第4話 眠り
そして決定的だったのは、中庭で他の女生徒とリアムが二人っきりでベンチで話している所をローズマリーが見てしまった事だ。
ショックで固まる彼女にリアムは冷たい視線を向けた。
「ああ、君か」
「あ、あの……殿下……」
すがるようなローズマリーの声をリアムは嘲笑した。
「ローズ、そんな目を私に向けないでくれ。君にはいるじゃないか、見えない友達が」
「――なっ」
思わず反射的に僕がローズマリーの体を動かしてしまった。ローズは口を押さえた。必死に言葉を抑え込むローズマリーに、令嬢が勝ち誇ったように微笑んだ。
「仕方ありませんわ、リアム。ローズマリーさまは、ほら、少し浮世離れしている方ですから」
「いくら何でもその年でいつまでも空想にひたっているのはよくないだろう」
二人の言葉に、精神的に揺らいだローズマリーの足元で草が不自然に揺れ始めた。魔力暴走の初期段階だった。
ローズ、落ち着いて。
いくら僕が言ってもローズの魂の揺らぎは大きくなるばかりだった。
涙を瞳に浮かべて、二人の嘲笑を背に浴びてローズは屋敷に帰った。冷たい屋敷で彼女を気に掛けるものなどいない。
両親と弟は領地で邪魔者のいない暖かな家庭を楽しんでいる。
使用人たちもその空気をしっかりと感じ取り、ローズマリーの事を軽んじている。
領主の目がない分、皇都の屋敷では使用人たちの態度はあからさまだった。
「ケルゥ……、あなたは本当にいるのよね」
「当たり前だ。僕の天気予報はよく当たっていたし、夕食のメニューだって――」
皇子は毎回「また当たった」と楽しそうにしていた。
「魔力が高い人間はまれにとても勘が鋭くなるんですって、まるで未来予知みたいに」
「そうだね。別の国では『虫の知らせ』ともいうね」
「メニューは皇子さまが私のために嘘をついていてくれたのかもしれないし、天気くらいならきっとその虫の知らせというもので分かるはずだわ」
「ローズ……?」
ローズマリーの心は今までにないくらいに暗く深く沈んでいた。母のようだった乳母が追い出された時も、厳しい教育で孤独感にさいなまれた日々もこれほど酷くはなかった。
今にも心が砕け散ってしまいそうだった。
窓ガラスがガタガタと揺れ始める。
家具が地震でもないのに小刻みに震え始めた。
このままでは魔力が暴走してしまう。今までこんなことは無かったのに。どうして――? リアムが裏切ったせいでこんなことになったのか?
たったそれだけの事で?
ローズにはずっと僕がいたのに……。
ここで彼女の力を無理やり封じ込めることも出来たが、僕はそうしなかった。
そのせいでローズの部屋は半壊していた。屋根まで吹き飛んで屋敷には兵が派遣されるほどの事態になってしまった。
奇跡的に死傷者はいなかった。ローズを除いて。
彼女は自らが生み出した爆風に障壁を作ることなく、ひどいやけどを負った。生きる上で最低限の防御は僕がコントロールした。
部屋だった場所の中心で倒れているローズは、城で保護された。テロの被害にあった可能性も視野に入れての対処だった。
それほどひどい怪我を負っても、リアムは見舞いにもこなかった。
あれほど仲が良かったのに、情すらないのか。神官が治癒するのに合わせて、僕もローズの魔力を使って彼女の体に回復魔法をかけて、順調に回復させていった。たった数か月で生涯消えぬだろう火傷が治った事を神の奇跡だと神官たちは騒いでいた。
屋敷も修復され、ローズが学園に通い始める日。残り二年の在学期間を僕はどうやってリアムをこらしめてやろうかと考えていた。
本当なら、ローズマリーは『また』死んでいた。
「ケルゥ……」
朝、身支度を整え制服を着たローズはポツリと僕の名を呼んだ。
そのまま無言で馬車に乗り込み、誰にも声が聞こえなくなったタイミングでローズは赤い瞳に涙を浮かべた。
体は治っても心は治っていない。元々ボロボロの魂を無理に詰め込んでいたのだ。ひどい衝撃に彼女はきっと耐えられないだろう。
「大丈夫だよローズ、僕がそばにいる」
「ケルゥ……、あのね」
「大丈夫、いざとなれば二人で一緒に旅に行こう。こんな国捨てて、二人でなら君が幸せになれる場所もきっと見つけられる。ローズマリーは優しいし賢い、君が愛されないことがおかしいことなんだよ」
「あなたは本当は私の妄想なんでしょう?」
「ローズ……」
僕が想像していたよりもローズは傷ついているらしい。
「ケルゥなんて神さま、聞いたことないもの。この国のどこにもあなたを祀っている神殿なんてないのよ……。あなたが本当に私の中にいるというのなら、もう出てこないで」
それは大昔に封印されて、他の兄姉たちと違って顕現できなかったからいつしか存在が忘れられただけだ。
他の国では今でもいくつか神殿が残っている。
それにケルゥはいくつかある僕の名前の一つを、君が発音できなくてついたあだ名じゃないか。
僕にだって色々と反論はあったが、ローズの心は頑なで見えない僕の言葉なんてどこにも刺さらないのはすぐに理解できた。
彼女に必要なのは僕との会話ではない。きっと一人の時間なのだ。
「分かった。でも、君のそばには僕がいることを忘れないで。いつでも名前を呼んでほしい。僕のかわいい娘、愛しているよ」
「うん……さよなら」
僕はローズマリーの中で半分眠りながら、学園での生活を夢のように見ていた。それはじわじわと続く長い悪夢のようだった。
彼女はその中でも決して僕の名前を呼ばなかった。
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