VS『所得税』


「おい終わってんじゃねェか!」


 強制的な転移に抗うことなく飛ばされれば、まず目に入ったのは巨漢の鬼神の丈すらも超える巨大な横倒しの頭部。視線を横に流せば巨人の首から肩からその全容が続いているのが確認できる。

 どうやら既に何者かと交戦し敗北。絶命しているらしい。

「んだよ此奴コイツとやれるわけじゃねェってのか」

 心底から残念そうに巨人の額をげしと蹴り、鬼神は先へと歩を進める。

 巨躯の躯を超え、封印の破られたらしき大きな扉のさらに先。なにやら諍いを起こしている声の発生源へ向かえば、そこは一帯を埋め尽くすほどの金銀財宝。目もくらむ金色の中央で怒号と共に殺し合う八つの人影。

「ふむ?」

 鬼神とて生前は悪徳の限りを尽くし京の都の悉くを強奪した大悪党大盗賊の一人。俗物的に金目のものを欲す人の業はわからないでもない。もともと飽き性な上にろくな蒐集癖も持たない鬼神にとってはそれこそ奪っておいて放り投げた金銀の山々が居城たる大江山のそこかしこに点在していたものだが。

 ともあれ今の鬼神には散々に好き勝手やったかつての悪行三昧にもさして興味はない。

(しっかし業突く張りな人間共だ。この手の連中はなァ…あんまり楽しめそうじゃねェが)

 先刻の勇者達のような信念が、強固な芯が、この八人からは感じられない。人としての矜持も誇りもない猿が群がってはしゃいでいるだけだ。

「ま。それならそれで。適当に殺すか」

 理由はなくとも殺す。そこにいたから喰らう。鬼とはそういうものだ。歩く災禍は衝動に駆られるままに破壊と殺戮を撒き散らす。

 この場もそうやってただ荒らされ踏み躙られるだけのこと。

「…………あン?」

 地を揺るがすほどの轟音。他のどこでもなく、その音は自身の顔から。

 随分と久方ぶりに見る我が身から噴き出る血。一応まだ色は赤いんだなァ、と他人事のように空に散った血液を眺め、次いで顔面を殴りつけた拳を見る。

 鬼を傷つける徒手なぞ同じ鬼種でしかありえない。鬼神を害すなら同じ鬼神の力でなければ道理が合わない。

 いつから干渉を受けていたのか、おそらくこの地に飛ばされた時から。

 鬼神の掌握下から外れた右腕が渾身の握り拳を見舞っていたことに、左手で鼻血を拭った鬼神は実に愉しそうに嗤って理解した。




     ーーーーー

「くっくっ。容易い」

 二発目の拳打が大量の金貨を空高々と舞い上げ、さながら黄金の粉塵と化す光景を見下ろす悪魔が、意地の悪い笑みを貼り付け緩やかな動作でシルクハットの位置を直す。楽しみにしていた人間達の殺し合いは今の爆風で全て台無しになってしまったが、新たな余興が現れたことで彼の機嫌はそれほど損なわれなかった。

 山と積まれた財宝の山頂にて足を組んで座すこの者こそが鬼神の選び続けた二択の果てに行き着く試練。『所得税』を司る悪魔。

 相手がどれほど強力な猛者であろうとも無力。所得税の悪魔は自身の能力に絶対の自信があった。

「他愛もない。脳みそスッカラカンの鬼ごとき、ワタシの敵ではない。うーん、さすがワタシ!誰よりも賢く誰よりも強いワタシこそが最強の悪魔!ハハハ、ハハ」

 ボッ!!!

 ご機嫌に声高らかに自己を賞賛していた悪魔が山頂部の黄金ごと吹き飛ぶ。

「馬鹿でかい声で主張すっからどんな手札で防ぎやがるのかと思えば、直撃かよ。つるっぱげ野郎、頭ン中空っぽか?」

 暴走する右腕を逆の手で引き裂き押さえ付けながら放った拳圧の砲弾は狙い違わず悪魔へ叩き込まれた。鬼の聴力を伴わずとも聞こえた大声、もしやわざと攻撃を誘っているのかとも勘ぐったが、あの様子を見るに本当に独り語りしていただけらしい。

 執拗に自滅を狙う右腕は鬼神本人の意思によりズタズタにされている。どのみちすぐに再生してしまうがそのたびに破壊しなおすだけだ。二発目の殴打で折れた鼻っ柱も切った口腔もすでに自己治癒されている。

 財宝の山から転がり落ちてくる悪魔のもとへとゆったり歩み寄る鬼神が声を張る。

「宴会芸にしちゃ上等だ!次はなんだ?見せてみろよ丸っこいの」

 ようやく金貨の坂を下り終えた悪魔が全身を震わせながら起き上がる。

「―――ただ運よく一発当てただけで、よくもまあ偉そうに口を開けたものだ」

 黒いスーツの襟元を正し、白い口髭を指先で毛先まで伸ばし、皺を直したシルクハットを球体の頭にぽすんと乗せて、

「貴様のような低劣な鬼が、ワタシと同じ高さでものを喋るな。平伏せ。貴様はワタシに見下ろされる立場にあると知れ…!!」

 悪魔は静かに猛る。その怒りに呼応してか、悪魔の能力が鬼神の右腕だけでなく右足にまで強制の干渉を及ぼし始めた。

「いいな、面白ェ手品だ。お前が同胞おになら山へ招いてやったとこだが、純正の悪魔は死ぬほど好かんから駄目だ。殺す」

「死ね。貴様が死ね。今すぐシネ!」

 だがまァ、と。互いに会話にならない意見を押し付け合う中で鬼は自由の効く左手で瓢箪の中身を呷る。選択の終幕に合わせたように、神通力によって外見以上の量を蓄えられる酒瓢箪の中身は残り僅かとなっていた。

「返礼だ。山にゃあ招けねェが、鬼の酒宴を魅せてやる」

 

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