最終章
最期に抗う者
第一話
宙より飛来した氷星。騎士団を模倣した影と魔物達は抵抗することなくチリとなり消えてしまった。湖は分厚い氷に覆われ氷河へと姿を変える。辺り一面が氷の世界となっていた。
衝撃と振動によりしばらくの間動くことの出来なかった王国軍。優秀な魔術師の存在もあり被害は出ていなかった。防ぐのはあくまでも余波のみということも理由ではあったのだが。
「め、滅茶苦茶だ。ら、ラギアス! もう少し加減せんか!」
「当然だ。まだ挨拶程度だ」
「はぁ? こんな挨拶あってたまるか!」
近衛師団の副団長――カルロスがジークに喝を入れる。だが当の本人は何食わぬ顔。全く堪えていない。
「まあいい。これで露払いが出来たなら賢者達も動ける」
「そう上手くいくわけないだろうが」
一斉に地面に浮かび上がる魔法陣。最初よりも数が増えている。挨拶代わりという意味では敵も同じ。序の口である。
「くそ、また魔物が。……いや、騎士の偽物もか」
性質上影の数は限られているはず。最初の偽騎士団はどうやら下位の騎士達だったのだろう。余力を残しているものと思われる。
「口を動かす暇があるなら身体を動かせゴミ屑共」
一人敵陣に突っ込んで行くジーク。複数の魔物を同時に蹴り飛ばし投げ払い突き進む。偽騎士相手にも容赦することなく叩き潰す。
「バッカス団長に恥をかかせるわけにもいかん。皆の者、ラギアスに続け!」
騎士団や冒険者の部隊がジークの後を追う。彼らを迎え撃つのは足の速い魔物達。膂力を活かした魔物ならではの身体能力を駆使して襲いかかってくる。
「怯むな! 儂らには知恵がある。人間の凄さを見せつけてやれッ!」
単純な身体能力なら確かに劣る。だが人間には魔物にはない精密な魔力コントロールがある。練った魔力を身体中に回して強化する術があるのだ。力負けすることなく対等以上に戦える。
これが『願い』を巡った争いの初戦となった。
****
王国軍と敵軍が衝突する。人と魔物に人ならざる物が入り乱れ火花を散らす。
「じ、ジークの奴相変わらずだな……」
「彼ならではと言ったところでしょうか。始まりとしては悪くありません」
氷の隕石が開戦の幕開けとなった。敵へ与えた損害はもちろん味方へ対する見せ方としてもそう。王国軍からすれば心強い後押しとなる。
「それで……俺達はまだって感じか」
「そうだね。今は彼らが道を開けてくれるタイミングを待つ時だ」
ヴァン達六人にはアルデリクから言い渡された役割がある。ここで王国軍と一緒になって戦えばエルゼン達との戦いに支障を来たす恐れがある。見ているだけというのは心苦しいが今は耐えるしかない。
「王国軍もバカじゃないわ」
魔物達のスピードが急に落ちる。速さを武器に戦っていた魔物の優位性が失われ騎士達がそこを殲滅してゆく。――魔術師団連隊長ヨルンの重力魔法である。完全に動きを封じるのではなく足枷を付けるイメージ。これなら魔力の節約に繋がることから長期戦も見込める。
「……シエルが沢山」
「神聖術師って意味ですよね……」
戦いである以上負傷者は必ず出てしまう。そんな彼らを治療するのはマリア教会の神官と――銀を受け継ぐ者達である。
「正直驚きました。王族が戦場に赴くとは」
グランツが髭を触りながら感想を述べる。本来なら王家の血を引く王侯貴族が戦争に参加するなどあり得ない。さすがにアルデリクは後方に留まっているが、王女のアルニカや公爵家のアクトル、その他にもそれなりにいる。
「ジークが彼らを引き摺り出した」
「ラギアスの真実を知り思うところがあったのでしょう。無論、負ければ終わる以上、戦場に出る選択肢しかなかったのでしょうが」
飛んだ腕もあり得ない方向に曲がった脚も神聖術なら完全に治療が出来る。生きてさえいれば何度でも回復するのだ。これがディアバレトの大国たる所以である。死ぬことのない軍隊は敵が滅びるまで進み続ける。
「なぁ……あっちの連中。ヤバくないか」
「はは、シモンさん達か。僕も昔一緒になって訓練したことを思い出すよ」
引いているヴァンに笑顔のルーク。見つめる先にはラギアスの家紋が刻まれた鎧を身に着けた戦士達。王国軍と比較すれば決して数は多くない。だが戦果は劣っていない。影で再現された騎士達を相手に無双している。剣に魔法に回復にと一人一人が複数の役割を担っていた。
「セレン、あの方は……」
「はぁ……クラッツはやっぱりクラッツね」
戦線を抜けた魔物が後方支援の部隊に迫る。そんな彼らを守るように前へ出た異国風の人物。
サーベルを振り回しながら突っ込むが呆気なく跳ね返されゴロゴロと地面を転がる。余りの弱さに何かの罠ではないかと魔物は動揺する。危険と判断したのか件の魔物は一目散に撤退していった。
「皆さん、いつでも動けるように準備しておきましょう」
戦いは序盤。王国軍の優勢で推移してゆく。
****
「人間がゴミみてぇだな」
「必死なんだろうよそれだけ」
大地から離れた『宙の道』から見下ろすのは精霊の古代魔法で一足先に転移していたエルゼン一行である。
「でも意外だったな。王国軍がここまで戦力を揃えてきたのは」
「ありゃあ、近衛師団のバッカスの仕業だろうよ。剣聖の弔い合戦のつもりか老兵がしゃしゃり出ているなぁ」
戦場に落とされる雷魔法を見ながらトレートが分析する。彼らの中で情報収集の役割はトレートが担っている。それは戦いの最中でも変わることはない。
「ん? そうかなぁ? 僕はなんだか見覚えがあるけど」
宙に浮くパリアーチ。この世界に唯一残された精霊は『異界の門』へ近付く程力を取り戻すらしい。つまりは精霊の加護を受けるエルゼン達のパワーアップに繋がるということになる。
「ちっ、押されてんじゃねえかよ。大丈夫なのか?」
「焦らない焦らない。まだまだ序の口さ。――サプライズは用意しているからね」
不機嫌そうに吐き捨てるフェルアート。一方でパリアーチは余裕そうに笑みを浮かべる。
「僕はちょっと揶揄って来ようかなぁ〜」
「お前はゲスだな」
デクスが毎度の如く引いている。エルゼンとトレートを除けば古参とも言えるデクス。
「まっ、俺達は俺達の役目を果たせばいいのさ。エルゼンは門の前で待ってるからな」
トレートが見つめる先はこの世界の始まりの場所。ディアバレトとラギアスが精霊と邂逅した運命の地。そこでエルゼンは何を願うのか。
「……止めれるもんなら止めてみろよ。ヴァン」
****
王国軍と人ならざるモノ達との戦いは人間優位で進んでいた。当初は偽の騎士団と魔物相手に苦戦していたのだが徐々に流れが傾きだし現在へと至る。
「そろそろか……」
戦場を指揮する王国軍の総大将バッカス。長年の経験と勘から何かを感じ取っていた。
「バッカス団長! ご報告です! 敵に毒竜が現れました。バジリスクかと思われます」
「……被害はどうじゃ?」
「毒による負傷者が多数となっております! 戦線が押し戻されています!」
毒竜バジリスク。生息数の少ない希少な竜種である。バジリスクが吐くブレスはこの世の毒で最も強いとされている。浴びれば肉は溶け即座に身体中に毒が回る。半刻もしないうちに命を落とすことになるだろう。
「援軍を送りますか?」
「それこそ戦線がさらに戻される。……案ずるな。次代を担う者は育っておる」
「?」
バジリスクのことを意識から外すバッカス。総指揮官は戦況の全体を見渡す必要があるからだ。現場にいる人間を信じることも時に必要である。
(騎士団が変われるのかどうかは、この戦いにかかっておるぞ)
****
複数体現れたバジリスクにより王国軍の一部体は苦戦を強いられている。凶悪な毒もそうだが単に強いという理由もある。翼はないとはいえ竜種であることに変わりはない。魔物の頂点に立つとされるドラゴンなのだ。弱いはずがなかった。
「負傷者は下がれ! 毒を食らった者は直ぐに離脱しろ!」
指揮官が懸命に指示を飛ばす。距離を取りながら魔法主体で攻めるが強固な鱗により攻撃が通らない。下手に近寄れば強靭な爪で切り裂かれ毒を真正面から浴びれば死へまっしぐらとなる。
「トカゲの分際で……」
「た、隊長⁉︎」
「――⁉︎ グハァッ!」
一瞬のうちに間合いを詰めたバジリスクが指揮官の男性を吹っ飛ばす。バジリスクは見た目に反して俊敏性は高く頭も良い。誰を叩けば効率良く戦えるか理解しているのだ。
意識を失い倒れる指揮官。急なトップの離脱に慌てふためく王国軍。好奇と見たバジリスク達は一気に攻め立てる。
「おい、どうするんだ⁉︎」
「知るかよ!」
「おいおいおい⁉︎ アレはまさか」
毒竜が配置を急に変える。横一列となり口を大きく開く。毒々しい竜の鱗が虹色の光を放ち怪しく輝く。これは――ユニゾンリンク。
『――ベノムインパクト』
通常よりも威力を増した毒竜のブレスが王国軍含めた辺り一面を覆い尽くす。大地は腐り、大気は汚染され、生物は命を枯らす。
逃げ場がない程の広範囲一斉攻撃。連携が乱れた部隊に攻撃を躱す手段や防ぐ方法などなかった。
――彼らを除いて。
「「オラクルシールド」」
毒を遮断する虹の輝き。周囲の王国軍全員を守護する結界。騎士団の二枚看板。ディアバレトの今後を担うであろう二人の騎士がバジリスクと相見える。
「……毒竜か。お前は何かと縁があるな」
「全くだな。あれで最後と思っていたが」
王国の盾。騎士団の新たな副団長となったシュトルク。その副団長を支える連隊長のブリンク。二人の登場により王国軍は平静を取り戻す。
「シュトルク。結界の維持は任せた」
「……やれるのか?」
「問題ないさ。あの頃とは違う」
全てを失いかけ壊れる寸前だった心。縁に恵まれ最愛の息子は救われた。そしてその息子は仲間と共に世界を守ろうとしている。――なら、父親としてやるべきことは決まっていた。
バジリスクが結界を破ろうと牙を剥く。鋭利な爪に巨体を活かした体当たりから凶悪なブレス。複数の毒竜が一斉に攻撃を仕掛けるが王国を守護する盾は揺るがない。
集中するブリンク。魔力を極限まで高めながら戦場に目を向ける。離れた場所には孤軍奮闘するジークの姿があった。
(貴方だけに背負わせたりはしない)
ルークとジークの歩みを遠くから見守っていたブリンク。先のある若者が未来を掴もうと必死に戦っている。父親として、大人として彼らの道を切り開く。それがブリンクの騎士道である。
「セイントキャリバー!」
結界の中から振るわれる魔法剣。新月の夜を照らす正義の剣。防御不可の攻撃がバジリスクをまとめて両断する。件の竜は狩られたことに気付くことなく絶命してしまった。
「ふぅ……シュトルク次に行くぞ」
「……余り張り切りすぎるな。バテるぞ」
「まだまだ現役さ」
****
別の部隊がバジリスクのとの戦闘に苦戦する中、この戦場でもまた異常事態が起きていた。
「おい、貴様! 血迷ったか⁉︎」
「ち、違うんだ。身体が勝手に」
血を流し倒れる魔術師。背後には血塗れの武器を持った冒険者。魔術師を殺めた人物は困惑した表情を浮かべている。
魔術師部隊の護衛の一人だった冒険者が突然武器を振り上げ攻撃を始めたのだ。味方からの奇襲に対応出来るはずもなく倒れてゆく王国軍。戦場には混乱が広がる。
「まさか……裏切り者か! だから冒険者は信用出来んと言ったんだ!」
「だから違う! 俺の意思じゃない!」
王国軍に囲まれる冒険者。その王国軍の背後から再び悲鳴が上がる。振り返ると赤く染まった剣を持つ動揺した騎士。次々と起こる同士討ちに阿鼻叫喚となる。
「何が起こっている? このままでは……」
「――不味いよね」
耳に入る子供の声。戦場に幼い子供などいるはずがない。そう思った指揮官が振り返る……振り向き様に味方を剣で切りつけていた。
それが皮切りになったのか味方通しでの殺し合いが始まる。お互いが隣の者を信用出来ない。先にやらなければやられる。疑心暗鬼に陥り大混乱となる。
「あははッ、やっぱり人間って愚かだよねー」
フードで顔を隠した背の低い何かが王国軍を嘲笑う。本来ならおかしいと直ぐに分かるのだが混乱した彼らは気付けない。――一人の人物を除いて。
「落ち着きたまえ――ライトニングハウル」
戦場に木霊する爆音により味方同士で争う王国軍が動きを止める。雷魔法の拘束。これなら誰も手出しが出来なくなる。
雷を帯びたレイピアがフードの人物を狙うが宙に浮きながらヒラリと躱す。……完全に避けることが出来なかったのか件の人物の姿が闇夜に浮かび上がる。
「何処かで会った顔だな……キッズ‼︎」
「そっちもね! 今度こそお仕置きをしてあげるよ三男坊君!」
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