田中美咲②

「あ、この前はどうも」


私はびっくりしながらお礼を言うと、彼は優しそうな笑顔を見せて言った。


「とんでもない。この作家さんの本、お好きなんですか?」


「ええ、最近はまっちゃってて」


「僕もなんです」


彼の右手に目をやると、すでにその作家の本が握られている。


「なんか私たち、好きな本が似ていますね」


「そうですね」


その後、少しの間沈黙が流れた。


私がその場を離れようかと考えていると、彼が口を開いた。


「もしお時間があれば、このあと近くのカフェでお茶でもしませんか? 実は、読書好きの友達が周りにいなくて。色々情報交換できたらうれしいのですが」


突然の誘いに困惑したものの、悪い気はしなかった。


私には、昔から異性にモテるという自負があった。大学の頃には準ミスキャンパスに選ばれたこともあり、容姿に少なからず自信があった。


これまでも見知らぬ男性に誘われることは多かったが、彼らは全員がいかにもチャラチャラした男だった。


しかし、目の前で頭を下げている卓也は、とても誠実そうに見えた。


私はしばらくどうしようかと考えていると、彼の顔がみるみる赤くなっていく。


「いや、すみません、突然変なことを言ってしまって。今のは忘れてください。それでは」


私には少しの時間も与えずに、彼はすごいスピードでレジの方へ行ってしまった。


このあと予定が入っていないことを確認すると、私はゆっくりと彼の後を追う。


店員に頭を下げながらお釣りを受け取った彼は、すぐ後ろに私が立っているとは思っていなかったのだろう。


「うわっ」と声を上げると、体を後ろに仰け反らせた。


私はそんな彼を見上げながら言った。


「いいですよ。お茶行きましょうか」



それをきっかけに、私たちは急速に仲を深めていった。


これまで運命の人がいるなんて考えたこともなかったが、彼と話しているともしかしたらと考えてしまう。


それほど、彼とは趣味や嗜好が合ったのだ。


読書好きであることはすでに知っていたが、クラシック音楽が好きなところや、和菓子に目がないところも同じだった。


そのほかにも、大学時代にボランティアサークルに所属していた点や、現在金融関係の会社に勤めている点も同じだった。


どんな女性でも数々の共通点を持つ男性と出会えば、ときめいてしまうことだろう。


だから私は、今度一緒に映画を見に行こうという彼の提案を喜んで受け入れた。


そして、その映画デートも終盤にさしかかったところで、彼から告白されたのだ。



「それじゃあ、今日もありがとう。これから末長くよろしくね」


「うん、こちらこそよろしくお願いします」


何だかぎこちない挨拶ではあるが、心が温かいもので満たされていく。


最寄り駅から歩いて5分ほど行ったところに、大きな交差点がある。


彼とはいつも通りそこで別れた。


しばらく経ってから振り返ると、彼はまだ同じ場所からこちらに向かって手を振っていた。



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