グルンステイン物語

Beco

第一話

第一話〜①

 グルンステイン王国は、西方大陸のおよそ半分を牛耳る『聖コルヴィヌス大帝国』内の数多い構成国の一つだった。


 一つの帝国、五つの王国、十九の大公・公国の同盟から始まった血盟の連邦国家であり、その名称の由来は、同語同民族による国家群の統一に心血を注いだカラマン帝国の第十一代皇帝から取って名付けられた。大帝国の首都をカラマン帝国の帝都トゥワイラに定め、議会を措き、カラマン帝国の皇帝が代々の大皇帝と議長を勤めた。


 二十五の国家群は密度の濃い姻戚関係を結ぶ事によって成り立っていたが、各国が独自の国内政治を行い、大帝国もそれぞれの内政に口を挟む事は無い。それでも、連邦国家樹立から百余年が経ち、小国家間での領地戦争、結婚による併合・併呑、後継者断絶による国土分割を繰り返し、現在はカラマン帝国、グルンステイン王国、プロイスラー王国、ショワズール王国、シュテインゲン王国、サウスゼン=ファンデンブルグ君主国、アルトマーク大公国、エウヘニア大公国の八カ国にまで統一が進んでいた。


 グルンステイン王国はカラマン帝国の西南に国境を接し、北方のシュテインゲン王国と共に海を隔てた隣国コルキスタからの侵攻に対して国家要塞としての役目を果たしていた。


 グルンステイン王国の統治者はフィリップ・フェルディナン・グルンステインだ。父王の時代から領地拡大戦争の陣頭に立ち、国王に即位してからも積極的に親征を行い、また他国からの侵攻を幾度も退けてきた武闘派の王として周辺国から恐れられてきた。二十一歳の時に国内の貴族女性と結婚し、王妃との間に四人の子をもうけ、その内の二人は幼少期に夭折し、残り二人は無事に成人した。


 現在、六十四歳となったフィリップ十四世は後継者問題に直面していた。

 後継者である王太子は成人後にカラマン帝国の皇妹を妃に迎え、間もなく王子と王女を一人ずつもうけて国王を喜ばせたが、ある日、夫婦揃って不慮の死を遂げた。

 新たに分割併合された新領地への視察の道中、消滅した母国を憂えた愛国者達に襲撃されたのだ。


 この時、同行していた幼い王子と王女は、両親である王太子夫妻に守られて生き延びたものの、心身共に深い傷を負うことになった。


 フィリップ十四世は哀しみに打ちひしがれながらも、直ちに八歳の孫王子を王太子に擁立し、五歳の孫姫をカラマン皇帝の第二皇子の婚約者として彼の地へ送り出した。実質的には妹を弑虐された皇帝の激憤を鎮める為の人身御供であったが、母に似た王女は伯父である皇帝に甚く気に入られ、この悲劇を許してしまった事により漂った二国間の剣呑な空気を鎮める事が出来た。


 数年が経ち、自身も妃を病で亡くしたフィリップ十四世は国王としての激務と度重なる心労辛苦に耐えられる体力を失いつつあった。先年、カラマンに送り出した孫姫が無事に婚姻の儀を済ませ正式なカラマン皇族の一人となった事で、気でも抜けたかのように頻繁に体調を崩し、床に伏せる事が多くなった。

 グルンステイン王宮は騒然となった。


 後継者たるフィリップ・シャルルは十九歳だ。十一年前に両親が命懸けで守った王子には公的な面での補助者は多くいても、家庭から彼を支える妻がいなかった。それどころか、未来の王妃となる婚約者さえ定まっていない状態だった。

 王宮では直ちに次期王妃候補探しが始まった。

 国政の中枢を担う主流貴族達は、王家と姻戚となれるこの機会を逃すまいと娘達を美しく磨き飾り立てた。主流から外れていた貴族達も同様で、娘のいない家などは裕福な平民から良い教育を受けた器量に優れた少女を養子に迎えてまで王宮の夜会に送り込んだ。一度で良い。王太子シャルルの目に留まり、あわよくば一晩を供にできればこちらの物だとの考えからだ。


 ところが、グルンステイン王宮の全ての廊下が華美を極めた若い娘達のドレスで埋め尽くされた期間は長くは続かなかった。早々、王太子殿下の婚約者が定まりそうだとの噂が何処からともなく広がってきたからだ。


 王太子妃の最有力候補に上がった女性の名は『アン=ルイーゼ』。

 『聖コルヴィヌス大帝国』が長年の宿敵とし、グルンステイン王国が幾度も戦火を交えたコルキスタ王国の王女であった。

 


 

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