第5話 勝ち誇った笑み
スクルージに案内されて、俺とクリスは事故の現場についた。
魔力導出機の開発が進められていた研究室だ。
事故は魔力導出機の試作品が爆発したもので、部屋がまるごと吹き飛び、ジョージ・ブラックが犠牲になっている。
両隣の部屋はボヤ程度で澄んだようだが、爆発の起きた研究室の中は凄惨だった。
広い部屋には、机やら実験器具やらが置かれていたはずだが、ほとんど跡形もなく消え去ったようだ。
代わりに黒焦げの鉄や木のようなものが散乱している。
その中央に、巨大な鉄の塊のようなものが置いてあった。大小無数の歯車が絡み合い、そのてっぺんに水晶が輝いていて、そこだけは無傷だった。
俺はそれを眺め、スクルージに尋ねる。
「これが、魔力導出機ですね?」
「正確にはその残骸ですよ」
「残念ですが、これではもう使えないのでしょうね?」
「ええ。とはいえ、ブラックとの研究成果は、理論としてちゃんとして紙の上にまとめてあります。それを使えば、新型の魔力導出機を復元することも可能です」
スクルージは淡々と答え、金色の瞳をきらりと輝かせた。
だとすれば、スクルージにとっては研究上の成果は手元に残ったわけだ。
その成果を独り占めにして、そして、保険金も受け取れる。
動機は十分にあるわけだ。
スクルージは俺の考えに気づいたのか、両手を広げて見せる。
「ブラックは優秀な共同研究者でした。彼は魔術師ではありませんでしたが、あれほどの腕のある技術者はいなかったものです」
ブラックが非魔術師であることは調べてあった。
それでも、名門のハリソン魔法研究所が採用するほどの腕が、ブラックにはあったのだ。
魔道具やその基盤となる魔力水晶・魔力導出機の作成には、機械技術者の知識と経験は貴重なものだ。
彼らの協力があってこそ、今日の王国の魔法文明の発展はあるといってもよい。
クリスが俺の服の袖を引っ張る。
「お師匠様……この機械……水属性の魔力しか集める仕組みがないみたいですけれど」
壊れてぼろぼろとはいえ、魔力導出機はその形から多少なりとも機能を推測できた。
この世界の魔法は、五大元素の操作で成り立っている。
火、水、地、風、そしてエーテルの五つの元素の相互作用で、この世界と魔法は説明される。
そして、魔力はそれぞれの元素に対応している。というより、純粋な元素そのものなのだ。
俺はクリスに微笑んだ。
「なにかおかしなことに気づいた?」
「はい。だって、水属性の魔法は、爆発なんか起こさないはずです」
「たしかに水属性の魔法は水に関する攻撃や回復魔法を司るね。爆発事故は起こさないだろう」
「なら、どうして事故が起きたんでしょう……?」
「魔法の形をとらなくても、過剰な魔力はそれ自体が暴走する。どの属性の魔力であってもね。機械が誤作動を起こせば、部屋の中の水属性の魔力が一定以上になって、暴走してもおかしくない」
クリスが「なるほど」とぽんと手を打ち、うなずいた。
俺はちらりとスクルージを見る。スクルージもうなずいた。
「そのとおりです。ブラックは魔術師ではありませんでしたから、部屋の異常に気づけなかったんでしょう。こういうことにならないように細心の注意を払ってきたのですが……」
だが、現に事故は起きた。
それが本当に偶然起きたものなのか、それともスクルージが意図的に起こしたものなのか。
後者だとしても、スクルージは巧妙に隠しているはずだ。
実際、俺が一通り調べても、不審な点はない。
スクルージに詳細を説明してもらったが、その説明にもおかしな点はなく、完璧に現場の状況と一致している。
「なにかおかしなところは見つかりましたか?」
スクルージがにこやかに問う。
「いえ、今のところは特に何もないですね」
「なるほど。私も忙しい身でしてね。そろそろ調査は終わりですかな?」
スクルージは相変わらず愛想が良かったが、その笑みには勝ち誇ったようなニュアンスがあった。
その金色の瞳が鈍く輝いている。
心証としては、スクルージはかなり怪しいのだが、物理的な証拠はなにもない。
もちろん、スクルージが無実ならそれで良い。
だが、もしスクルージがブラックを殺したなら、俺はそれを突き止める必要がある。
依頼人の侯爵のため、そして、死んだブラック自身のためでもある。
さて、どうすればよいか?
その答えは、意外な人物からもたらされた。
俺のかつての友人だ。
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