第3話 不安定
だが転機は彼女が十才の頃に訪れた。
皇帝主催のパーティに家族全員が招待された時、ローズマリーが第三皇子に見初められたのだ。
出会いは二人で庭園に逃げて、会話をしていた所に令嬢たちの猛アタックから逃げてきた皇子がやってきた時。
会場にあったお菓子を二人で食べていた時に皇子がやってきたのだった。
ローズマリーは母親に似てとても美しい少女だった。美しい紺色の髪、そして赤い瞳。そんな少女が草木に隠れてお菓子を食べながら微笑んでいる。
そりゃ天使みたいにかわいらしいさ。
会話を聞かれてしまったので、相談して僕のことを話すことに決めた。
「ケルゥ、というのはここにいるのか?」
「私の中にいるんです。いつも見守ってくれて、一番の親友です」
「そうか、私とは話はできないのか?」
興味本位の言葉ではあったものの、どうやらローズマリーの事を好意的に思ってくれているらしい皇子の言葉に僕も関心を持った。
「直接話すとしたら、私の性格が変わったように見えるだろう、と言っています。ケルゥも皇子殿下に興味があるそうです。でも失礼な事を言うかもしれません、彼は幼いから」
「ふふ、良いだろう。ケルゥと話をさせてくれないか?」
幼い、というその言葉を訂正したかったが、ローズマリーが嬉しそうなので黙っていた。弟がいたとしても、直接会話することすら禁じられている彼女には姉弟のような関係に憧れがあるのかもしれない。
僕はローズマリーの体を少し借りた。
「やぁ、はじめまして」
「はじめまして、君がケルゥかな?」
「そうだよ。これでも神さまって呼ばれてたりするんだ。何か聞きたい事があるかな」
皇子は面白そうに僕に質問をした。
その内容はとても子供らしいものだった。明日の夕食は何か。明日の天気は?
僕はその質問に「今、料理長が予定しているのは」と伝えたり「誰かが魔法で天気を操作しなければ」と前置きをして応えていった。
「ケルゥは何でも知ってるね」
「そうだ。ローズマリーは僕の可愛い娘のようなものだからね。必ず幸せにしてみせるさ。だが人間は難しいよ。
この子は将来とんでもない魔女になれる、なのに誰もこの子を見ないし認めない。大きな力があるのに、どうして受け入れないんだ?」
「ずいぶんと自信家だね」
「僕は事実を言っている」
「私もまだ勉強中なのだが、人間というのは矛盾した生き物だから。例えば、好意的に見えても裏では暗殺を企てていることもある。難しいよ」
「ふぅん。皇子さまも大変なんだな」
僕がニヤリと笑うと皇子もつられるようにしてニヤリと悪戯っぽく微笑んだ。
このパーティの後、皇帝から直々に公爵家に打診があり、二人は晴れて婚約者となったのだった。
皇子妃となるローズマリーにはさらに厳しい教育が待っていたが、月に一度、城に招かれるお茶会では楽しそうにしていた。
マナーを覚えていくうちにやはり、あの日に比べたら天真爛漫さは減ったがこれが人間の成長というものだろう。
皇子はリアム・フォン・ライラックという名前らしい。ロベリア帝国の第三皇子。気さくな性格で僕の事も受け入れてくれた。
「ケルゥになるとローズマリーは少年のような表情になって見ていて飽きないよ」
「なんだよ、悪いのか?」
「いいや、それで神さま。明日の夕食は何かな?」
「うん、……エビを使ったものを考えているな。デザートは苺のタルトで決まりだ。良かったな! リアムは甘いの好きだもんな」
こんな会話が三人の秘密だった。
二人が成人したら、きっとローズマリーは幸せな家庭を築くことが出来るだろう。
人間界にいる間は少し先の未来しか見えないが、政略結婚とはいえ二人の間にはしっかりと信頼と信用があったし、何と言うか恋心のようなものもあるように思えた。
問題はローズマリーが皇都にある学園に通う十五才になった頃だ。リアムは一つ年上で、学業が忙しいと入学してからお茶会はなくなってしまった。
だから一年ぶりに会う婚約者との再会にローズマリーはわくわくしていた。皇都にある屋敷の部屋で僕らはリアムに会えることを喜んだ。
この時から嫌な予感はしていたのだ。
学園に入学してからもリアムは生徒会での活動が忙しいと言ってローズマリーに会うことはなかった。廊下ですれ違っても無視。
ただでさえ不安定なローズマリーの立場はさらに揺らいでいた。
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