第十三章
「こっちだ!」
五体全てがバランスを崩した事を確認し、一真は悠馬と友梨奈を先導して走り始めた。状況はすこぶる悪いが、五体が固まっていたお陰で連鎖的に体勢を崩させる事が出来たのは、不幸中の幸いだ。
健介達も三人で家の中に入っていくのが見えた。彼らなら大丈夫だろう。
一真は後方から追いかけてくるゾンビに注意を戻した。障害物を使ってゾンビに接近されないように走る。しかし、いつまでもは逃げらない事は一真にも分かっていた。
ゾンビを倒すためのヒントを探す一真の視界に、隙間なく並ぶ二つの家が目に入る。
――これなら倒せるかもしれない。
「お前ら二人はその家に入れ。もしゾンビが侵入してきたら、使える物全て使って応戦しろ」
「しんや君は?」
「俺はそっちの家の屋根に上って様子を見る。何かあれば指示を出す。聞き逃すな」
一真はそう言い残して助走をつけると、悠馬と友梨奈が入る家の隣の家の屋根に飛びついた。勢いをつけて、両手で身体を持ち上げる。屋根が軋んだが、崩壊はしなかった。
屋根に上ってすぐにゾンビが姿を現した。そのタイミングで二人も家の中に入り、ゾンビが加速をしてその家に向かう。ゾンビが家の壁や扉に張り付いた瞬間、一真は屋根から飛び降りた。
「死んでくれよっ……!」
手前のゾンビの頭に木刀を振り下ろす。のろまのゾンビのうなじを叩いた時と同じ手応えを感じた。
地面を転がって素早く体制を整える。四体は身体の向きをこちらに向けたが、頭を叩いた個体は微動だにしなかった。
「ゆうた、まりな!」四体の追手から走って逃げながら二人に指示を出す。「やはりこいつらの弱点は頭だ! 俺に意識が向いている内に、けんせい達とは逆方向の曲がり角まで走って待ち伏せしろ!」
「はあ⁉ 何無茶してんすか!」
悠馬の怒鳴り声が聞こえた。
一真は予め想定しておいた逃走ルートに従って、窓から家の中に入った。平地ではいずれ追いつかれるだろうが、高低差や障害物をうまく使えば二人が来るまで逃げる事は困難ではない。
三体が窓枠から身を乗り出して室内に入り込んでくるタイミングで玄関へと走る。玄関から出ると家の中に入っていなかった一体がすぐさま追いかけてくるが、木刀で振り向きざまにその顔面を突けば、ゾンビはバランスを崩した。その隙に加速して一番手前の曲がり角に辿り着く。
一真が到着すると、待機していた二人が水鉄砲を地面に撒き、出来た水溜りにお手玉を置いた。ゾンビを転ばせる作戦だ。
「今ので水鉄砲の水は全部っす!」
「問題ない。ここで全部仕留める。ゆうたはハンマーで頭を叩け。まりなは起き上がろうとした奴の足を縄跳びで引っ掛けろ」
「うす!」
「分かった」
微かな足音が近付いてくる。
「来るぞ」
曲がり角から気味の悪い顔が姿を現す。ゾンビは一真達を視界に捉えた瞬間加速したが、すぐにお手玉に足を滑らせて四体全てが転倒した。一真と悠馬は自分の目の前にある頭にそれぞれ木刀とハンマーを振り下ろす。二体は地面に伏したまま動かなくなったが、その間に残りの二体は立ち上がろうとしていた。
すかさず友梨奈が後ろから出てその内の一体の足を縄跳びで囲い、思い切り引っ張った。
「ゆうた、そいつをやれ!」一真は残りの一体と組み合いながら叫んだ。
「うす!」
ゾンビの爪を左に受け流す。体勢を崩しながら伸ばしてきた左腕を掴んで、一真は迷わずに木刀を振り下ろした。右腕の爪が服に掛かるが身体にまで到達はせず、ゾンビは地面に倒れ込んだ。
「しんやさんっ」
「大丈夫?」
悠馬と友梨奈が走って駆け寄ってくる。
「服を少し切られただけだ。問題ない」
「それよりもっ」悠馬が小声ながらも鋭い声を出す。「何で黙って一人であんな無茶したんすか⁉ 一歩間違えれば確実に重傷負ってたっすよ!」
「怪我しねえ確信はあった。お前らに言わなかったのは、単に時間がなかったからだ。そんな事より」一真は曲がり角の奥を指差した。「早くショッピングセンターに向かうぞ」
「待って」
歩き出した一真の肩に、友梨奈の手が乗せられる。
「何だ?」
「約束して。もう二度と、黙って無茶な事はしないって」
「……了解だ。約束する」
頭の中に反論はいくつも浮かんだが、それら全てを抑えて頷いた。明美を彷彿とさせるその意志の籠もった瞳は、ここは絶対に引けないという想いが見てとれた。普段は明美に比べて控えめな友梨奈だが、流石は先輩と言ったところか。
「有難う」
友梨奈が微笑みかけてくる。一真はそれに頷いてみせると、身体を進行方向に向けた。
「じゃあ、今度こそショッピングセンターを目指すぞ。あいつらは物資を大して持っていない。一刻も早く合流する!」
一真は二人の先頭に立ち、足早に歩き出した。
止血をしてから程なくして輝人から、止血はもう良いから包帯を巻いて欲しいと頼んできた。まだ血は止まりきってはいなかったが、健介と明美はその要求に従った。
「これでよしっ、と」
少しきつめに包帯を巻き、テープで固定をする。
「有難うな、二人とも」
「いえ」健介は首を振った。「では、そろそろ出発しましょうか」
「おっしゃ」
健介と明美が木刀を持って立ち上がり、輝人に手を貸そうとしたその時だった。
健介の耳は、木が軋む音を捉えた。
「上だ!」
健介は叫んで、明美と共に後方に飛び退いた。直後、それまで二人がいた場所に次々とゾンビが降ってくる。
今度は六体。四体がこちらを向き、二体が輝人を標的に定めた。
「武田さん!」健介はゾンビの集団の奥に向かって叫んだ。「今すぐに逃げて下さい! 僕らもこいつらを片付けたらすぐ追いかけますから!」
「どうかお元気で!」明美も叫んだ。
怪我人の輝人を一人にするのは相当にリスキーだが、四体に道を塞がれている健介と明美には輝人を助ける手段はなかった。
「了解した!」輝人の叫び声が返ってくる。「また会おう!」
集団の隙間から見えていた輝人の影が遠ざかる。二体のゾンビもすぐさまそれを追い掛けて走り出した。残りの四体はこちらに向かってくる。健介は椅子、明美は毛布をそれぞれ投げつけて玄関に向かって走り出した。
どうする。今の二人で四体から逃げおおせるのは至難の業だ。ここで四体を何とかして仕留めなければ勝機はない。
不意に、健介の頭にある一つの情景が蘇ってきた。
あれは、図書館の地下室での事だ。その時は初期タイプのゾンビだったが、机が目の前にあった時に奴らは回避もジャンプもせず、這うように机を上ろうとしていた。新種のゾンビも知性はないため、同じ習性を持っている可能性は極めて高い。
「けんちゃん、どっちに逃げる?」
「みゆき」健介は家の外に走りだそうとする明美の手を掴んだ。「このまま逃げるのはほぼ不可能だ」
「それはそうだけど、じゃあどうするんだ?」
「俺に考えがある。協力してくれ」
「分かった」
ゾンビはもうすぐそこまで迫ってきている。健介は手短に作戦を説明した。
「奴らは目の前にある物を壊す事はしても、足元の物を飛び越えたり壊したりするという発想はない。それを利用してあいつらに自ら頭を曝け出してもらう。あいつらが出てきたら、そこの窓枠から室内に入ってくれ」
「分かった」
ゾンビが出てくる。健介は明美と共に壁沿いに移動し、窓枠から先程まで滞在していた部屋に入った。狙い通り、二人を追ってきたゾンビは窓枠を飛び越えるような事はせず、三体が横並びに上半身から倒れ込むように室内に侵入しようとしてきた。
「今だ、みゆき!」
「オッケー!」
同時に木刀を振り下ろし、二体が倒れる。しかしその隙にもう一体は既に家の中に入っており、健介に向かってきた。最後の一体も今にも入ってくるところだ。
「けんちゃん、そいつは任せた!」
「おう!」
威勢よく答えたものの、戦況は有利とはいえなかった。部屋の中心部は先程ゾンビが屋根を突き破ったせいで散乱しているし、健介の前方には明美がいるため、いつものように前に弾き返す事も出来ないのだ。
爪による攻撃を木刀で受け、身体を逸らす事で回避するが、なかなか反撃に持ち込めない。
健介が焦りを感じ始めた時、明美の声が聞こえた。
「健介! 避けろ!」
咄嗟に左方向に横っ飛びをすれば、明美がゾンビの後方からその頭に木刀を叩き付けた。そのままゾンビの上に明美が覆い被さり、重なるように床に倒れ込んでくる。
「おい、明美!」
健介は明美の顔を覗き込み、その名を呼ぶ。
明美からの返答はなかった。
「やっぱり駄目っぽいなー」
黒仮面が椅子に背を預ける。
「……お前、さっきまでのキャラはどうした?」
「もう疲れたよ。別に今の態度が結果に影響する訳でもないんだし。それより、そんな軽口が叩けるなんて、意外と神経図太いじゃん。軽く精神崩壊するかと思ったけど」
「あの子らが過酷な中でも必死に戦っているんだ。俺だけ楽な方に逃げて良いわけねえだろ」
「……ふーん」
適当な相槌を打ち、黒仮面は視線をモニターに映したが、言葉は発しなかった。
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