雑文、あるいは日記のような何か
白瀬天洋
6月13日
長い一日だったが、楽しい一日ではなかった。長さと楽しさは決して相関しない。映画と同じだ。三分で全米を泣かせることだってできるし、三時間かけて睡魔との戦いを観客に強いることもできる。ちなみに僕が一番好きな映画は四時間である。
「一緒にいるとあっという間だね」と彼女はよく言った。
そのとき僕は共感し、共感できなくなると別れを告げた。
彼女の家は門限が厳しかったので、僕たちは放課後のせいぜい二時間くらいしか遊べなかった。だいたい彼女が僕の家に来て、二人で喋ったり喋らなかったりした。僕の親は夜にしか帰ってこなかったおかげで、いろいろと都合がよかった。
初めて彼女と寝たのも、何の変哲もない放課後だった。誰が言い出したともなく、小川の流れのような自然のなりゆきだった。二人とも初めてだったので、あれこれ手こずった。肉体的快楽というよりは、達成感のほうが大きかった。彼女の声が耳鳴りのように頭の中で響き続けていた。
事を終えてぐったりしていると、「もうこんな時間だ」と彼女がつぶやいた。そして彼女は散らばった下着と洋服をかき集め、正しい順番で身につけた。スマホで時間を確認すると、いつも僕の家を出る時刻の七分前だった。早い時間の流れが、さらに数倍早くなったように思えた。
「今日泊まっていかない? 親が出張に行ってるから帰ってこないよ」僕はとっさに嘘をついた。
「そうしたいけど、わかるでしょ、うちが厳しいの」彼女はベッドの端に腰掛け、こちらを振り返りもせずに言った。
「じゃあ、家出したことにしよう」
「何言ってるの」
「俺が誘拐したことにしてもいい」
彼女は苦笑いのようなため息をついて、黙って靴下を履いた。
そのとき僕は、どうしても彼女を引き止めなければならないと思った。それはほとんど天からの啓示だった。どうして引き止めなければならないのか? 引き止めなければどうなるのか? そんなことは一切わからなかった。僕はただ、彼女をなんとしてでも引き止めなければならなかったのだ。
そうしているうちにも彼女は部屋を出て、玄関に向かっていく。僕は裸のまま起き上がって彼女を追いかけた。
「僕の家が嫌なら、一緒にどこか行こうよ。海とか、星がきれいに見えるところとか」
「どうしたの? 今日なんか変だよ?」
「変じゃないよ、ただ一緒にいたいだけで」
「ありがとう。私ももっと一緒にいたいけど、門限がね。いつものことでしょ」
「いつものことだけど、今日くらい違ってもいいじゃないか」
「ごめんもう時間がないから、また明日ね」
そして彼女は出ていった。僕はしばらくそのまま立ち尽くしていた。門限。その言葉がずっと引っかかっていた。門限。それは巨大な怪獣、世界を支配する大いなる存在のように感じられた。門限。どうして門限なんてものがあるんだ?
その後僕がどうしたのかはよく覚えていない。帰ってきた親に少し心配されたような気もする。しかし重要なのは、次の日から僕は彼女との時間をもはや早いとは感じなくなった。彼女だけではなかった。昨日まで変幻自在だった時間概念が、金属製のものさしに巻きつけられたように一様に流れるようになった。彼女と別れたのはその日から一か月くらいあとのことだった。
今も僕の時間は線形に流れている。今日は長い一日だった。明日も長い一日になるだろう。好きな映画について、いつか語りたいと思う。その映画は四時間だけれど、観終えても二時間しか経っていないように感じるのだ。
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