第6話 逃走
「久しぶりだな」
顔を上げた時、ローズマリーはもう涙を浮かべていなかった。乱れた髪を手でかき上げて元婚約者とそのパートナーを睨みつけた。
周囲を見渡しす視線に、それまで嘲笑していた人間たちも気圧された。
「またそのつまらない芸か……いくら気を引きたいからと言って――」
「――不合格だ」
ローズの目を通して、直接見るとより世界がくっきりとする。このおかしな茶番の黒幕は人間ではないようだった。
しかし、それにしたってひどすぎる。
僕はこのような場面を何度も見ていた。砕け散った魂たち、その中でも不自然に冤罪を着せられて断罪されたものたちがいた。
大抵は悪魔の仕業だった。神と対立する派閥。どちらが偉いとかそういう問題ではない。
悪魔はこの世界の魂を勝手に収穫し持ち去ってしまう。僕らとは相いれない存在だ。だが、彼らとて別の世界軸では神と呼ばれている。
「幼い頃はウィスタリア嬢の天真爛漫な笑顔に救われていたこともあった。その事は認めよう。だが、いつまでも見えない友人と会話するような不気味な女と関わりたいと思うか? 学園に入学してからもお前はずっと無表情だった。まるで作り物の人形のようでお前を見る度に寒気がした」
それも今日で終わりだ、とリアムは微笑んだ。そばに控えていた賢そうな令息が書状を彼に手渡す。
ああ、ローズに聞かせなくて良かった。いくつもの人間たちの魂の欠片。そこでは大抵が同じようなパターンに陥っていた。
「お前の顔を見なくてすむと思うと心から嬉しく思う」
リアムは書状を広げてローズに見せた。そこには王命であることと判決が「国外追放」であると書いてあった。
「しっかりとした軸があれば悪魔にささやかれても耐えられたはずだ。欲におぼれたのはお前らの方だ」
お前、と口にした瞬間にリアムの後ろにいた貴族の子供たちが一斉に「不敬だ」「死罪だ」とざわめき始めた。
「バカどもが、この場で一番偉いのはその皇子さまでも、そこらの爵位を持っているだけの人間どもでもない。この僕だよ。少しは敬意ってもんを持ってほしいね」
ローズマリーの体は先ほど押さえつけられたせいで何か所もひどく痛んでいた。手首はひねったのか腫れていた。
早くこの子を休ませねば。
僕は手品師のように大仰にリアムやリリーたちに向かって礼をした。ローズはきちんと授業を受けていた。ピンと背筋を伸ばして、まるで劇場のように綺麗にお辞儀をする。
「僕らはこの国を出るよ。お前らがローズを見捨てるんじゃない。彼女がお前らを見限るんだ。
あとで後悔してももう遅い。僕は才能を潰すお前らのような存在が本当に目障りで仕方がないよ。呪われてしまえ」
魔法で転移して、すぐさま飛行の魔法を使って夜空を駆ける。屋敷には逃走防止のためだろうか、既に兵が派遣されていたが空は警戒対象外だったようだ。
ローズマリーは攻撃、防御、回復魔法にも優れている万能型の魔法使いだった。だが、この国では飛行魔法のような技術は既に廃れている。学ぶ機会がないのだ。
服を普段着用のドレスに着替えて、金になりそうなものは全て亜空間にしまいこんだ。ほとんどがリアムから昔送られたものだった、ありがたく金に換えさせてもらおう。
隠し持っていた母の遺品もしまう。ローズマリーはとても大事にしていた。継母にほとんど奪われても、数少ない宝物を必死に守っていた。
ドレスも全て亜空間にしまいこんだ。ローズは勉強も好きだったので教科書やペンなんかも放り込む。
数分のうちに部屋はすっかり空っぽになっていた。
窓から飛んで、僕は貧民と平民たちが暮らす街と町の隙間のような場所に降り立った。
ここにはどこにでも目があるから、降りた時に人目を気にした所で意味がない。絶対に誰かが見ている。
いくつかある怪しい夜店を見て回る。その中でも比較的良心的な価格設定のぼったくり店の店主に声を掛けた。
「こんばんは、ここは買い取りもしてる?」
汚い街にきれいな服を着た不釣り合いな少女に店主は明らかに警戒していた。
「実は……急いでお金が必要なんだ」
訳アリだと認識されたのだろう。店主の警戒は少し薄れたようだった。
僕はローズが持っている中で継母が体裁を取り繕うために買い与えた古い髪留めやブローチを取り出した。
「ずいぶんと古いなぁ。流行からかなり遅れているし、宝石も小さい。高くは買い取れないよ」
「隣国で冒険者になりたいんだ。冒険者カードの発行と町へ入る時の通行料が必要でね」
「ふぅん。それじゃ金貨一枚って所かな」
「それでいいよ。急いでるんだ」
店主は投げ渡すように金貨を一枚、僕に渡した。向こうは安く買いたたけて嬉しい。僕は取り急ぎ逃走資金が稼げて嬉しい。みんな嬉しい取引だ。
「まいどあり」
「ありがと!」
僕はその場で魔法を使って空に飛びあがる。店主の呆気に取られた表情は面白かった。ローズが目を覚ましたら見せてあげよう!
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