと役目をゲットしている名脇役と言えよう。


こいつだけはこの5年間ずっと使っているのにも関わらず未だ現役だ。


モンスターの攻撃を受けても自然と無傷で残っているんだよな。


ちなみに汚れてもちゃんと洗濯して使っているぞ。


そうして包まれた当を収納バックに詰める。


この玉子焼きがたっぷりな『特製ダンジョン弁当』を持って今日もダンジョンを降りていくのだ。


そんな私も今日からついに最下層にチャレンジ出来る。


ダンジョン入り口まで来た私は、パーティメンバーに軽く挨拶するとバックのチャックを開けて、中を改めて確認する。


よし、弁当も間違いなく入っているな。


いつもと変わらない、でも想いがいっぱい詰まったこの弁当は、きっと私に力を与えてくれるはずだ。


その力がきっと。


噂に出ている例の薬に巡り合わせてくれるはず。


どんな有用なドロップアイテムが出ても、全て換金してこの日の為に貯めてきた。


パーティーメンバーも非常に協力的だ。


暖かいご飯を家族揃って食べられる日々まであと少し。


そう決意し薬を持って病院に駆け込む自分を想像しながら、ダンジョンに足を踏み入れた。

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