VS『所得税』 2
主導権を奪われた右足の脚撃を鬼神の左手が受け止めるのと、財宝の山が地鳴りに震え崩れ落ちるのは同時だった。
「なんだ…?」
「酒の肴にゃ、この場所は味気ねェだろ?」
自らの足を手刀で叩き折り、片足立ちで鬼神はくいと人差し指を立てる。まるで何かを呼び起こすかのような所作に、大地が応えた。
瞬きの次には金貨の絨毯を突き破り現れる大樹。それもひとつふたつでは足らず、十も二十も次々と。あっという間に両手両足の指では折れぬほどにその数で金銀押し退け埋めていく。
そしてはらりと舞う薄桃。
(…桜!?)
ともすれば人体など容易に突き穿つほどの勢いで乱立していく樹木を避けつつ、悪魔はその木々らが散らす花弁から正体を見抜く。
「おうよ、花見酒だ。これならちったぁ気分も持ち直すってモンだろ」
なんてことはない。これはただ鬼神の持つ神力によって引き起こされる現象の再現。鬼の神は地力で季節を───『春』を呼び起こせる。
鬼種夜宴において鬼神の興が乗った時に首魁自らが行う宴会芸のひとつ。配下の鬼達より『桜花乱舞』と呼称されるもの。
見境無しに無秩序に生い茂ることからまさしく乱舞。これが宴の最中に無傷で済まない鬼が多数現れる理由でもある。
鬼は神威、神秘を余興で扱う。
「これが、なんだとっ!」
「いやァ別に。金ぴか悪趣味な風景よりよほど見応えがあると思っただけだ」
散らばる財宝の中から一際輝く王冠を手に取り球状の頭部に乗せた悪魔が強襲を仕掛ける。半身の支配権を奪われた鬼なぞに遅れをとるわけにはいかなかった。
「気に入らねェか?なら雪見酒でどうだ」
手に持つステッキでその角をへし折ってやろうと振りかざした瞬間、悪魔を突然の寒風が襲った。叫ぶ間もなく一振りを届かせる前に上空へと攫われる。
「今度は、何を!」
「カカッ。凍てつく桜花弁も悪かねェ。お前もそう思うだろ?」
屋外でも無しに、一体どこから降るものか。急激に低下する気温と共に雪がちらつく。より問題なのはそれを渦巻かせる豪風。
自身の手足が凍り始めることに焦りを覚えるよりも、風に乗って悪魔を取り囲う凍った桜の花びらにこそ脅威を感ずる。鏃のように身を穿つその数が、数え切れないほど生え渡った桜の樹の何千倍あるというのか。
とても、拾い身に付けた装飾品の強化では追いつけないほどの物量。全方位からの氷の礫に対処しきれない。
吹雪く雪煙を満足そうに眺めていた鬼神が、呷った酒を口内に留め、一息に吐き出す。
人外の肺活量で吹き出した酒は風雪の竜巻に飲み込まれ、鬼神の打ち鳴らす指先に灯る鬼火を呼び水として着火、起爆。
氷雪の渦はたちまちの内に莫大な焔を喰らい合う凶悪な火柱と化して広大な財宝部屋を蹂躙する。
「
本来攻撃の用途には使わない、これはあくまで鬼達のとって宴の余興。ただし、他の種族より遥かに高い耐久性と強靭さを持つ鬼性種以外であればそうもいかない。
さらに月見酒を加えようやくの完成となるこれを余興終宴会技『
その頃にはいくらか屍となって転がるものも少なくはないが。
ともかく、あえなく悪魔は月見まで付き合えず、明滅する意識をかろうじて繋ぎ合わせながら融けた大地へと墜落した。
「ぁ、が…はあ、ぅ……」
喉が焼けて痛みに喘ぐことすら難しくなった悪魔を、鬼神がのっそりと見下ろす。
「なんだ、終わりかよ。まァ飾りも全部吹き飛んじまったしなァ」
鬼神の言う通り、今の『余興』で悪魔が身につけていた数々の価値ある装飾品の尽くが凍て砕かれ焼き払われてしまっていた。
さらに鬼神は着流しの懐から一枚の硬貨を取り出し仰向けに倒れる悪魔の耳元へ放り投げた。
「で、これでようやく平等だな」
「…!?きさ、ま。知って…!?」
かの悪魔、『所得税』の性質を、チップのデーモンを手放すことでようやく自由を取り戻した右手足をブラブラ振るう鬼神はけろりとした面持ちで答えた。
「お前基準の『価値』で決まる支配権の強奪、とかそんな感じだろ。お前自身は『価値』を纏うことで逆に強化してたみてェだが、んなもんどうでもいい」
謎解きには興味無いと言わんばかりにその話題を切り上げ、鬼神は両手を握り拳を固める。
「さァ。お互い守るもんなく無手になったわけだ」
バキバキと骨を鳴らし筋肉を膨張させ、鬼神はようやくお預けを解く。次に行われる暴虐に冷や汗を流す悪魔の爛れた喉は罵詈雑言のひとつすら許さない。
「殴り合おうぜ」
「こ、クソげぶぁ───!!?」
常に無手にてあらゆる存在を殺してきた鬼神の拳。悪魔を構成していた全てを肉片すら残さず潰し尽くすのには一分と必要としなかった。
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