第一章

「――よしっ、終わり!」

 西川健介にしかわけんすけは、大声でそう宣言した。その途端に雪城明美ゆきしろあけみがソファーに倒れ込む。

「あー、疲れたー!」

 明美は健介の一つ下の幼馴染だ。スタイルが良く、ボーイッシュと称される顔は整っているが、性格までボーイッシュな為に残念な美人と言われる事が多い。本人は全くと言って良いほど気にしていないが。

「ちょっと、お腹見えちゃうよ」

 本間友梨奈ほんまゆりなが慌てて明美のシャツを引っ張る。友梨奈は明美の高校の時の先輩で、健介とは同い年だ。こちらは明美とは対照的におしとやかで、正統派な美人だ。良家の出身と勘違いされる事も多いようである。

「この後は予定はねえよな?」

 降谷一真ふるやかずまが健介に聞いてくる。一真は健介の高校の同級生で、切れ目が特徴の整った表情の持ち主である。その容姿に加えて冷静だが口調が荒い彼は、親しくない人間からは総じて怖がられている。

「ああ、ないな」

 健介は頷いた。すると、すかさず別の方向から声が飛んでくる。

「じゃあビールでも飲みましょうよ!」

 その大声の主は、太田悠馬おおたゆうま。健介と一真の高校時代の後輩で、歳は二つ離れている。大柄な好青年で、ムードメーカー的な存在だ。

「えー、私だけ飲めないじゃん」

 相川友葉あいかわともはが口を尖らせた。歳は悠馬よりも更に二つ下で、この場で唯一の未成年者だ。明美の影響なのか、可愛らしい見た目とは裏腹に年々毒舌になっており、その明美とは姉妹と周囲から言われるほど仲が良い。

「明日はコラボの撮影だから、酒はもっと次の予定がない時な」

 健介がそう言えば、悠馬は素直に頷いた。

 健介達は、ユーチューバーグループ『ヨナス』のメンバーだ。健介がリーダー、一真が副リーダーの六人組で、三年半前に活動を開始。登録者数は五百万人を超えている。顔出しはしているが本名は公開しておらず、それぞれが本名のもじりで活動名を決めている。健介はけんせい、一真はしんや、明美はみゆき、友梨奈はまりな、悠馬はゆうた、そして友葉がゆいだ。

 インターホンが鳴る。

「あっ、私出るね」

 友梨奈が素早く立ち上がり、カメラを確認しに向かう。

「サンキュー」健介は言った。「どなた?」

義和よしかずさん」

 友梨奈が遠隔操作で鍵を解除する。

「あっ、そう言えばもうそんな時間だな」

 健介は腕時計を確認し、高木義和たかぎよしかずの到着予定時刻に迫っていた事に気付く。

 彼は『ヨナス』のマネージャーだ。健介達の日程調整などを担当している人の良い男性で、顔出しこそしていないが、動画にも度々スタッフとして出演している。その百八十センチ越えの身体から出る男性らしい低音の声は、女性視聴者からの人気が高い。その兄で、心霊スポットなどを題材にしたルポルタージュを書いている寛太かんたとも親交があるが、今は海外に行っている筈だ。

「よう皆。お疲れー」

 義和が手を挙げてリビングに入ってくる。各所から、お疲れ様でーす、という声が上がる。

「飲み物いります?」

「いや、そんなに長居はしないから大丈夫。ありがとな」

 友葉の問いをやんわりと断り、義和が机に資料を並べる。健介は一真と共にそこに近付き、資料を覗き込んだ。義和が早口で喋り出す。

「来月に予定しているコラボなんだけど――」

 それから十分ほど三人で話し合い、今後のある程度の日程を定めた。

「じゃあ、今後はこの予定で宜しくお願いします」

 健介と一真は頭を下げた。

「おう。こちらこそ」

 義和はバッグを持って立ち上がった。

「これからどちらへ?」

「兄関係で少し合わなきゃいけない人がいてね」

「そうなんですか」健介は言った。「ご無理はなさらずに」

「お気をつけて」

 一真が付け加えた。

「おう。サンキューな!」

 義和が表情を崩す。その手が扉に掛けられると、また各所から挨拶の声が上がる。

「じゃあ、またな!」

 手を振りながら、義和は扉の向こうへ消えていった。

「あの人、いつも忙しそうだよな」

 健介の呟きに一真が頷く。

「ああ。とても四十超えたおっさんとは思えねえ」

「おっさんとか言うな」

 健介が指摘すれば、一真は黙って肩を竦めた。

「ゆうたー、何かアイス持ってきてー」

 明美が、冷蔵庫の近くに居る悠馬の事を活動名で呼ぶ。生放送中にうっかり本名で呼ばないよう、メンバー同士は普段から活動名で呼び合っているのだ。

「うす。他の人もいるっすか?」

 各所から肯定の返事があり、悠馬が立ち上がり、冷凍庫の扉に手を掛ける。健介もその横に立った。

「手伝うよ」

「良いんすか?」

「ああ」

 頷いて手を差し出せば、手に三個のハーゲンダッツが乗せられる。

「みゆき、まりな、しんや」

 健介は三人にハーゲンダッツとスプーンを渡す。

「ゆいはゆうたから貰って。今お前の好きな桃探してたから」

「はーい」

 友葉が欠伸をしながら返事をする。

「お待たせ―」

 悠馬が三組のハーゲンダッツとスプーンを持ってくる。

「リーダーはショコララムっすよね?」

「おう、サンキュー」

「ゆいには桃な」

「うん、ありがと」

 そんな二人の会話が聞こえた直後、からんと音がする。振り返れば、悠馬がスプーンを拾っていた。どうやら友葉が落としたようだ。

「あっ、ごめん!」

「全然良いよ」

 悠馬が台所に向かう。スプーンを洗うのだろう。

「ゆい」

 健介の呼び掛けに、友葉が顔をこちらに向ける。

「最近そう言うこと多いよな。疲れてないか?」

「うーん……」友葉が首を傾げる。「まあ疲れてないと言ったら噓になるけど、そんなに特別に疲れている訳じゃないよ。なんなら入った当初の方がストレスはあったよ。ちゃんとこんな凄い人達の中でやっていけるかなって」

「最初は緊張してたもんなー」明美が思い出すように言った。「一時期は口調も良くなってホッとしてたけど、あれもただ縮こまってただけだったし」

「ゆいの毒舌は間違いなくお前の悪影響だろう」一真が言った。

「いやいや、毒舌と言ったらしんやだろ」

「俺は雑なだけだ」

 明美と一真の舌戦が始まる。『ヨナス』の恒例行事だ。

「まあ間違いなくみゆきちゃんからの影響は強いよね、私」

 友葉が二人を見ながら苦笑する。

「まあな」健介は頷いた。

「体調が悪くなったりしたら無理はするなよ。お互い様だから」

「うん。分かってる」

 友葉は穏やかな顔で頷いた。


「皆もう食い終わりそうだし、アイス食ったらゲームしねえっすか?」

「おっ、良いじゃん」

 悠馬の提案に明美が真っ先に賛同した。

「俺もやるぜ」

 続いて健介も手を挙げ、最終的には皆がやる事になった。

「皆でやるなら『スマボラ』しかないっすね!」

 悠馬がアイスを片手に早速準備に取り掛かる。

「そんなに急がなくてもゲームは逃げないよ」

 友梨奈が苦笑した。

 ゲームをする時、六人の間で専ら流行っているのが『スマボラ』だ。各自が自分の好きなキャラクターを選択して様々なステージの上で戦う格闘色の強いゲームで、六人は退場させた数で競っているが、一向に飽きる気配がない。

「皆、食い終わったら俺が回収しますよ」

 悠馬が精力的に動き回り、皆の空のアイスのカップを回収し、代わりにゲームのリモコンを渡してくる。なんとも無駄のない、効率的な動きだ。

「ゲームの時だけ効率の良い動きをすんじゃねえ、お前は」

 一真が溜息を吐いた。

「ね、人が変わるよねー」

 友葉も苦笑している。

「ほら、ゆうた。早くせえ」

 手をくねくねさせる明美に、じいさんか、とツッコむ。友梨奈がクスリと笑いを洩らした。

 悠馬が戻ってくると、いよいよ大乱闘が始まった。

「ゆうた君、覚悟!」

「あっぶね!」

 悠馬が友梨奈の攻撃を何とかかわすが、その隙をついて明美が悠馬に攻撃をした。

「おらよ!」

「おわっ⁉」

 悠馬のキャラが場外に吹っ飛んでいく。悠馬はこれで終わりだ。

「みゆきちゃん⁉」

「へっ、油断してんじゃねえよ……あらっ?」

「お前もな」悠馬を挑発している隙をついて、明美のキャラを退場させる。

「けんちゃん!」

「甘いぜ、みゆき」

 噛みついてくる明美に指を振ってみせる。これで明美のキャラは残り一基だ。

「ちっ」

 舌打ちをした明美が、交戦している一真と友葉の元に突進する。

「ゆい、悪いな!」

 明美が背後から友葉に攻撃を仕掛けた。しかし、その攻撃は友葉には当たらず、逆に明美が一真により場外に飛ばされる。

「こんにゃろ! あっ」

 明美が飛んでいった先には、丁度健介の攻撃をくらった友梨奈が居た。

「まりちゃん、すまん!」

 明美が流れのままに友梨奈を叩き落した。

「あらー」友梨奈が穏やかな悲鳴を上げた。「みゆきちゃんは反応が早いよ。ハンターみたい」

「だろ?」

 明美が楽しそうに笑う。これで友梨奈も脱落だ。

「じゃあな」

 一真が友葉の攻撃を華麗にかわし、背後から必殺技を食らわせた。

「えー!」

 目にも止まらぬ速さで友葉は吹っ飛んでいき、三人目の脱落となった。

「うわっ、今のやられ方むかつくー! まりちゃんー!」

「はいはい」

 視界の隅で友葉が友梨奈に抱き着いているが、そんな微笑ましい光景を見ている余裕はない。

「俺の獲物を奪おうとした奴は殺す」

「ああ。俺の獲物を横取りした奴は許さねえ」

 健介と一真は阿吽の呼吸で明美を挟み撃ちにした。

「うわっ、二人とも女の子を狙ってたんだ。あんたらの方がハンターだよ。狼だ狼」

「ハンターと言ったらハイエナじゃね?」

 健介はツッコミを入れながら明美を攻撃した。その先には一真が待ち構えており、明美は避ける間もなくその攻撃をくらい、これまた目にも止まらぬスピードで塵となった。

「くっそー!」

 明美が地団太を踏む。これで残ったのは健介と一真だ。一真の方が少しダメージをくらっている。

 お互いに少しずつダメージを与え、最後にはほぼ同時に必殺技を繰り出した。が、一真の方が一歩早かった。

「おおー!」

 外野から歓声が上がり、健介のキャラが場外に物凄いスピードで飛んでいった。

「最後躊躇っちゃったねー」

 明美がにやけながら肩に手を置いてくる。

「思い切りが悪い」

 一真がすました顔で指摘してくる。言い返したいところだが、その通りであるためぐうの音も出ない。

「そんな事より次、いくっすよ!」

「ゆうた君。やる気は凄いけど毎回最初に死ぬよねー」

 友梨奈が笑顔で言った。

「まりちゃん。あんたは俺を怒らせたっすよ」

 友梨奈がふふっ、と笑い、第二試合が始まった。


「あーっ!」

 結局、二試合目も悠馬は最初に退場した。

 最終的には退場させた数は、上位から一真、明美、健介、友梨奈、友葉、悠馬という、なんとも代わり映えのしない順位になった。強いていうなら、いつもは友葉と友梨奈の順番が逆ではあるが。

「じゃあゆうた。罰ゲームでサブチャンネル撮る時これ被って」

 健介は近くにあった馬のお面を悠馬に渡した。

「うわっ、地味に嫌な罰ゲームっすね」

 そうは言いながらも悠馬は満更でもない顔でお面を受け取る。

「でもゆうた」明美が言った。「まさかそれ被って何も面白くないとかはないよな?」

「任せて下さいよ」

 悠馬が親指を突き出した。その顔がこちらを向く。

「今日は撮らないっすよね?」

「ああ」健介は頷いた。「皆疲れただろうし、今日はここら辺で解散しよう。明日はコラボだから、夜更かしすんなよ」

 各々が返事をして、帰り支度を始める。

 十分も経てば、事務所に居るのは健介と一真だけになった。

「軽く明日の打ち合わせだけするか」

「そうだな」

 健介は一真と向かい合うように座った。

「俺ら側の企画だが――」

 それから暫くは、事務所の電気は煌々と輝いていた。

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