恋路51番通り

日月烏兎

積もり募りて

 おはよう、と微笑む君に目を奪われた。


 たぶん、始まりを探すならあの瞬間ってことになるのだと思う。

 入学式、同じクラス、隣の席。粉雪のようだと思った。柔く、優しく。クラスの誰よりも綺麗で、それでいて触れれば消えてしまいそうな儚さがあった。


「おはよう」


 たった一言、挨拶を交わすだけの関係。

 何も特別じゃない。

 君は目が合えば誰にだってそうする。私にだけそうしてくれるわけじゃない。勘違いをするような要素は何もなくて、席替えが始まれば終わってしまうような関係。

 そうしたら、私だってこんな気持ちにならずに済んだのに。


「よろしくね」


 今度の君は私の前に座っていて。

 振り向いて笑う君は、前よりも少し近くなって。

 よろしく、と返した私の笑顔はきっと不格好だったに違いない。だって、君が不思議そうに首を傾げていたから。

 何でもないよ、と首だけ振って笑い直せば、君は納得して私から視線を外した。

 妙に跳ねた心臓を見ないふりして、いつもより熱をもった頬に気付かないふりをする。

 そうしたら、何もなかったことにできる気がして。


 なのに。

 それなのに、君ときたら、そんな私の気も知らないで。


 おはよう、ばいばい、また明日ね。


 君の表情が増えた頃には、肌寒いが、暖かいに変わって。


 今日さ。


 夏の匂いが充満してきて、胸すら焦がすような熱を持ち始めた頃には、暑さと熱さで逆上せ上って。


 そう言えば昨日は。


 真っ赤な葉が舞う頃には、もう無視もできなくなって。


 明日って。


 ひらりひらり。君に似た雪が舞い始めれば、私はどこに居たって君を探してしまう。


 私だけだって分かっているのに。

 君にとっては何でもないことだって分かっているのに。

 何気ない言葉のひとつひとつがふわりふわりと心に降り積もる。いっそ春に、夏まで耐えれば全て溶けて消えてしまわないかと思うけれど。どうせ秋が来て、冬が来る頃には思い出して君に埋もれてしまうんだろうな。


「おはよう」


 君の優しい声が、また私の心へ柔らかな恋を募らせてゆく。

 いつか、いつか、溢れてしまうその日まで。


「おはよ」


 その日には。

 君の心にも、このひとひらが降り積もりますように。

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