オリヴィエの夢想
夜が明けると、カルナック軍一行は旅立ちの準備を始めた。
オリヴィエは、シノンへ向かう最初の行軍中に戦争について学んでおきたいと考え、夜遅くまで兵法書などを読んでいた。
夜は最後に寝て、朝一番に起きた。
目覚めの号令をかけたのはオリヴィエだった。
誰よりも早く鞍に乗り、いつもトリスタンをそばに置いていた。
トリスタンが夜の間に姿を消したのを見た者はなく、帰ってきたのを見た者もいなかった。長い散歩も、夜の見回りも、長らく彼を苦しめていた暗い思考も、トリスタン自身の「鋼の肉体」を疲れさせることはなかった。
「おはよう」
オリヴィエは、どんな時でもトリスタンと再会したときに必ず手を差し伸べるのが習慣になっていた。トリスタンはこの友情の印に冷笑で応え、指先でオリヴィエの手に触れた。
トリスタンは誰にも何も話さなかった。
誕生にまつわる不思議な話や、昨夜の記憶について沈黙を守っていたが、誰かに確認しなくても直感で真実だと感じていた。誰かの助言や説教にうんざりしていた。
「サラセンから聞いた話は、伯爵夫人にしか話せない。彼女の口から真相を聞き出すまで何も言えない」
その時が来るまでサラセン人の話は無意味で役に立たないと考え、沈黙を守ることにした。
オリヴィエは、トリスタンの内面で何かが起きていると察知していたが、野生的な生き方をするトリスタンを尊重していたので、何を考えているのかあえて確かめようとしなかった。それがオリヴィエの優しさだった。
*
オリヴィエは小隊の出発準備が整ったのを確認すると、従者に尋ねた。
「シノンまでのルートを探っていた斥候は帰ってきたか?」
「はい、ここにいます」
トリスタンが指差したのは、農民を連れて村に戻ってきた兵士だった。
「よろしい。では、そろそろ出発しよう」
斥候の一人が「恐れながら申し上げます」と進言した。
「シノンまで最短で行ける代わりに、殺人と略奪をする『ならず者』がうろつくルートを行くより、この農民が案内する危険のないまわり道を行く方がよろしいかと思います」
「私を臆病者だと思っているのか? ならず者を恐れるとでも?」
オリヴィエはみくびられたと感じて不快感をあらわにした。
「失礼をお許しください。ですが、私たちはフランス王を助けるために徴兵されました。目的地に着く前に、街道のならず者に襲われて部下も自分も殺されて、栄光も名誉も利益も失うことは良くないと考えて、安全なルートを探してきたのです」
斥候の言い分はもっともで、オリヴィエはすぐに納得した。
「賢明な判断だ。農民から情報を聞いたのだな?」
「はい」
「では、その安全なルートで行こう」
オリヴィエは出発の号令をかけ、カルナック軍は行軍を再開した。
これから出会うはずの見知らぬ女を探していた。
男性は何人か通り過ぎたが、女性はひとりもいなかった。
道中、オリヴィエは母とアリスを思い、甘い夢想にふけっていた。
いつも二人の女性に心を支配されていた。
善良さと幸福という、ふたつの光に照らされていた。
栄光の遠征となるか、致命的な遠征となるかは分からない。しかし、何が起ころうとこの遠征はカルナック一族の記憶に新たな輝きを与えるだろう。
オリヴィエは曖昧に生きる者でもなければ死ぬ者でもない。若い少女のように「穏やかで純粋だった過去の自分」に思いを馳せるのは当然であった。
甲冑で覆われた優しい青年の下には、純真で素朴な感情に通じる心があった。その心には、彼の魂が追い求めてやまない乙女——アリスの姿が映し出されていた。
オリヴィエの若い野心は、いつも幸せな夢を見ていた。
「愛と勇気にあふれる僕を見て、神は新しい力を与え、偉大なことを成し遂げる奇跡を起こそうと考えているのだろうか」
シノンからオルレアン包囲戦へ。
数ヶ月から、長ければ数年におよぶ戦いになるだろう。
行軍は始まったばかりだ。この瞬間に、七世紀もの間、神のために死者との戦いを続けてきた祖先と出会ったオリヴィエが堕落することがありうるだろうか。24年生きてきて一度も悪事をしたことがないのに。
祖先の墓で起きた神秘体験は、オリヴィエに新たな考える材料を与えた。
オリヴィエは自分や誰かを責める気持ちはなく、あの出来事は罪どころか「
*
一般的に18歳から25歳くらいの青少年は「人生のすべてが魅力的で、あらゆる可能性に開かれている」と感じる時期で、急速に流れる甘い時間に祝福されている。信念はあらゆる地平を切り拓き、若さと強さはどんなに困難な道をも平坦にする。
過去は楽しい記憶を呼び起こすだけの短いもので、未来は永遠に続くと思えるほど広大に感じられる。
若者は無敵だ。あらゆる想定に備え、あらゆる危険に備え、人生を飛ぶように駆け抜けていく。不幸をものともせず、死をも笑い飛ばす。強いからこそ能天気で、強ければそれで良しとする。
道徳観や政治体制の様相は時代ごとに変わる。
しかし、若者特有の誇大な幻想は、すべての人が人生の同じ地点で経験し、決して変わることはない。
春の新緑が、昔も今も同じ緑であったように。
私たちを照らす太陽がいつも世界を照らしてきたように。
私たちに夢を見せる夜の白い星が、故人や消えた世代の目が見つめてきたものと変わらないように。
空気中には同じ信念、同じ感情、同じ愛の見えない伝達があり、トリスタンのように神に見捨てられない限り、それぞれの存在が順番に受け継いでいく。
魂の琴線を揺さぶる対象はさまざまだが、魂は変わらない。
名前が違っていても感情は変わらない。
神が、人間の自然体——光と闇、棘と花、情熱と感傷、善と悪——これらすべての本性を封じ込め、強力な生命の原動力のもとで
魂と呼ばれるこの「神の本質」を残して、私たちは神のもとに帰っていく。
これこそが神の崇高な計画である。
生まれてから死ぬまでの短い間に、どんなことが、どんな夢が、どんな現実があるだろう。
そして、これらの生命の営みの中で、もっとも甘美で安全なのは、実のところ、オリヴィエが過ごした時代、つまり、すべての野心が容易ですべての夢が実現可能な幸福な時代なのだ。
*
オリヴィエは幸せな子供時代を過ごした。
何不自由なく、安定した人生の旅路を歩み、輝かしい夢を信じて疑わなかった。
だからこそ、おそらく本能的に秘密を察知して「愛するトリスタン」が自分とはどれほどかけ離れた人間なのかを、まったく理解できなかった。
もし、トリスタンの心の中を垣間見たとしたら、オリヴィエは恐怖のあまり逃げ出しただろう。
このように「善の精神」と「悪の精神」は人生の中で隣り合わせに歩んでいる。その時が来るまで誰にも気付かれないまま。
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