第45話 商いの正道『戦国商人の終り』

元亀3(1572)年4月 摂津国堺湊今井宗久宅

風間小太郎



 戦国時代は、様々な商売が発生した時代でもあった。

 戦国大名が城を築くと、家臣達の住居が建ち並び、その生活に必要な品を売る商人が集まって来て、そうやって城下町が生まれた。


 戦国時代の商人が、最も財を成したのは、『土倉』と呼ばれる金貸しで、質屋、サラ金の原始形体の商売だ。

 京の都だけでも、300軒以上の土倉があったという。他にも寺社が金貸しをしており、戦国期の貨幣経済の浸透と対を成していたと言える。


 また、寺社の境内や町外れで『市』が立つようになり、その保護と引き換えに所場代を得て、寺社の権力増大に寄与していた。


 市では、年貢以外の米や麦、野菜、酒や塩だけでなく、饅頭や豆腐といった加工食品。

 綿布、糸、帯などの衣服や化粧の紅など。それこそ、燭台から灯心、菜種油まで様々な日用品が売られていた。

 ただし、庶民の着物は古着が大半であり、綿布などの顧客は、裕福な商家の女房などであったが。


 商売の形態も様々で、油売りから成り上がった斎藤道三のエピソードで有名なように、粘り気がある油を顧客の器に移す際に、漏斗じょうごを使わず、油を一文銭の穴に通して、油を溢したらお代を取らないとの口上で見物客を集めたり、映画『男はつらいよ』にも出て来る『テキ屋』の話芸から、頭に花籠を載せて売り歩く「大原女」や京桂川の鮎を売る「桂女」など、多種多様な商売が生まれた。その売り子の大半は女達であった。

 

 市では、朝から晩まで店を開いても所場代に見合う儲けが少なく、商売の負担となっていた。

 そこで、このような上納金を廃し、自由な商売をさせることにしたのが、織田信長などによる「楽市楽座」だ。

 楽市楽座は、庶民に活力を与え、戦国大名達の新たな資金となった。




 小太郎は各地の代官達からの報告とは別に、商人達からも各地の様子を聞くために、堺の今井宗久宅を訪ねた。

 宗久殿の下には、堺の会合衆の面々も集まってくれている。能登屋や臙脂屋べにやなどの有力商人などだ。

 彼らも又、俺から新政の情報を聞き出し、一速く先取りして商売を広げるのだ。


「小太郎様、久方ぶりにございます。お忙しい中、お越しいただき恐縮でございます。」


「宗久殿、一月前にも来たではないか。久方ぶりとまでは行かないと思うが。ははっ。」


「小太郎様、ここに集まる面々は、小太郎様から新しい話を早く聞きたくて、うずうずしている御仁ばかりなのですよ。ははっ。」


「如何にも。小太郎様に一月も会わねば、私ら時代に取り残されてしまいますがな。

 知らぬ間に、新しき事が始まったのだの、交易に出た者から耳にしますと、いても立っても居られませね。」


万屋よろずやはん、あんさんは焦り過ぎや。なにも慌てんでも、小太郎様はこうして来てくれはりますさかいに。」

 

「臙脂屋はん、万屋はんはあんさんと違うて、なんでも商いにしておりますからなぁ。

 気持ちを分かってあげなあかんわ。」



冗談てんごうはさて置き、小太郎様。甲斐や東国の山里で絹が作られ始めたとか、耳に入りましたが。」


「ははっ、もう耳に入ったか。新政を始めた時から、田畑の不向きな土地には、その地に合った茶や果樹の栽培、茸栽培、炭焼き、陶芸などを根付かせていたのだが、その中に桑の木も育てさせていたのだ。

 桑の木は、蚕の餌になる。植えて5年程になり、桑の木も成長したので、去年から蚕を育てているのだ。

 もう2〜3年したら、米の採れぬ土地が絹織物の産地になるぞ。うふふ。」


「なんと、5年も前から。教えてくれはっていたなら、わてらも協力しましたのにっ。」


「それは駄目だ。商いの品として、出来上がる前に知られれば、お前達、悪徳商人に食い荒らされてしまうからなぁ。」


「小太郎様、悪徳商人はあまりに酷うございましょう。わてらは、帝の意に従い民の暮らしを豊かにと励んでおりますぞ。」



「ふむ、いい機会だ。お前達商人に言い聞かせることがある。

 万屋、商いとはなんだ。言うて見よ。」


「はあ。米麦などの収穫品や草鞋から着物まで、各地の産品を買い上げて運び、多くの人々に売って儲けを得ることであります。」


「その際に、買う品、売る品の値はどう決めるのだ?」


「時と場合によりまするなぁ。他に売る者がおらなければ、買値の2倍にも3倍にもして儲けることができまする。

 逆に、遠方から船で運ぶ際に、船が沈んだりすれば大損になりまする。」


「さて、売値を買値の倍にも3倍にもして、お前達商人は儲けを得るが、その値で買わされた民達は、お前達に虐げられたのではないか。

 本来、お前達商人がおらず、産品を作る者達が直接に品を売れば、売値はずっと安値ちとなり、産品を作る者達も高く売れる。

 そうは思わぬか。」


「それは道理にございますが、我ら商人の商いの仕方には合いませぬ。儲けを得るのが商人でございまれば。」


「商人などいらぬと申したら、どうする。」


「はははっ、ご冗談を。商いをする者がいなくては、民も武士の皆様も困りまする。」


「それはそうだ。商いをする者は必要だ。

 だが、商人ばかりがする必要はない。」


「 · · · · 。」


「ほんの数年前まで、市での商いは寺社が儲けていた。

それを大名という武士が楽市楽座で奪った。 

 今は商いの品を仲介する商人が利を得ているが、これら品運びを新政の荷駄が行えばどうだ、商人などいらぬのではないか。

 荷の運送は、新政の者達だからな。ただとしても良い。民のために道や橋を作るのと違いはあるまい。」


「「「まさか、そのようなこと · · 。」」」


「まあ、お前達商人の手付きも立てねばならぬからなぁ。全てをやるとは言わぬ。

 しかし、民の暮らしに欠かせぬ、米麦や塩などは、新政の政として行うつもりだ。

 また、暴利を慾る品物があれば、即座に安値で売るつもりだ。既に準備をしている。」


「何故そのような。今の商いではいけませぬのか。」


「いかぬな。民の暮らしに欠かせぬ品の値はが、場所により異なるのは、不公平だ。

 民を豊かにする妨げとなっている。」


「 · · · · 。」


「では、我ら商人はどのような商いをすればよろしいので。」


「まず、買値で競争することだ。より高い買値を付けた者が商品を手に入れられる。

 また、売値は買値の倍を越えてはならぬ。産品の値より利の方が高くては、適正な商いとは言えぬ。

 盗人、詐欺の犯罪と同じだ。これを新政は取り締まる。」


「まさか、死罪とかでございまするか。」


「はははっ、そこまではせぬよ。その者は商いに向かぬでな、二度と商いを許さぬだけだ。再び商いをすれば、商いのできぬ遠島に島流しでもする。」


「小太郎様、正しく民を豊かにする商いとは、どのようなものでございましょうか。」


「商いに正道があるとすれば · · · 、

 嘘偽りのない品を少しでも安く売り、貧しい者達にも手に入るようにし、品物の価値や使い道を知らしめ、より民の暮らしに寄り添う商いをすることだろう。

 米や魚の料理を教え、果樹の食べ頃を伝えより美味しく食べられるように配慮をする。

 産物の保存方法を工夫し、より長く産物を食べられるようにする。

 壊れた品物があれば、修理や取り寄せを計らう。そういうことで、商人としての信用が高まるのではないか。」


「これは参りましたたな。小太郎様の言うことは、理に適っておりますなぁ。

 我ら商人の至言に『損して得を取れ。』という言葉がございまするが、まさにこのことでありまするなぁ。」


「皆の衆、しかと心得なされよ。商人とて、新政を妨げる者となれば、風魔の小太郎様に滅ぼされますぞっ。」


「宗久殿。滅ぼすなどとは人聞きが悪い。

 戦国の商いを新政の世で、民のためになるようにと改めてもらうだけですよ。」


「わかりました。我ら商人も帝の御心に適うように努力致しましょう。」



 それから数ヵ月後、各地に商品の取引所が置かれ、米麦などの穀物と塩、砂糖、山椒などの調味料、一部、酒や味醂も専売として、新政の手配で各地に運ばれ、均一の値で売られることなった。

 また、同時に他の産品のりも行われる所となり、鉄馬車の敷設延長もあって、商品流通の拡大加速となった。




「小太郎、専売のおかげで、各地の酒が手に入るようになって、ちまたでは、どこそこの酒が旨いと評判が起きておるぞ。好みはあるが儂は、加賀の清酒が好きじゃ。」


「義輝様、近頃、酒浸りの日々ですとか。

奥方様に叱られませぬか。 

 ましてやご母堂 慶寿院様は、酒がお嫌いでございましょう。」


「それがな、儂と小侍従が酒を飲みながら戯れ、母は酒の肴に舌鼓をうちながら、戯言を交わすのが、近頃の足利家恒例の晩餐となっておるのじゃ。小太郎の小言なぞ無用ぞ。はははははっ。」


 そんなに、高らかに笑わなくても、いいでしょっ。

 新政で駆けずり回っている俺に対して、この暇人は、遊びのネタを探すか飲んだくれていやがるんだよっ。

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