メロンとコーヒーは相性が悪い

メロンとコーヒーは相性が悪い

 ピンポーン、とインターフォンを鳴らす。程なくして開かれたドアの向こうから現れたのは、この部屋の住人であり僕の友人でもある文人だ。彼は「いらっしゃい」と僕の顔を見て、次に僕の右手に下げられたものを見て、驚いた顔をした。


「えっ、何それ」


「さっきスーパーで見て思わず買っちゃった」


 そう言いながら、レジ袋に入れられたメロンを持ち上げて見せる。僕が袋代をケチったせいで一番小さなレジ袋に入れられたそれは今にもビニール袋を破いて飛び出してきそうなほど大きく、その存在感を放っている。


「富豪だね〜」


 そう茶化しながらも家に招き入れられたので、僕は「お邪魔します」と言って家に足を踏み入れた。


 僕と文人は大学の同級生で、住んでいるマンションが同じだと言うことから仲良くなった。今では毎週末、文人の部屋で一緒に撮り溜めたアニメを見る仲である。なぜ文人の部屋なのかと言うと、僕の部屋にはテレビがないからだ。


 僕たちが住む学生用のマンションはワンルームで、玄関から入ってすぐ右手にキッチンがあり、さらにその向こうに部屋がある。僕は手を洗うと勝手知ったる様子でキッチンの棚を開き、包丁とまな板を取り出した。袋からメロンを取り出しまな板の上に置くと、文人も興味津々で僕の手元を覗いてくる。


「お前メロン切れるの?」


「いや、切ったことない」


 そう答えた瞬間、文人はずささっと音を立てて後ずさった。


「何さ」


「いや、飛んできたらどうしようと思って」


「流石にそんなことにはならないよ」


「そうだよな、流石にな」


 そう言いつつも文人は僕から距離をとったまんまだ。僕は苦笑して、まな板の上のメロンに向き直る。


 一つ深呼吸をして、僕は「せいやっ」と言う掛け声とともにメロンに包丁を入れた。なかなかに勢いをつけたつもりなのに包丁は真ん中で止まってしまい、僕はさらに体重を乗せる。


「な、なあ、まずは頭の部分を切り落とすのがいいらしいぞ」


 文人がそう言いながらスマホの画面を見せてきた。見ると、メロンの美味しい切り方、と言うタイトルの記事のようだ。今時はスマホでなんでもわかるんだなと感心しながら、「せいやっ」という掛け声とともにメロンに刺さった包丁を抜く。切るのも大変だったが抜くのも同じくらい大変だった。


「まずは頭を切って、次に縦か……その次に種をスプーンで取り除いて……」


 文人が見せてくれる画面に時折視線をやりながら、メロンを切り進めていく。


 スマホを掲げると言う役割のせいで僕とメロンから距離が取れない文人は、覚悟を決めたように目を閉じて顔を背けていた。だから飛ばさないってば。


 記事の通りに切り進めていくと、先ほどの苦労はなんだったんだと言うくらい簡単に切り分けることができた。また棚を開けて中を物色し、ちょうど良い大きさの皿を見つけてその上に乗せる。


「よかった……飛んでこなかった……」


 そう安堵の息を吐く文人がむかついたので「お前飲み物用意しとけよ」と言い残して部屋に向かうと、後ろから「えっ」と慌てて冷蔵庫を開く音が聞こえた。


 机の上にメロンが乗った皿を置き、電源が着きっぱなしのテレビをぼんやりと眺める。テレビを持っていない僕でも知っているような有名俳優が主演の探偵ドラマらしく、ちょうど犯人を追い詰めるシーンだったので思わず見入ってしまった。


「推理シーンだけ見て楽しいか?」


 そう言いながら、コップを二つ持った文人が隣に座った。僕の前に置かれたコップを覗き込むと、底の見えない暗い色。どうやらコーヒーのようだった。


「僕コーヒーは砂糖とミルク入れないと飲めないんだけど」


「知らねーよ」


 せっかく座ったのに、と文句を言いながら文人は再び立ち上がって砂糖とミルクを持ってくる。それに礼を言ってコーヒーに砂糖とミルクを入れスプーンで混ぜていると、リモコンを持った文人が「まず何から見る?」と言った。


「水曜日のやつ。俺の好きな漫画がアニメ化したんだ」


「おっけ。水曜日ね」


 カチカチと言うリモコンの操作音とともに、テレビの画面が移り変わる。目当てのアニメが始まると、僕はずずっとコーヒーを飲んでメロンに手を伸ばした。


「コーヒーとメロンって合わないと思うんだよね」


 そう言いながら僕と同じくメロンに手を伸ばす文人に、僕はペシっとその手を叩く。


「文句を言うなら食べるな」


 切り分けられたメロンが乗った皿を文人から遠ざける。すると、「ごめんごめん」と笑いながら謝ってきたので、僕は寛大な心で許してやった。


 メロンを一口食べる。口の中に残っていたコーヒーの濃い甘みと苦味、メロンの爽やかな瑞々しさが混ざり合って、なんとも言えない風味が口の中に広がった。


「……相性悪いわ」


「だろ?」


 そう言いながらも僕らはメロンを食べてコーヒーを飲む。


「来週はコーヒーに合うスイーツ買ってきてくれよ」


「はいはい。お前もメロンに合う飲み物用意しとけよ」


「えっ、またメロン買ってくるのか……」


「なんでだよ美味しいだろメロン」


「いや嫌ってわけじゃないけど」


「じゃあいいだろ」


「メロンってそんな毎週食べるもんでもないだろ」


「あっ待って巻き戻してくれ、さっきの笑顔最高だった」


「聞けよ……。ん、確かにおすすめだけあるな。面白い」


「だろ?」


 そう言いながら、チラリと文人の横顔を見る。実は、先週実家の家族が新しくテレビを買ったらしく中古のテレビが僕の部屋に送られてきたと言ったら文人はどんな反応をするだろう。もうこの時間は無くなってしまうのだろうか。


 それが惜しくて、僕はまだそのことを文人に言っていなかった。


 文人には言ったことがないしきっと一生言わないだろうけれど、軽口を叩き合い、おすすめシーンや推しキャラの魅力を熱弁し、解釈の不一致で時には喧嘩をし、泣けるシーンで語彙力を無くして泣きあい、感想を交換し合いながらアニメを見るこの時間が僕は好きだ。


 テレビ画面に映った僕の推しキャラが笑っている。それに合わせて文人も笑う。


 僕も釣られて笑いながら、もう一口メロンを食べた。そしてコーヒーを飲む。やっぱり相性が悪い。


 でもこの食べ合わせは僕一人だったら絶対に出会うことがなかっただろう。僕はコーヒーよりもコーラが好きだから、家にはコーラかお茶しかない。文人と仲良くならなかったら、きっと自分の部屋でコーラとメロンを食べながら一人でアニメを見ていただろう。いや、そもそもこんなに大きなメロンを買ってくることもなかったかもしれない。


 そう思うと、だんだんとこの変な風味も悪くないように思えてきた。


「なんか癖になってきたわ、この味」


「まじ? やばいな」


 顔を見合わせて、また笑う。


 僕にはこの夜が、この相性の悪いメロンとコーヒーが、何よりも愛おしかった。

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