6月22日

 雨の中を歩くのは久しぶりだった。

 モノクロな風景はとうに見飽きた。まるでどす黒い空が世界中の色彩を吸い取ってしまったようだ。これが加法混色か、と妙に納得した。そのまま生気も魂魄も何もかも飲み込んでしまえばいいのに。

 スマートフォンは濡れていてうまく操作できない。べっとりとした液体はぬぐってもぬぐってもきれいにはならない。まあ、たとえ使えたところでだが。それよりも、いまだ四肢が言うことを聞いてくれるのがありがたかった。

 したたる水滴の冷たさが身にしみる。ほとんどの感覚はもう使い物にならなかった。だからこれもたぶん錯覚だ。しかし偽物でも十分だ。おかげで少しでも長く正気を保っていられる。さて、限られた時間に、何を

 振り向くと、自分が歩いてきた道に沿って赤い木が生えていた。炎よりも赤く、天よりも高い、まっすぐな木だった。たとえ雨にもみ消されようとも、それは、僕が確かに生きてきた証だった。そして僕は木のてっぺんで力尽きた。

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