第8話 隠したいもの
「なんで俺がブラックさんのことで来たとわかった?」
俺はロイドに尋ねる。ロイドは肩をすくめた。
「おまえのことだから、魔術保険の調査なんだろ? うちに運び込まれた人間で、高額な保険のかかったやつは、最近だとブラックしかいないからな」
おおよそ俺の予想通りの返答だった。
ただ、ロイドが検屍したことは意外だった。
「死体の検案を、ロイドが?」
「珍しい事例だからな。魔力暴走による事故死というのは、そうは多くない。それも魔力導出機のせいなら、なおさらだ」
ロイドは医師であり、魔術師でもある。
だからこそ魔法による人の病気や怪我は、ロイドの専門分野だそうだ。
「とはいえ、ブラックの死に怪しいところはなかったぜ」
俺たちは病院の中に入り、ブラックの死体の保管場所に行った。ブラックが生前に保険組合に書いた同意書のおかげで、俺には調査員として死体を見る権利がある。
部屋に入る前に、クリスには待っているように言う。
クリスは不満そうだった。
「僕も見ます」
「クリスには刺激が強すぎるよ」
「子供扱いしないでくださいっ!」
「早いうちから見る必要はないものだよ」
今回ばかりは、俺はクリスの要望を容れるわけにはいかなかった。
魔力事故による凄惨な死体を、子供のクリスに見せたくはない。
クリスはしぶしぶうなずいた。
ロイドはくすりと笑い、そして俺とともに死体の保管室に入る。
「あの弟子のことをずいぶんと可愛がっているじゃないか、アレク?」
「そうかな」
「ああ。軍にいたころの冷酷無慈悲なおまえとは、大違いだ」
俺は「まあね」と短く答えた。
実際、前世の記憶がある俺は、以前のアレク・ストリックランドとは別人だ。
だが、ラスボスであり、悪役でもあるアレクの人格も、残っている。ロイドのいうような、冷酷無慈悲な人間にも俺はなりうるのだ
アレクとロイドは、数年前には海外での戦争に従事していた。アレクは魔術師として、ロイドは軍医として、南方の熱帯の国に派遣され、戦っていた。
それは王国による侵略だった。そして、アレクはその国の多くの人々を殺したのだ。
その記憶は、今の俺にも生生しく残っている。
ロイドは死体を覆うカバーを外した。
予想はしていたが、原型をとどめていない。
「こんな感じだから、即死だよ。本人であることは歯型から確認できた。研究所の身分証と白衣の残骸も判別できた」
「他には?」
「机の破片やら窓ガラスの欠片とか、あとは魔力水晶の断片とか、そういうものが突き刺さっているな」
ふうん、と俺はうなずきかけ、引っかかるものを感じた。
……ああ、そうか。
「魔力水晶の残骸があった?」
「ああ。ほんのわずかだが、魔力水晶もあったぞ。魔力導出機には、最初の動力源として、魔力水晶を備えているだろう? おかしなことじゃないと思うが」
そう。
おかしなことじゃないようにも感じる。
だが――。
「魔力水晶は、そうは簡単に壊れない」
「研究室が吹き飛ぶほどの事故だったんだ。ありえなくはないさ」
「だけど、研究室に残っていた魔力導出機の残骸には、魔力水晶が残っていた。しかも、傷一つないやつだ」
最初に見たときは、俺はその光景に違和感を覚えなかった。
魔力水晶は、魔力を人為的に集めた結晶だ。魔道具の動力や、魔術師の補助として使われる魔力水晶は、高い魔術への耐性が求められる。
魔術によって壊れてしまっては使い物にならない。
そして、スクルージは、新型の魔力水晶の開発者であった。
スクルージの作った魔力水晶は従来のものより大幅に品質が向上しているという。
その魔力水晶が、魔力の暴走に巻き込まれて、壊れるだろうか?
たとえ壊れたとしても、それなら、あの部屋にあった魔力水晶は何なのか?
答えは一つだ。
「スクルージは隠したいものがあった。だから、新品の魔力水晶を置いたんだ」
俺はつぶやいた。
「ありがとう、ロイド。明日にでもハリソン魔法研究所を訪れてみるよ」
ロイドは少し心配そうな顔をした。
「スクルージの悪事を暴くつもりか?」
「まあね。殺人で告発できなくても、少なくとも保険金の詐取は止められるさ」
「……あいつは危険人物だ。気をつけろよ」
「危険人物なのは俺も同じさ」
俺が冗談めかして言うと、ロイドは「いや」と言った。
「今のおまえはスクルージとは違うさ。おまえは……変わったからな」
「そうだといいのだけれどね」
俺とスクルージの本質は、そう変わらないのかもしれない。
この体は、極悪人アレク・ストリックランドのもので、その記憶と人格を俺は引き継いでいる。
だが、少なくとも今の俺は……極悪人ではない。
弟子との平穏な生活を望む、保険調査員だ。
<あとがき>
あと数話で完結予定ですっ! また、戦うイケメン中編コンテストで週間1位でした!
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