期待:フェー・ルトリカ

 ここに来てから驚きの連続だ。


 他のコロニーとは別格の規模と設備。

 それだけでなく、軍の規模も一段と大きい。



 案内された軍事区画、その格納庫にオレと相方のジェスタ―は機体を駐機することになった。

 

 機体のシステムを落とし、コクピットハッチを開放。

 開いた装甲の向こうには、慌ただしく動き回る整備士の姿があった。

 いくつも並ぶ人型機動兵器、その光景は自分達の母艦や他のコロニーの自治軍ではなかなか見られない。



 機体から出て、改めて格納庫区画を見回す。

 コロニー外殻の隔壁から直接入って、斜坑エレベーターで降りただけだが、とても友軍の基地とは思えない。


 地球軍とコロニー軍とでは軍備の差があまりにも大きかった。

 軍需企業や接収したコロニーで圧倒的物量を持つ地球軍に対して、コロニーはそれぞれ独自に軍を組織するしかなかった。

 

 そうして組織された自治軍は、地球軍が編成した戦略艦隊に叩き潰されてしまうことになる。

 だから、コロニー軍は機動遊撃部隊を組織して対抗。


 結果的に、地球軍の中でクーデターが起きて状況が変わる。

 地球や陥落したコロニーでの非人道的な行為、地球統合政府の真の目的である『宇宙移民からの搾取』に気付いた地球軍の将校が仲間を率いてコロニー軍の側に寝返った。


 

 機動部隊はクーデター軍と共闘し、地球軍の本隊と司令部を制圧。

 数十年続いた地球人類と宇宙移民との戦争が終結、オレたち機動部隊は終戦を受け入れない地球軍残党を無力化するために今もあちこちのコロニーを飛び回っている。



 最終決戦から1年が経つ。

 激戦の日々は今はもう遠い昔のように感じる。

 終戦後になってからは全力で戦うことはほとんどない。

 相方や他のチームとの模擬戦くらいでしか、オレは本気を出せないことが続いた。



 

 無重力の格納庫区画に飛び出し、機体のすぐ近くにあった足場に捕まって留まった。

 振り返って、自分の搭乗機を眺める。


 コロニー軍で普及している量産機を自分用に独自のチューニングを施した機体。

 細かい部分も弄っているから、母艦の整備士にあれこれ注文しなければならなかった。


 ――我ながら、ホントに良い出来だなぁ。


 誰でも乗れるようなマイルドな乗り味の量産機を自分用にカスタマイズする。ロボ作品好きの誰しもが叶えたい夢の1つを叶えてしまった自分が恐ろしい……



 ふと、視界の端から自分の搭乗機に向かってくる何かを捕捉。

 イエローの宇宙服、腰に付けた工具キット、おそらく自治軍の整備士だろう。


 足場から離れ、自機の元に戻る。

 すると、整備士の1人がこちらに気付いたようだった。

 その整備士はヘルメットのバイザーを上げ、こちらに手を振っている。


 機体の胸部に接地し、整備士と向き合う。

 浅黒い肌、朗らかな笑み、20代くらいの若い男のようだ。



「お疲れさまです、何かありましたか?」



「ああ、この機体はちょっと弄っててね。FCSのゼロイン調整とスロットル感度は弄らないでくれるか?」


 オレの言葉に、整備士の表情が輝く。

 手元の端末に何かを打ち込みつつ、機体を見回す。


「フットペダルとスティックの入力感度はいかがしましょう?」


「それは標準レベルでいい。ここ最近はコクピット周りまで整備できてなかったから、手を入れてくれるならテンション・シリンダを交換してくれるか? 感触は固めがいい……」


「――わかりました、やっておきますね!」


 整備士の反応は悪くない。

 この文言を理解してくれる整備士は少ない、ほとんどの整備士は面倒くさがってコクピット周りに一切手を出さないだろう。


 きっと、この整備士は元パイロットだ。

 だから、火器管制装置FCSとスロットルに手を入れてるということで、オレが癖のある操縦をするということを察してくれたらしい。




「よろしく頼むよ――」


「わかりました」


 整備士が機体から離れようとする――が、オレは咄嗟に彼の腕を掴んでいた。

 

 旅先でオレは必ずする質問がある。それはもちろん…………




「このコロニーで、が食えるところはあるか?」 


「――えっ!?」


 オレの質問に驚く者は多い。そのほとんどはその単語の意味すら知らない。

 知っていたとしても『スープ・ヌードルですよね?』と訂正してくることもある。


 だが、この整備士は何かが違った。



「……すまない、スープ・ヌードルで――」

 言い直そうとしたが、整備士は不敵に笑う。




「ええ、ですね。ありますよ」




 思わず、耳を疑った。

 他人の口から『ラーメン』が出るときは嘲りか、無知を晒す時だ。

 しかし、目の前にいる男からは自信に満ちた声色で放たれる。


 興奮して彼に掴み掛かってしまいそうになるのを堪え、次の言葉を待つ。

 


「セントラルシティに『フェー・ルトリカ』というレストランがあります。そこなら期待に応えてくれるはずですよ」

 

「本当か?!!」


 ――まさか、本当に食えるところがあるだなんて……!


 味が薄いとか、デロデロで麺とは言えないようなものとか、そういうものではない――本物のラーメンを、オレはようやく食えるのかっ!!?



「……もし、何か問題があったら、店主に『腕と足の借りの分で立て替えておいてくれ』って伝えてください。そうすればなんとかなるはずです」

 彼はそう言いながら、自分の手足を叩く。

 装甲化されていない宇宙服なのに、何故かゴツゴツとした硬い音がした。


 きっと、彼は義手と義足を付けている。

 そのレストランの店主とは戦友か何かなんだろう。彼もまた戦争で戦い抜き、生き残ったのだ。

 


「市内でタクシーを使えば間違いなく辿り着けますよ、楽しんできてください」

 そう言って、彼は他の整備士の元へ向かう。


 周囲を見回すと、見覚えのあるパイロットスーツの女がこちらに手を振っている。

 おそらく、オレの相方だ。

 きっとまた、皮肉を浴びせられるだろう。


 だが、今回は――オレの勝ちだ。

 

 機体から離れ、通路へ向かう。

 驚愕に染まる相方の顔を想像しながら、オレはコロニー・E2サイトの地に足を着けた。 

  

 

 

 

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