ダンジョンのある新しい生活! ~ブラック労働で店を支えている俺をクビ? 戻ってきてと泣いて謝ってももう遅い!? 努力が報われるダンジョン攻略が楽しいので、レベルを上げてスキルを極めたいと思います!~

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一章 ステイホームはダンジョンで!

01 ブラック労働で店を支えている俺をクビ? 戻ってきてと泣いて謝ってももう遅い

 労働を終えて、泥のように眠っている俺をたたき起こす電話。

 今日は夜シフトだからまだ起きる時間じゃない。

 貴重な睡眠時間が……。誰だ?


 スマホの表示は「オーナー」。

 俺の働く飲食店のオーナーからの電話だ。

 本来やるべき仕事も全部、雇われ店長の俺に押し付けているクソ野郎だ。


「もしもし……オーナー? どうしました?」


 電話の向こうでは、オーナーがなにか怒鳴り散らしている。

 収益が落ちているとか、バイトが辞めたとか。店のためを思う気持ちがないとか。

 聞こえてるから、ちょっと落ち着いてほしい。


「クロウ! 聞いているのか!?」

「聞いてますよ、オーナー」


 黒いカラスと書いて黒烏クロウ。俺の苗字だ。

 苗字なのでキラキラネームではない。キラキラ苗字だ。

 名前は善治ゼンジで、ごく普通だ。


 読めないとよく言われるがカラスはウとも読む。

 烏合うごうしゅうのウ、だ。


「売上が下がっているぞ! どうするつもりだ!」

「いやいや、世界的なパンデミックですよ。売上なんて維持できるわけないじゃないですか!」


 飲食業……いや、社会全体がダメージを受けている。

 個人の頑張りでどうにかなる問題ではない。


「それをなんとかするのがお前の仕事だろうが! サボってんだろう、どうせ!」

「無茶な……」


 何もかもを俺のせいにしようとしているな……。

 まあオーナーが考えなしで無責任なのはいつものこと。

 なんとか対策を考えて……。


 だが、続いて放たれたオーナーの言葉に俺は耳を疑う。


「お前なんかクビだ!」

「は? クビ……ですか?」

「お前のような無能に店を任しておけるかっ!」

「はぁ……?」

「なにがハァだ! そんなんだから……」


 くどくどと文句をたれるオーナーの言葉を聞き流しながら、俺の頭は冷静にさめていく。

 腹が立つよりも先に呆れてしまう。

 いっそ、晴れ晴れしいくらいにオーナーはわかっていない。


 俺は必死で店を守ろうとしてきたんだ!


 劣悪な労働環境に、バイト達は逃げ出す寸前。

 人を増やすように再三言ってきたのにオーナーはケチって募集もかけない。


 シフトの穴は俺が埋めている。

 数人でやるべき仕事を一人でカバーしているなんてのはざらだ。

 今月は一度の休みもないってのに!


 きつい仕事なのに給料は少ない。

 俺はともかく、バイトだけでも給料を上げろとも言っているのに聞きやしない。


 今残ってくれているバイト達だって、俺が必死につなぎ止めている状態だ。


 店は首の皮一枚でつながっている状況。


 何年もそんな状態だった。

 そこへ追い打ちをかけるように、世界的な伝染病が蔓延まんえんしている。

 飲食業界は自粛を迫られ、自由な営業もできない。


 ステイホームが呼びかけられ、客足も遠のく。

 売上なんて上がるわけがない。


「……それで店は? バイトの子らはどうなるんですか?」

「バイトだあ? 俺の店だ! 文句があるなら辞めさせるだけだ!」


 あー。だめだこいつは。なにもわかってない。

 人がいるから店が成り立つんだ。

 俺だって一人で店を回せるわけじゃない。


「引継ぎは? 店回りませんよ?」

「引継ぎなどいらん! これからは俺がじきじきに仕切る! 俺がやればすぐに持ち直す!」


 オーナーの謎の自信はどこから来るのか。

 すべての仕事を丸投げしてなにもしてこなかったのに、できるはずもない。

 いや、できるものならやってみればいい!


 ……あれ?

 ということは俺、働かなくていいのか?

 このブラック労働から解放されるんじゃ?


 前から辞めよう辞めようと思っていた。いい機会じゃないか。

 ここにしがみつく理由はない。


 ふっと、体が軽くなった気がする。

 俺の上にのしかかっていた形のない重み――仕事や人間関係、責任や義務――が消える。


 気づかずに俺をからめとっていた現代の呪縛から解き放たれる思いがする。


「あ、そうすか。それは頼もしいですね。引継ぎもいらないと」

「いるか! そんなもん!」

「わかりました。では、残ってる有休を全部使って、会社都合の退職として処理してください。当然の権利ですからね!」

「権利だ!? そんなもんがお前にあると思ってんのか!」


 誰にだってある、当然の権利だ。


 即日解雇されるような理由はない。

 俺は最善を尽くして、身を粉にして働いてきた。


「あります! これを断るならしかるべき手続きを取らせてもらいます。もちろん、ブラック労働の証拠もバッチリ揃えてますからね!」

「うぐぐ……」

「あ、この通話も録音していますから。では、お疲れ様でした!」

「おい、ちょ! 待てクロウ! それは困っ――」



 プツリ。電話を切る。

 はー。すっきりした。


 そして俺は自由だ!


 仕事ばかりの毎日だった。それが今、すっぱりと無くなった。

 しがらみがさっぱりと断ち切れた。


 これからのことに不安もある。

 だけど当面生活に困らないだけの貯金はある!

 使う時間がないから薄給はっきゅうでも貯金額だけは増えていたのだ。


 一人暮らし、彼女ナシの独身貴族。金のかかる趣味もない。

 ……しいて言えば、仕事が趣味だったな。


 忙しさにかまけて友人とは何年も連絡を取っていない。

 交友関係は自然消滅してしまっているだろう。


 ……てことは俺、完全なぼっちか。


 はは、いっそすがすがしい!


 ふと、社会から切り離されたような感覚を覚える。


 今の俺は会社員でも店長でもない。ただ一人の俺。

 失うものは何もない!



 さて、明日から何しようか。


 積んでたゲームでも崩すか? ウェブ小説の続きでも読むか?

 いや、就職活動かな? 

 パンデミック下のこの日本では、仕事探しも面倒そうだが。


 どんな仕事でも、今までよりはまし!

 俺は前向きである。


 ゲームも本もスーツもクローゼットの中だ。

 スライド式のドアに手をかけて開けようとする。


 ……妙にかたいな。

 ボロアパートだし、建てつけも悪い。


「なんか挟まったか? ……うおりゃ!」


 バキッ! と派手な音を立てて開くクローゼットの扉。

 普段使わないものしか入れていないから、ひさしぶりに開けたぜ。


 しかし、クローゼットの中身は俺の想像とは違っていた。


「――なんだ、これ!?」


 結論から言ってクローゼットの中にスーツはなかった。

 ゲーム機も本も、なにもない。


 荷物があるべき空間には、黒く揺らめくが存在している。


 ゆらゆらと揺れる黒い穴。それが水面のように揺らめいている。


 光が当たらないとか、暗いとかではない。

 光すらも吸い込まれているかのような黒。


 引き寄せられるように、俺は無意識に手をのばす……。


「いったいどうなって……うわあ!?」


 手が強い力で引き寄せられる。

 なすすべもなく、俺はその黒い水面に吸い込まれていた。


 ふわっとした感覚とともに、視界が暗転した。

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