第22話 ハロウィン・ナイト
助手席に置いた袋から車内に香ばしい匂いが広がっている。
研究室の仲間などに教えて貰った肉屋でチキンを、リカーショップでシャンパンとノンアルコールのスパークリングワイン、他に珍しげなお洒落なジュースを、それとピザサンドを作るのに必要な食材と出来合いのサラダに冷凍ポテト! パーティーの食材を買い込んで、秀平は車を走らせていた。
調べたけれど、ハロウィンらしい食べ物が良く分からなかったので、パーティーっぽい食べ物ならなんでもいいや、と見繕った。
外せない「カボチャ」だけは教授の奥さんの実家から貰ったものを用意してある。
大事なのは気分だよな!
美月との、2人では初めてのハロウィンパーティーに心が浮かれて、秀平は鼻歌を口ずさんでいた。
美月が両親のところへ引き取られて来てから3年間、家族四人の平穏な日々は、あっという間に過ぎた。
遅れてやって来た妹は、問題なく秀平たち家族を受け入れてくれていたので、美月を寮併設の小学校に入寮させる、と両親から聞いた時はとても驚いた。
実家からは電車で30分ほどの距離で、通学することも十分可能なのに。事情を知っている周囲の人々からは「冷たい」と謗られかねない、と思ったし、もしかしたら秀平だけが知らぬ家族の不和でもあるのかと、自分の両親を疑ったりもした。
初めは毎週末帰省していた美月が、だんだんと寮の仲間と週末を過ごすことが増え、たまに帰省する時に今まで見せなかった闊達さを垣間見せるようになった頃、自分の猜疑心は見当違いだったと恥じた。
両親には、周囲からの謗りや誤解を受けても構わないほどの、考えがあってのことだったと気づいた。
美月が寮に越してから3年が経ち、週末に帰る美月を家族で迎えることも減る。美月を寂しがらせないためという、実家にいる意味も薄れた俺は、大学の近くにアパートを借り実家を出た。
それから間も無く、父の海外赴任が決まり、両親は渡航した。実家の維持費は安くはないだろうが、両親は快く俺たちの実家を残すことに賛同してくれた。美月と俺は連絡を取り合い、お互いの帰省を可能にすることにした。
家を傷ませないという目的もあって、俺は折に触れて実家に戻っていたけれど、2人だけの週末はちょっとした合宿みたいで、楽しかった。特に美月が中学に入ってからは共有できる話題が増えて来て、毎回が美月の成長ぶりを知る密かな楽しみになっていた。息子と酒を酌み交わす日を楽しみに待つ父親の気分は、こんな感じではなかろうか。
門から玄関へと導くガーデニングライトは半分に間引きして消した。
買ってきた食材は皿に移し変え、ドリンクとともに一枚樫のテーブルの上に並べた。グラスも多めに用意して並べた。
温めるものや調理するものは、美月が来てからすぐに出来るように準備済み。
デザートは冷蔵庫の中。
カボチャをくり抜いて作ったジャコランタンの中に、火を点けたアロマキャンドルを置いて、部屋をダウンライトにした。ダイニング以外の電気は全部消してある。
「オーケーぃ……」
部屋を見回して独りごちた秀平はソファへ腰掛けた。
さぁ、いつでもおいで。
ガチャガチャ……と鍵を開ける音がする。
秀平は忍び足でソファを立ち上がると、ドアの前で待ち構えた。
重い玄関のドアが開け閉めされ、鍵をかける音の後、美月が入って来る音がする。
部屋のドアノブが下りた。
秀平が両手を広げ、美月を驚かそうとしたのと、開いたドアから大きな尖った黒い塊が飛び込んでくるのがほぼ同時だった。
「うわっ!!」
「えぇっ?!」
突然黒い塊に抱きつかれた秀平はなんとかソファに倒れ込み、硬いフローリングに座り込まずに済んだ。
抱きついてきた方も、まさか秀平が体勢を崩すとは思わなかったようで、体に回された腕で強くしがみついている。
視界が狭いから状況が良くわからない。
頭に何か黒いものが当たって動かせない。下が向けないから抱きついている黒い塊を見ることも出来ない。
「美月??」
「ごっごめんっだいじょ……ぶーーーー―ーっ!!!! 秀ちゃんってば! もーーっっ」
ソファの上には、ジャック・オー・ランタンの頭の秀平が、そしてその上に座るとんがり帽子の美月が涙を流しながらケラケラと笑っていた。
「すごい!」
美月はホカホカと湯気をあげるチキンを頬張りながら目を輝かせた。
「秀ちゃんて出来ないことあるの? このチキンめちゃうまだよ! サラダもオシャレなカフェみたい!」
「美月さーん。チキンもサラダも買ったのを皿に盛っただけですがー」
シャンパンを手酌で飲みながら秀平は笑う。
「このジャコランタンも買ったの? 学校にもあったけどもっと小さかったし、目と鼻とかくっついちゃってたりして、作った先輩めっっっちゃ大変だったって言ってた!」
「それは俺が作った……」
満面のドヤ顔でシャンパンを飲み続け、秀平はチキンに手に伸ばした。
「マスクもすごかった! どこからどーみても、本物のジャック・オー・ランタンだったよ。まさか秀ちゃんがこんなに完璧なハロウィンパーティーを用意してるとは、全然思わなかった!」
テンション爆上がりで喜んでいる美月を見て、秀平もふつふつと嬉しさが込み上げて来ていた。嬉しさの効果なのか、骨付きチキンとシャンパンの食べ合わせが最高に旨かった。
「でもこれ、まぢウマイな。先輩に教わった店だけど、クリスマスも今度ここで買おう」
「うん、お父さんとお母さんにも食べさせたいね!」
チーン!
オーブンがポテトの焼けたことを知らせた。
「私が出してくるよっ」
「気をつけろよー。ここにそのまま置いてくれれば良いから」
秀平はテーブルの上の耐熱ボードを、トレーを運ぶ美月の方へ動かした。
「このまま食べるの?」
「いや、皿に移す。今度はピザサンドの具を焼こう」
トレーを置く美月と絶妙のコンビネーションで秀平はシーズニングソルトをポテトに振りかけた。
2人は焼き立てのカットポテトをつまみ食いしながら、新しい皿に全部移すと、トレーにアルミを敷いて、ベーコンやハンバーグ、重ねてチーズ、カットされた野菜を並べる。
「よし、お願いします!シェフ」
「りょーかい!」
美月はまたトレーをオーブンにセットしに消え、秀平はシャンパンを呷ってから、並んでいるボトルを見比べた。
「美月も飲んじゃう?」
戻って来た美月にシャンパンボトルを掲げて微笑む。
「えー! お酒でしょ……良いの?」
「……お前、まさか、もう飲んだことあるのか?」
秀平の顔が急に真面目になる。
「ないよっ。通学組はパジャマパーティーで飲んだとか聞いたことあるけど……」
美月は秀平の前に並んだボトルに手を伸ばし、1つずつラベルを確認しながら答える。
「パジャマパーティー! 女子の響きするねー。美月は俺が許可出すまでダメな」
秀平は細身のボトルを1つ掴むと、新しいグラスに注ぎ始めた。
「パジャマパーティーだめなの?」
ちょっとびっくりして美月が聞き返す。最近気になっていて、香鈴奈と参加を計画しようかと話したことがあった。
「ダメなのはお酒! パジャマパーティーは別に良いけど、酒を断れないならパジャマパーティーもダメだな。気持ち悪くなるとか言って断りなさい。まだお酒よりも美味しいものがいっぱいあるから」
秀平は注いだグラスの中身をほんの少し飲んで味を確認すると、美月にグラスを差し出しながら笑った。
「はい、ノンアルコールのスパークリングワイン。ウマイよ」
おぉーっと目を輝かせながら両手でグラスを受け取る美月を見て微笑むと、秀平は続けた。
「今日はノンアルいっぱい買ってきたから、たくさん飲もう」
用意した食事をおおかた平らげ、どちらともなく空いた皿やグラスを片付け始め、一段落したのは8時頃だった。
「デザートあるけど?」
「食べたい!」
「じゃ用意するから紅茶入れてて?」
秀平は冷蔵庫から何やら取りだして、カチャカチャとやっている。
スピーカーから流れる音楽に合わせて歌を口ずさんでいるのが心地好く聞こえた。
紅茶をポットに作っていると、ジャコランタンのキャンドルからほのかな香りが広がっていることに気づいた。
アロマキャンドルなんだ…
オレンジ色のカボチャの奥で明るい光源がユラユラ、ユラユラ揺れている。
視覚的にも、嗅覚的にも、聴覚的にも、暖かさに包まれてくる。
美月がそんな多幸感に浸りながら眺めていると、秀平が2人分の皿を持って来てテーブルに置いた。
「うわぁ! パンプキンパイ?」
美月は目を輝かせて秀平を見上げる。
「これも、作った」
秀平ははにかんだ顔で笑いながら座った。
美月は秀平のカップに紅茶を注いで、それから自分のにも注いでから言った。
「……秀ちゃん、ありがとう」
「さぁ、食べて。味は保証付きだよ。」
味は間違いないとはいうものの、やはり最初の一口を食べて美月がどんな
密かに美月の様子を伺っていると、美月は俯いたまま手を動かさない。秀平は気になってしばらく見ていた。
「……秀ちゃんは出来ないことのないスーパーマンだね」
ポタッポタッとパンプキンパイが乗ったお皿の上に何かが落ちている。
「美月……?」
「……だから、私のことも、……助けてっ…………」
美月は小さな身体を震わせながら、泣いていた。
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