第5話 裏切り者の息子
「伯爵は裏切り者だったのです。先ほど、王弟殿下がそれを明らかにしました。こいつは裏切り者の息子です」
「そんなっ」
王女の否定の声が飛ぶ。
しかし、彼の言葉は変わらない。
「殿下。私どもはこれから、こいつを連れて行かなければなりません。どうかご理解を」
「……お父様に話をします」
「これは、陛下のご命令です」
「ルークは私の客人よ。もしかしたら伯爵様はそうかもしれないけれど、彼はまだ、私のお客様です。お父様であっても、無礼を働くことは許されないはずだわ」
「殿下‥‥‥」
絶対にこの場を譲らない。
そんな勢いで、アミアは叫んでいた。
隊長は、王女の客人という名目を出されてしまい、困ったような顔をする。
どう判断していいか悩んでいる様子だった。
「彼の縄を解きなさい。早く!」
ふうっ、と隊長はおおきなため息をつく。
どちらの命令に従えばいいのか困っている部下に向かい、彼は「放してやれ」とだけ命じた。
「殿下の御客人として、宮廷をでるまで、護衛しましょう。失礼のないように‥‥‥それならばよろしいでしょうか」
「彼を無事に、家まで戻すと約束するなら……それで、いいわ」
「では、そう致しましょう。必ず無事に、家に戻すように致します」
恭しく一礼すると、彼はルークを立ち上がらせた。
「では、ルーク様。お屋敷まで送りましょう」
ついてこい、そう命じられた。
隊長としては、その場から離れてしまえばまた捕縛してもいいだろうと思っていたのだろう。
部下に、ルークの左右を固めることをやめさせなかった。
しかし、それを制するかのようにアミアが言った。
「何日かして、どこかで冷たくなっているとか。そんなことにならないよう、注意しなさい」
「かしこまりました」
傷ひとつつけずに、ルークを自宅まで送り届けろ、そういう意味だった。
最初に殴られたり蹴られたりしたところが疼いた。
痛みに声が出せないままルークは歩き出す。
その背中に、アミアは小さく声をかけた。
「私‥‥‥ルークと離れたくないよ」
振り返ると彼女は泣いていた。
大粒の涙を流して、姉妹揃って、泣いていた。
別れの涙だ。
ルークはそう思った。
「また、参ります。殿下たち。どうかお元気で」
それ以上の言葉を口にすることはできなかった。
勢いよく腕を引っ張られたのだ。
「身分をわきまえていただきましょう、伯爵令息殿」
冷たい言葉だった。
優しさなんてひとかけらもない。
思いやりどころか、物のように扱われていた。
これが罪人。
これが、人の扱いをされないということ。
いまはただ、王女アミアの温情で、すこしだけまともに扱われているに過ぎない。
自分が情けなくなった。
自分をこういう風にした父親のことも、同じように情けなく思った。
力がない。
鉄のような血の匂いが、頭の中を駆け巡る。
僕は無力な存在だ。
小さな騎士としてあの子達を守ると誓ったのに。
いまは涙を流させて、そのうえ、守られている。
こんなはずじゃなかったのに‥‥‥。
誰が悪いとか僕は無実だとか、そんな言葉は頭の中から消え去っていた。
ごめんなさい。
無力でごめんなさい。
涙を流させて、小さな騎士になれなくて、ごめんなさい。
そんな慟哭が心の底から湧き上がってくる。
と、後ろから声がかけられた。
アミアの声だった。
「ルーク!」
振り向けない。
振り返れない。
そんな資格がない。だから‥‥‥前を向いてうつむいて歩いた。
声はもう一度、やってきた。
涙を含んだ、悲しみの感情が、打ちひしがれたルークの心に襲いかかる。
「ごめんなさい。私のせいでごめんなさい」
違うよ。
そう言いたかった。言ってやりたかった。
悪いのは僕だと。僕の家だと。僕の父親だと。
彼らはそういったのだから。
アミアはなにも悪くない。
「守ってあげれなくてごめんなさい‥‥‥」
王女の謝罪の言葉はどんなするどい刃よりも深く、ルークの心をえぐっていた。
僕は無能だ。
力が欲しい。
彼女を守れる力が。
自分を守れる力が。
家族を守れる力が。
ルークは空に向かいそっと目を細める。
眩しい太陽がそこにはあった。
あの太陽と同じほどの力があったなら。
太陽に向かって。
そこにいるはずの頂点に向かって。
精霊達の王と呼ばれるそれに向かって。
ルークは太陽を見つめ、心のなかで手を伸ばした。
自分を犠牲にしてでも、他人を守るにはどうすればいいのか。
幼い彼には答えが見つからなかった。
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