6 屋上での決戦(二)

 晴天の空をえぐったようなその穴はそうしている間にも広がってゆき。


〈「ようやく見つけたぞ、カリーナ・グレイシア!」〉


 魔王の声でしょうか。さすが、とても威厳のある、震え上がるようなお声をお持ちでいらっしゃる。


〈「懲りもせず、わざわざ出向いて足労であった」〉


 八重子さんも負けてはおりません。


〈「八つ目の世界。かような小娘となり果てておったか。あわれよのう」〉

「見くびるな、コアントロオ。

 わしが七度の転生を経て、その度に修めた魔道の究極。貴様を一度は滅ぼした五度目の力はさらに二度の転生にて磨かれておるぞ。

 今また味わうがよい!」

「ラノベだなあ」


 綱木くんはどうしてそんなことをおっしゃる余裕があるのでしょうか。


「いや、これでも頭の中は言い訳考えるのでいっぱいいっぱいよ?」

「うわあ、校庭の連中がみんな空を見てやがるし、町内の人たちも集まって来やがったぜ」


 ブチャ公先生、この猫又姿をみなさんにお披露目して大丈夫でしょうか。

 などとやきもきしておるあたくし、まるで何の役にも立たずモフモフされているだけでございまして、まったく歯がゆいことでございます。


「俺っちは、おめえに祟っているんだからな、できるだけ長生きさせて困らせてやるぜ」


 ありがたいんだかなんだかわからないことを言っております。


「……っとお!」


 赤い鉤爪のついた青白い大きな手が、穴の向こうから伸びてまいりました。

 手だけなのです。

 いずれ全身が現れたら。奴はどれだけ大きな姿をしているのでしょうか。


〈「小娘の相手など、この片手で十分」〉


 その手のひらに、どす黒い霧がわいてきます。


「まず、恨み重なるわしを狙うか。ここまで追ってきたことを含め見上げた度胸だ」


 八重子さんは両手の平で花のかたちをつくり、胸のあたりで構えますと、それがまぶしい光に包まれたのです。


「だがここまでだ。

 わしがここで、食い止める」


 自分を握りつぶしそうな手と対峙する八重子さん。


「全身を現さず、片手のみであるのは、この世界でお前は存分に力を振るえないのであろう。その片手に渾身の力を込めて、ようやくわしを倒せるというわけだ」


 七度生きた大魔導師のおっしゃる言葉に、我々はそうなんですか、とうなずくよりありません。


 黒い霧も、まばゆい光も、どちらも大きくなってまいりました。


「この一撃で決まるのか」


 綱木くんが申したその時です。


「食らえ。〈魔光剣・閃光〉」


 八重子さんを飲み込もうと黒い霧が渦を巻いて襲いかかるそこに。

 光は剣の形をとり、それを薙ぎ払いました。


「〈なっ!〉」


 瞬間。


「伏せろ!」


 ブチャ公に言われるまま、あたくしと綱木くんは、身をかがめるだけで必死でした。

 それだけの重たい衝撃が飛んできたからです。

 ああ、屋上に来てよかったんでしょうか。

 周りのものに、障りはなかったんでしょうか。


 あたくしはほんのわずかな間、気を失ったようなんでございます。

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