第一章
「――よしっ、終わり!」
「あー、疲れたー!」
明美は健介の一つ下の幼馴染だ。スタイルが良く、ボーイッシュと称される顔は整っているが、性格までボーイッシュな為に残念な美人と言われる事が多い。本人は全くと言って良いほど気にしていないが。
「ちょっと、お腹見えちゃうよ」
「この後は予定はねえよな?」
「ああ、ないな」
健介は頷いた。すると、すかさず別の方向から声が飛んでくる。
「じゃあビールでも飲みましょうよ!」
その大声の主は、
「えー、私だけ飲めないじゃん」
「明日はコラボの撮影だから、酒はもっと次の予定がない時な」
健介がそう言えば、悠馬は素直に頷いた。
健介達は、ユーチューバーグループ『ヨナス』のメンバーだ。健介がリーダー、一真が副リーダーの六人組で、三年半前に活動を開始。登録者数は五百万人を超えている。顔出しはしているが本名は公開しておらず、それぞれが本名のもじりで活動名を決めている。健介はけんせい、一真はしんや、明美はみゆき、友梨奈はまりな、悠馬はゆうた、そして友葉がゆいだ。
インターホンが鳴る。
「あっ、私出るね」
友梨奈が素早く立ち上がり、カメラを確認しに向かう。
「サンキュー」健介は言った。「どなた?」
「
友梨奈が遠隔操作で鍵を解除する。
「あっ、そう言えばもうそんな時間だな」
健介は腕時計を確認し、
彼は『ヨナス』のマネージャーだ。健介達の日程調整などを担当している人の良い男性で、顔出しこそしていないが、動画にも度々スタッフとして出演している。その百八十センチ越えの身体から出る男性らしい低音の声は、女性視聴者からの人気が高い。その兄で、心霊スポットなどを題材にしたルポルタージュを書いている
「よう皆。お疲れー」
義和が手を挙げてリビングに入ってくる。各所から、お疲れ様でーす、という声が上がる。
「飲み物いります?」
「いや、そんなに長居はしないから大丈夫。ありがとな」
友葉の問いをやんわりと断り、義和が机に資料を並べる。健介は一真と共にそこに近付き、資料を覗き込んだ。義和が早口で喋り出す。
「来月に予定しているコラボなんだけど――」
それから十分ほど三人で話し合い、今後のある程度の日程を定めた。
「じゃあ、今後はこの予定で宜しくお願いします」
健介と一真は頭を下げた。
「おう。こちらこそ」
義和はバッグを持って立ち上がった。
「これからどちらへ?」
「兄関係で少し合わなきゃいけない人がいてね」
「そうなんですか」健介は言った。「ご無理はなさらずに」
「お気をつけて」
一真が付け加えた。
「おう。サンキューな!」
義和が表情を崩す。その手が扉に掛けられると、また各所から挨拶の声が上がる。
「じゃあ、またな!」
手を振りながら、義和は扉の向こうへ消えていった。
「あの人、いつも忙しそうだよな」
健介の呟きに一真が頷く。
「ああ。とても四十超えたおっさんとは思えねえ」
「おっさんとか言うな」
健介が指摘すれば、一真は黙って肩を竦めた。
「ゆうたー、何かアイス持ってきてー」
明美が、冷蔵庫の近くに居る悠馬の事を活動名で呼ぶ。生放送中にうっかり本名で呼ばないよう、メンバー同士は普段から活動名で呼び合っているのだ。
「うす。他の人もいるっすか?」
各所から肯定の返事があり、悠馬が立ち上がり、冷凍庫の扉に手を掛ける。健介もその横に立った。
「手伝うよ」
「良いんすか?」
「ああ」
頷いて手を差し出せば、手に三個のハーゲンダッツが乗せられる。
「みゆき、まりな、しんや」
健介は三人にハーゲンダッツとスプーンを渡す。
「ゆいはゆうたから貰って。今お前の好きな桃探してたから」
「はーい」
友葉が欠伸をしながら返事をする。
「お待たせ―」
悠馬が三組のハーゲンダッツとスプーンを持ってくる。
「リーダーはショコララムっすよね?」
「おう、サンキュー」
「ゆいには桃な」
「うん、ありがと」
そんな二人の会話が聞こえた直後、からんと音がする。振り返れば、悠馬がスプーンを拾っていた。どうやら友葉が落としたようだ。
「あっ、ごめん!」
「全然良いよ」
悠馬が台所に向かう。スプーンを洗うのだろう。
「ゆい」
健介の呼び掛けに、友葉が顔をこちらに向ける。
「最近そう言うこと多いよな。疲れてないか?」
「うーん……」友葉が首を傾げる。「まあ疲れてないと言ったら噓になるけど、そんなに特別に疲れている訳じゃないよ。なんなら入った当初の方がストレスはあったよ。ちゃんとこんな凄い人達の中でやっていけるかなって」
「最初は緊張してたもんなー」明美が思い出すように言った。「一時期は口調も良くなってホッとしてたけど、あれもただ縮こまってただけだったし」
「ゆいの毒舌は間違いなくお前の悪影響だろう」一真が言った。
「いやいや、毒舌と言ったらしんやだろ」
「俺は雑なだけだ」
明美と一真の舌戦が始まる。『ヨナス』の恒例行事だ。
「まあ間違いなくみゆきちゃんからの影響は強いよね、私」
友葉が二人を見ながら苦笑する。
「まあな」健介は頷いた。
「体調が悪くなったりしたら無理はするなよ。お互い様だから」
「うん。分かってる」
友葉は穏やかな顔で頷いた。
「皆もう食い終わりそうだし、アイス食ったらゲームしねえっすか?」
「おっ、良いじゃん」
悠馬の提案に明美が真っ先に賛同した。
「俺もやるぜ」
続いて健介も手を挙げ、最終的には皆がやる事になった。
「皆でやるなら『スマボラ』しかないっすね!」
悠馬がアイスを片手に早速準備に取り掛かる。
「そんなに急がなくてもゲームは逃げないよ」
友梨奈が苦笑した。
ゲームをする時、六人の間で専ら流行っているのが『スマボラ』だ。各自が自分の好きなキャラクターを選択して様々なステージの上で戦う格闘色の強いゲームで、六人は退場させた数で競っているが、一向に飽きる気配がない。
「皆、食い終わったら俺が回収しますよ」
悠馬が精力的に動き回り、皆の空のアイスのカップを回収し、代わりにゲームのリモコンを渡してくる。なんとも無駄のない、効率的な動きだ。
「ゲームの時だけ効率の良い動きをすんじゃねえ、お前は」
一真が溜息を吐いた。
「ね、人が変わるよねー」
友葉も苦笑している。
「ほら、ゆうた。早くせえ」
手をくねくねさせる明美に、じいさんか、とツッコむ。友梨奈がクスリと笑いを洩らした。
悠馬が戻ってくると、いよいよ大乱闘が始まった。
「ゆうた君、覚悟!」
「あっぶね!」
悠馬が友梨奈の攻撃を何とかかわすが、その隙をついて明美が悠馬に攻撃をした。
「おらよ!」
「おわっ⁉」
悠馬のキャラが場外に吹っ飛んでいく。悠馬はこれで終わりだ。
「みゆきちゃん⁉」
「へっ、油断してんじゃねえよ……あらっ?」
「お前もな」悠馬を挑発している隙をついて、明美のキャラを退場させる。
「けんちゃん!」
「甘いぜ、みゆき」
噛みついてくる明美に指を振ってみせる。これで明美のキャラは残り一基だ。
「ちっ」
舌打ちをした明美が、交戦している一真と友葉の元に突進する。
「ゆい、悪いな!」
明美が背後から友葉に攻撃を仕掛けた。しかし、その攻撃は友葉には当たらず、逆に明美が一真により場外に飛ばされる。
「こんにゃろ! あっ」
明美が飛んでいった先には、丁度健介の攻撃をくらった友梨奈が居た。
「まりちゃん、すまん!」
明美が流れのままに友梨奈を叩き落した。
「あらー」友梨奈が穏やかな悲鳴を上げた。「みゆきちゃんは反応が早いよ。ハンターみたい」
「だろ?」
明美が楽しそうに笑う。これで友梨奈も脱落だ。
「じゃあな」
一真が友葉の攻撃を華麗にかわし、背後から必殺技を食らわせた。
「えー!」
目にも止まらぬ速さで友葉は吹っ飛んでいき、三人目の脱落となった。
「うわっ、今のやられ方むかつくー! まりちゃんー!」
「はいはい」
視界の隅で友葉が友梨奈に抱き着いているが、そんな微笑ましい光景を見ている余裕はない。
「俺の獲物を奪おうとした奴は殺す」
「ああ。俺の獲物を横取りした奴は許さねえ」
健介と一真は阿吽の呼吸で明美を挟み撃ちにした。
「うわっ、二人とも女の子を狙ってたんだ。あんたらの方がハンターだよ。狼だ狼」
「ハンターと言ったらハイエナじゃね?」
健介はツッコミを入れながら明美を攻撃した。その先には一真が待ち構えており、明美は避ける間もなくその攻撃をくらい、これまた目にも止まらぬスピードで塵となった。
「くっそー!」
明美が地団太を踏む。これで残ったのは健介と一真だ。一真の方が少しダメージをくらっている。
お互いに少しずつダメージを与え、最後にはほぼ同時に必殺技を繰り出した。が、一真の方が一歩早かった。
「おおー!」
外野から歓声が上がり、健介のキャラが場外に物凄いスピードで飛んでいった。
「最後躊躇っちゃったねー」
明美がにやけながら肩に手を置いてくる。
「思い切りが悪い」
一真がすました顔で指摘してくる。言い返したいところだが、その通りであるためぐうの音も出ない。
「そんな事より次、いくっすよ!」
「ゆうた君。やる気は凄いけど毎回最初に死ぬよねー」
友梨奈が笑顔で言った。
「まりちゃん。あんたは俺を怒らせたっすよ」
友梨奈がふふっ、と笑い、第二試合が始まった。
「あーっ!」
結局、二試合目も悠馬は最初に退場した。
最終的には退場させた数は、上位から一真、明美、健介、友梨奈、友葉、悠馬という、なんとも代わり映えのしない順位になった。強いていうなら、いつもは友葉と友梨奈の順番が逆ではあるが。
「じゃあゆうた。罰ゲームでサブチャンネル撮る時これ被って」
健介は近くにあった馬のお面を悠馬に渡した。
「うわっ、地味に嫌な罰ゲームっすね」
そうは言いながらも悠馬は満更でもない顔でお面を受け取る。
「でもゆうた」明美が言った。「まさかそれ被って何も面白くないとかはないよな?」
「任せて下さいよ」
悠馬が親指を突き出した。その顔がこちらを向く。
「今日は撮らないっすよね?」
「ああ」健介は頷いた。「皆疲れただろうし、今日はここら辺で解散しよう。明日はコラボだから、夜更かしすんなよ」
各々が返事をして、帰り支度を始める。
十分も経てば、事務所に居るのは健介と一真だけになった。
「軽く明日の打ち合わせだけするか」
「そうだな」
健介は一真と向かい合うように座った。
「俺ら側の企画だが――」
それから暫くは、事務所の電気は煌々と輝いていた。
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