第12話 Nestling in 迷宮
11日18日月曜日、放課後、美月と香鈴奈は下校後真っ直ぐに訪れた温室で、いつものようにベンチに腰掛けた。
「めちゃめちゃびっくり……」
香鈴奈がスマートフォンを手に取りながら呟いた。
「何が? ヤバい話って何?」
美月は身を乗り出して尋ねた。香鈴奈から、「学校内ではしづらいヤバい話をしたいから、放課後温室へ行こう」と誘われてから、ずっと気になっていたのだ。
「実はさ、なんかモヤモヤしちゃって、渡邉先生のこととか金井さんのこと、ちょっと探ってみたんだよね。て言っても、3年の先輩にさりげなく話題振って情報収集しただけなんだけど……」
気まずそうな
「何か分かった?」
「それがさ、めっちゃ普通に、爆弾情報拾いまくりでさ……」
スマートフォンにメモがあるらしく、香鈴奈はスマートフォンを操作しながら視線を落として読み上げ始める。
「渡邉先生は3年生の島崎先輩と付き合ってるらしく、横浜でデートしてるのを見た人がいる。校内でもいちゃいちゃしてて、温室方面へ消える島崎先輩が放課後目撃されてる」
「……島崎先輩って、前教えてくれたファンクラブの人? 噂は本当だったんだ……」
「そう。それから、渡邉先生は3年生の宮原先輩と付き合ってるらしく、渡邉先生の車に宮原先輩が乗ってるのを見た人がいる。校内でもいちゃいちゃしてて、温室方面へ消える宮原先輩も放課後目撃されてる。」
「ええ?! ちょっと待って? その噂も本当だってこと?」
「そう。それから、渡邉先生は3年生の林真帆先輩と付き合ってて、夏休みにTDRにお泊まりデートしてる。先生の……」
「ちょっと嘘! 真帆先輩の噂も本当なの?」
「うん。真帆先輩のが一番確証あるの。先生の今してる時計、真帆先輩がプレゼントしたやつなんだって。それで、前先生がしてた時計は真帆先輩が貰って着けてるって。内緒って約束でツーショット写真見せて貰った人もいるし、インスタにも二日続けてのTDR写真の投稿があるから、間違いないって言ってた」
「間違いないって……それ、ヤバくない? 問題にならないの??」
「ヤバいよね……、大問題でしょ、て私も思うけど、もう8月くらいから知ってる人は知ってて、2学期始まってからは3年生は皆知ってるってレベルの話らしいよ」
「皆知ってるって……、先生達は?」
「知ってたらこんな放置はしないんじゃない? だから…伝承たぶん知らないんだよ」
「だって、生徒がそんなに皆知ってるのに?!」
「私も最初はびっくりしたけど、そんなもんなんじゃない? 生徒の誰かがチクらない限り、ほら、流石に先生が居るところで、聞こえるような大声で話すことじゃないし。実際、隠されてたって訳じゃないけど、関心もってなかった私のとこには話来てなかったんだもん。2年生や1年生で知ってる人も居るだろうけど、ごく一部で止まってるんじゃないかな」
「……確かに、そうかもしれないけど、内容が内容だよ? 犯罪じゃん……しかも3人も……。生徒は皆知ってるのに先生だけ知らないとか、有り得ないよ」
「だからヤバい話だって言ったじゃん。……たぶん、真帆先輩が絡んでるからってのもあると思う。真帆先輩だけは本人から裏が取れてて、あとの二人は目撃だけなんだよね。ほら、うちの学校で真帆先輩に逆らう人って居ないじゃない?きっと皆巻き込まれたくないんだと思う」
事態の
「西門の近くにプレハブ倉庫があるの知ってる? あのどれかから真帆先輩らしい子が出てきて、そのまま西門から帰っていくのを見た人が居て、渡邉先生と逢引に使ってるんだろうって。渡邉先生が良く温室に来てたのって、それでなのかもって思った」
そういえば西門…開いてた……。あの時にはもう……。
愕然とするしかない美月を見遣り、香鈴奈が呟く。
「……美月が渡邉先生に苦手意識持って、深入りしてなくてほんと良かったと思う。真帆先輩、先生とエッチしてるって話だし、宮原先輩は今年になってピル飲み始めたって。きっと島崎先輩も……」
思い出したくない記憶が鮮明に甦り、背筋に悪寒が走る。
自分の身体を両腕で抱きしめるようにして耐える美月に気付いて、香鈴奈が呼び掛ける。
「美月!!だいじょぶ?」
「ごめん…っちょっとっ…………、気持ち悪ぃ……」
「美月ぃ……っっ」
泣きそうな顔の香鈴奈に背中をさすられながら、美月はしばらく震える身体を押さえていた。
どのくらいそうしていただろうか。温室の暖かさと湿気に緊張した身体が弛緩していく。
落ち着きを取り戻した美月が身体を起こすと、香鈴奈は横で心配そうに呟いた。
「……渡邉先生には関わらないようにしよう。もう徹底的に避けて良いと思う」
「うん。……ごめんね、話の途中で。あとは? 他のも教えて?」
美月の顔色を気にしながら、香鈴奈は手にしたスマートフォンに再び視線を落とす。
「渡邉先生と金井さんの噂は、天文部が始まる前に視聴覚室で二人でいたことから怪しいって始まったらしい。祥子ちゃんも知ってて、見た人から直接聞いたんだけど、渡邉先生がチューしそうなくらい迫ってたとか。でも、その後も二人は気にはしてるっぽいけど全然絡みがないって」
「そういえばそんな話あったね。二学期初めの頃だっけ?」
「金井さん、夏休み前から年上の男の人とデートしてるのを見た人がいて、イケメンの彼氏がいるって噂がもともとあったんだって。だから、渡邉先生はふられてて、彼氏の噂と渡邉先生との目撃が混ざって噂が広まったんじゃないかって、金井さんとのはガセ説が濃厚らしいよ」
「金井さんは違うんだ……」
流れを裏切る形の情報に美月はつい安堵の言葉を挟んだ。
「金井さんと一緒に居た人は短髪で、スポーツマンっていうか、男っぽい感じのイケメンさんなんだって。気さくで人懐っこそうだったって話もあるし、渡邉先生とは全然違うって」
……新しい登場人物、金井さんの彼氏。その人が金井さんを騙した「
でも、渡邉先生の被害者でなければ、なぜ渡邉先生は金井さんと私のことを気にするんだろう。一つ謎が解けたようでいて、依然として何も解明されていないようでもある。
ただ、金井と渡邉が男女の関係でなかったという、自身の直感を裏切らない情報に美月は少し嬉しさを感じた。
「あとは……、似たような裏付け情報かな」
スマートフォンに目を落としたまま、香鈴奈は少し考えている風だった。
言い残しがないか美月がその様子を待っていると、香鈴奈はスマートフォンを鞄にしまって美月に向き直った。
「こんなに学生の間では有名な噂なのに、先生方は全然知らないってなんか変だね。学校って先生たちが
物憂げな表情で伏し目がちに言う香鈴奈に美月は共感していた。
「うん……」
……その通りだ。現に、私は学校という空間内では誰にも頼ることができなかった。手を出せないところにいる秀ちゃんにしか話せなくて、秀ちゃんを無駄に困らせてしまっている。そして、何も話せないのに察して動いてくれる香鈴奈に甘えて助けられて、やっぱり無駄に困らせてしまっている。
「……私は香鈴奈に救って貰ってるよ。ありがとう。香鈴奈と友達で本当に良かったと思う」
少し驚いた風に美月を見る香鈴奈の顔がみるみる赤くなっていく。
「そーいう
照れて動揺したまま笑う香鈴奈に美月は告げる。
「香鈴奈が困った時は私が絶対助けるから。私なんて頼りなくて、話しても無駄かなって思えるかもだけど、私が出来ること総動員して、どんな手を使っても香鈴奈の力になる。だから、その時は絶対に話してね」
自分に向けられる清々しく強い眼差しを香鈴奈は眺めていた。
植物が映り混んでいるのか、その瞳は少し深い緑がかって見える。
「うん。わかった……」
そう言っておもむろにベンチから立ち上がると、
「さ、帰ろ!」
眩しそうに美月に笑いかけた。
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