第29話 京の都と畿内の『新政』

永禄10(1567)年9月上旬 京都二条風間館

風間孫左衛門



 我が風間家は、伊豆を本拠として、駿河、相模に進出し、農地の改良、商品の生産販売などで地域の発展を成功させて来た。

 しかし、端午の節句に新政の詔が出されて関東、東国、四国、畿内と民の蜂起を促し、そして、武士の治める土地から、帝の治める民達の土地へと変えることができて来た。

 次はその土地の民の暮らしを豊かに変えねば意味がない。それもできるだけ早く、実感させねば民がついて来ぬ。

 それで儂は決意した。西国には上洛を狙う大名が数多おる。まだ帝を京のお戻しするには危うい。ならば我らがやらねばならぬと。しかして、風間家の京都移転を決めたのだ。


 京の都は他の土地とは違う。多くの人々が住む家々があり寺社があって、応仁の乱の際に町衆が防衛のために築いた環壕集落となっているのだ。

 密集した住居は火災に弱く、過去に幾度も大火に会うておる。長く続いた戦乱で、町は放置された死体やごみで汚れ切り、そこかしこに腐臭が漂っている。

 これを改めるには、小太郎のいう都市計画が必要なのだ。


 儂はまず、地図の作成から始めた。そして環壕の水堀を繋ぐ水路を決め、邪魔な水堀は蓋をして塞ぐことにした。全て石灰練工事コンクリートじゃな。木枠を作り石灰と砂利を流し込む大規模普請になる。

 水路とは別に下水道を作り、都の南東に流し込みそこに汚水処理場を設けた。

 同時に道や橋を拡張し石灰練で舗装して、大八車や牛車荷車が往来できるようにした。


 密集した家々の解消には、郊外に新町を築くこととし、規格板造プレハブの商家や長屋を防火の間隔を設けて建てることにした。

 既存の密集地域の家々は、老朽したものを取壊し、新たな建物は3階建てとしたりして密集を解消することにした。

 また、防火のために屋根を薄板の杮葺こけらぶきから瓦葺きへと変えたり、外壁には石膏を混ぜた土壁を使用した。


 都に溢れる貧民達を救うために、普請に出られない者達を寺社に長屋を建てて集め、炊き出しなどをした。

 貧民達の中には穢多非人と呼ばれ、橋の下や寺社の床下で雨露を凌ぐ差別される者らがおったが、彼らには無償の長屋を与え、都のごみ糞尿の廃棄の仕事を与えた。


 この大規模普請を行う資金は、伊豆の鉱山の多額な金鉱が費やされた。もし、風間家が

伊豆を領有しておらねば、小太郎が金鉱の場所を知ってなければできなかったであろう。 

 

 商売の振興には、伊豆の工場や駿河、三河の商人達が活躍しておる。既に発展を見た各地から品々が運び込まれ、都の西に作られた大卸売市場で都で商売をする者らの仕入れに供されておる。

 商売人らの公租は店や露店の広さで固定され、月々の支払いとしている。暴利や誇大宣伝した者は、物資奉行が罰しておる。


「大殿、西陣の工場新設が終わりましたぞ。これで水力紡績や織物機が使え、絹や綿織物が大量にできまするな。」


「うむ、藤兵衛、ご苦労じゃった。衣服は不足しておったが、明年には安価なものが行き渡らせるのぅ。」


「大殿、都大路での左方通行がようやく定着しましたぞ。全く世話を焼かせられましたわ。」


「道の中央の境界は、どうやったのじゃ。」


「はい、大き目の鉢植えを並べまして、区切りと致しました。お方様が目立つ物で目を楽しませるものが良いと申されましたので。」 


「そうか、日々進んでおるようじゃな。」




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永禄10(1567)年9月下旬 京都二条風間館

風間咲耶



「お方様、北野社の返上地にできた救護院の薬品資材の手配を終えましてございます。」


「撫志乃、ご苦労です。引き続き救護院のこと頼みます。それと石鹸の手配と病人の衣服の洗浄は進んでいますか。」


「はいお方様。石鹸は町家の洗い場や寺社に配り終えましてございます。汚れ落ちが凄いと皆が使い出しております。

 寺社にある救護所の病人達には、湯浴みをさせ、衣服を洗浄したものに着替えさせましてございます。さっぱりして着心地が良いと好評でございますよ。」


「それは良かった。でもこれから寒くなると流行り病が出て来るわ。病人達には滋養のある食べ物と汚れのない暮らしをさせてね。」



 伊豆から京の都へ皆でやって来て、まだ半月足らず。生まれて初めて、都を見たけれどあまりの悲惨な有様に言葉が出なかった。

 大殿が普請で手いっぱいだから、私は寺社の手助けを借りて、貧しい者達の救済を始めたの。まず炊き出し。飢えを無くさねば始まらないから。

 次に病人達の救済。これが厄介だったわ。

だって動けずに知らない場所に散っているのですから。

 それで高札を立てたの。動けぬ病人や不具者を連れて来た者には報奨を出すと。おかげでそんな人々を集めることができたの。

 けれどその数は、私の想像を遥かに越えて多勢過ぎて、対処できなくなったの。

 そうしたら、伊豆の藤堂平次門下の医師や看護見習い達40人余りが駆けつけてくれてなんとか乗り切れたの。

 帝の詔を受け、都の比叡山傘下以外の寺社の協力を得られたのも大きいわ。

 特に北野社が占拠していた朝廷の土地を返上してくれたおかげで、大規模な救護院の建設を即座に始められたのは、とても大きかった。規格工法でわずか3週間で完成したし。



 

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永禄11(1568)年10月上旬 京都西京区

水尾源吾(源爺)



 小太郎坊と共に弥勒菩薩様のお告げを受け

儂は鍛冶の知識を授かった。高炉による製鉄から合金の製造まで、何でもござれじゃ。

 農具や工具、鍋釜包丁などの量産は、伊豆の配下達に任せ、5月の下旬に京の都を制圧する風魔の軍勢と共に畿内へとやって来た。

 儂の役目は、京の都から大阪を経て堺までの鉄路を敷くことじゃ。

 街道の整備拡張と同時に、街道脇に盛り土して水平な鉄路を建設する。線路の鉄路レールは伊豆から船で輸送したが、基礎砂利や枕木は畿内で賄った。

 単線ではあるが、一刻も早く作るために、工区を細分して建設を行った。もちろん駅舎や降車場ホームは別工事じゃ。

 そして鉄路が開通し、儂は4台の蒸気機関車を運び入れた。小太郎坊の話だと小型であるため、6両の客車か貨車を引くのが精々というがな。客車1両で80人の乗客、貨車なら関船1隻分の積めるのじゃから十分じゃろう。しかも、試運転では6両編成で最高速度が50kmも出た。乗客や荷を載せても40kmは固いじゃろう。

 今は試運転で、機関手や車掌の訓練を兼ねて荷や資材だけを運んでおる。10日後にはまちに待った開通じゃ。



【 風魔くノ一 黄桜 】


 お方様の命で我ら朝露、七夕の3名が鉄路の手配に出された。鉄路の手配と言っても、工事ではない。

 鉄路に設けられる12 の駅舎の店と弁当を女衆を雇い手配せよとのことだ。三人で4つずつの駅舎を受け持ち、駅舎ごとに異なる駅弁当を考案し賄いの女衆に作らせるのだ。


 賄いの女衆は地元の村人だ。何か地元の村の特産品はないかと尋ねたところ、魚の他にアサリ貝やひじきがあるという摂津の2漁村胡瓜と干瓢を栽培しているが山菜があるだけと2農村だった。

 漁村の一つには、アサリとひじきの炊き込みご飯を。もう一つの漁村には、〆鯖のバッテラ寿司弁当を作らせた。

 農村の一つには、山菜の炊き込みご飯の弁当に猪肉の唐揚げを添え、他方の村は胡瓜の粕漬けと干瓢巻の海苔巻弁当を作らせた。

 これらはみな伊豆下田城で侍女衆として、調理場を預かった私達が作ったものだった。

 朝露は、甘いもの大好きだけあって、おはぎ弁当や甘納豆赤飯弁当、餡まんじゅうや揚いもなどなんかおやつっぽい。まあ、子供らには売れると思うけど。

 料理にうるさい七夕は、正当幕の内弁当。

 焼魚や煮魚、天婦羅や鳥肉のたれ焼きに玉子焼きや野菜の煮付け、漬物が並んでいる。

 幕の内の名は芝居の幕間に食べるからだと小太郎様に聞いたけと、猿楽や能楽で弁当を食べるなんて聞いたことがない。お公卿様の風習だろうか。

 


 10月の秋分の日、ついに鉄路開通。1日4本の列車が京の都と堺湊を結んだ。

 その物流効果は計り知れない。だって朝採れの新鮮な魚介が昼には都の店先に並ぶし、各地から船で運ばれた荷が、あっという間に届くのだ。そして逆に都のものという、紙や竹細工、人形や飾りが地方へ流れて行く。

 それに人の流れも変わった。人も荷も安価で速い鉄路に人気が集まり、船との併用で、遠国からも女子供でも来れるのだから。


 ふふっ、駅弁の売れ行きは、私の一人勝ちだわ。値段が安くお腹が膨れ、求め安いのが勝因ね。おかげでお方様から報奨の着物を一番に選ばせて貰えたの。でも一番安い着物だったことは内緒よ、一番は一番だもの。

 それに、駅弁当作りには、村の多勢の人が関わって普請以外の継続する仕事を生み出し、他の品々も派生して生み出したのよ。

 おかげで私、四村に行くと、黃姫様とか桜菩薩様とか呼ばれるのっ。子供と年寄りが、大半なのが玉に傷だけとね。

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