第四章〈シャルル七世〉編

15話 シノン城(1)

 現在のシノンが明るい町かどうかは分からないが、シャルル七世が暮らしていた当時はかなり寂れた町だった。

 薄暗い城壁と巨大な設備は、王の宮殿というよりほとんど要塞だった。

 フランス王が地方から地方へ、町から町へと追われていた時代にはそうだったのだろう。


 オリヴィエたちがシノンに到着したのは夜が深まった時間帯で、町中が大騒ぎになった。

 しかし、彼らが王の忠実な臣下で、王を助けに来たとわかると歓声で迎えられ、どこの誰が彼らを宿泊させるかという話になった。


 オリヴィエはジャンヌと離れたくなかった。

 この不思議な少女は、これまでに出会ったすべての人を熱狂させて影響を与えたが、オリヴィエも例外ではなかった。

 それに、ジャンヌはまだ少女といっていい若い女性で、荒っぽい兵士たちの中で危険にさらされる可能性がある。できるだけ近くにいて守ってあげたいと考えた。

 そこで、ジャン・ド・ヌイヨンポンとベルトラン・ド・プーランジとともにジャンヌと同じ宿に泊まることにした。

 数人の兵士を残して、カルナック軍の他の兵士は一旦解散し、集合の号令をかけたら戻ってくるようにと約束させた。


 ジャンヌは、宿屋のオーナーの妻であるラバトー夫人に託された。

 おしゃべりなラバトー夫人はジャンヌの話を聞いて驚き、特別にもてなすと約束すると、町中で「ドンレミ村から来た少女の驚くべき物語」を語り始めた。


 オリヴィエは時間を無駄にしたくなかったので、シャルル七世に使者を送り「ジャン・ド・ヌイヨンポンとベルトラン・ド・プーランジとともに謁見と宣誓を求めている」旨を伝えた。


 ジャンとベルトランがジャンヌを囲んで世話をしているのは微笑ましい光景だった。

 プレートアーマーを身につけた勇敢な騎士二人は、戦いで何度も死線をくぐり抜けててきたタフな男だが、とりわけ若い仲間には優しかった。ほとんど母親並みの甲斐甲斐しさで、信心深いジャンヌのために部屋中を駆け回って十字架を見つけてくると、ベッドの頭上に飾ってあげた。


 シノンの城下町にいる間、彼らは「交代でジャンヌの部屋の外で見張り番をしよう」と決めた。ジャンヌは、二人の心遣いに感謝して涙ぐんだ。


 オリヴィエの使者が帰ってきて、シャルル七世と謁見する許可がおりたと告げた。ジャンとベルトランを呼びに行くと、ジャンヌが「先に王太子さまに会いに行くのですね」と言った。


「王太子さまを説得しても無駄ですよ。誰が何を言っても、大きな不信感を抱くと思います」


 ジャンヌは、オリヴィエたちの会談が不調に終わると予告した。


「何はともあれ、あたしを王太子さまに早く会わせてください。人づてじゃだめなんです。あたしが直接会って話します。神とあたしだけが知っていることを伝えたいんです」


「ジャンヌは頼もしいな」


 オリヴィエは少女の度胸に感嘆し、三人は宿屋を後にした。


 ジャンヌはひとりになると、質素な食事を短時間で済ませて用意された部屋に入った。暖炉の炎とテーブル上の明かりの中で、しばらく物思いに耽っていた。


 幸福だった過去の思い出、故郷のこと、キスもしないで別れた母親について考えた。おそらく二度と会えないだろうと思うと涙がこぼれた。

 娘本人が帰ってくると信じていた母は、いまごろ旅立ちを知らせる手紙を受け取ってショックを受けているに違いない。


 ジャンヌは敬虔で賢い少女だったが、素朴な育ちゆえに読み書きを知らない。


 旅立ちの直前に、司祭に頼んで父母に宛てて別れの手紙を書いてもらっていた。






【追記】


本作を電子書籍/ペーパーバック化するにあたり、規約の都合上、非公開にしました。見本代わりに、本編冒頭〜主人公が登場するまで、各章1話目と登場人物紹介を残しています。

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