第五章

凡人を追う天才達

第一話

 王城内に広がる動揺と響く怒号。

 有事の際にいつでも動けるように訓練を重ねてきた近衛師団と騎士団。だが直接賊がこの王城に攻め込んでくるなど想定外であった……しかも真正面から。


「増援を要請しろ! 魔術師団にも連絡だ! たくッ、何がどうなっている⁉︎ 城が狙われるなど前代未聞だ!」


 忙しく指示と檄を飛ばすこの男性。精鋭揃いの近衛師団をまとめ上げる副団長――カルロス・グリードである。


「状況を報告しろ!」


「はっ! 現在近衛師団と騎士団の混成部隊で賊の鎮圧を行なっております!」


「ばかもん! そんなこと分かっとるわ! 敵の勢力は! 戦況を伝えんか!」


 本来なら団長を務めるバッカスが頭となるのだがタイミングが悪く王都から出ている。第三王女の護衛によるものと説明は受けているが詳細は聞かされていない。


「敵の数は二名であります! 情けないことにたった二名の賊相手に国の精鋭が手こずっております!」


「⁉︎ お前は儂を馬鹿にしとるのか⁉︎」


 二人で王城を攻めるなど普通ではない。ただの愉快犯か若者の悪ふざけかのどちらかだと初めは考えていた。だが蓋を開けてみれば一向に侵攻は止まらない。どれだけ人数を割いても吉報が耳に入ることはない。

 その結果、実力のある者を現場に投入せざるを得なくなり、近くには使えない者を置くしかなくなった。


「とにかくだ! 何が何でも制圧しろ! 城に入られでもすれば大恥をかくだけでは済まんぞ!」


「了解であります!」


 返事だけは良い部下を見て苦々しく思うカルロス。バッカスがいれば自らが制圧に乗り出したのにと歯痒さを抱く。さすがにこの馬鹿共を残して王城を離れるわけにもいかない。

 

 王城の窓から大橋に目を向ければ、混成部隊が橋から弾き飛ばされる様子が目に入る。橋の下に広がる川には沢山の近衛兵と騎士の姿がある。傍から見れば川遊びに興じているようにも見えてしまう。――カルロスは酷い頭痛により倒れそうになってしまった。




****




 大橋を埋め尽くす程の近衛兵と騎士。異常を察知した途端に兵を即座に動員出来るのはさすがと言うべきか。余りの多さに苦笑いをしてしまうルーク。


「ははっ……挑発が過ぎたかな?」


「同じだ。後から湧いてくるくらいなら今ここで全てを叩く」


 軽く百を超える人数に対してこちらは二人。だが恐れや不安はない。夥しい数の魔物と比べればなんてことはない。

 一歩前へ踏み出すジーク。それを見て兵士達に緊張が走る。全員分かっているのだ。ジークのこれまでの戦歴を。彼我の差を。暴力的なまでの才能を。


「聞けゴミ屑共。……道を開けろ。尻尾を巻いて逃げ出すなら追いはせん」


「……いや、却って挑発になってるよそれ」


 ジークの発言により怒りの表情を浮かべる者も一定数存在する。王族を守護する近衛に王城の警護を命じられている騎士。少なからず彼らにもプライドがあるのだ。若者、しかもラギアスに馬鹿にされて黙ってはいられない。


「先ずはお手並み拝見といこうかな?」


「……いいだろう。目に刻め」


 兵士達が纏まる密集地帯。ルーク達からすれば敵陣……そのど真ん中に突如現れるジーク。

 口をぽかんと開ける騎士。瞬きをする近衛兵。彼らがジークの存在を認識した時には既に遅かった。魔力により強化された蹴りをモロに受け橋から落とされる。


「な、何だとッ⁉︎」


「口を開く暇など貴様らには存在せん――フローズンガイザー」


 足元から突き出す氷柱により宙へ投げ出された兵士達はそのまま川へ落下してゆく。体勢を立て直そうと急いで陣形を組み直していたところへジークがタックルの如く突っ込み弾き飛ばされる。

 数の上では圧倒的優位であった近衛側はジークの強襲に対応出来ずどんどん劣勢となる。数が減れば直ぐに増援は来る。だが士気は分かりやすく落ちてゆく。


「さて、もう一度聞いてやる。尻尾を巻いて逃げ出す気にはなったか?」


「ひ、怯むなッ! 物量で攻めれば不利なのは奴らだ! 裏切り者とラギアスを潰せ!」


 何処か悲鳴に近い檄を飛ばし鼓舞する指揮官。顔を青くしながらも指示に従う兵士達。

 彼らの戦いはまだ始まったばかりである。




****




「報告であります! 国賊のラギアスと裏切り者のハルトマン強すぎです!」


「⁉︎ 何の報告をしとるッ⁉︎ 見れば分かるわ!」


 王城の造りを活かした戦術により敵は未だに大橋に留まっている。兵が削られれば更に増員すればいいのだ。加えてここは王都。国中のどこよりも軍人は存在する。物量で攻めれば自ずと戦局は傾く。……そのはずなのだが不安が胸をよぎる。


(奴らとて馬鹿ではないはず。一体何が目的だ?)


 長年近衛師団の一員として働いてきたカルロス。状況からして敵から見れば明らかな負け戦であることが分かる。如何に個が優れていたとしても国軍相手に戦い続けられるわけがないのだ。


「くそッ、正直使いたくはなかったのだが……奥の手を出すか。イゾサールの変人を投入しろ! 毒を以て毒を制する!」


 カルロスの頭を悩ませる問題児筆頭。イゾサール侯爵家のアーロンを戦場に送り出すことを決めた。

 制御が効かず何をしでかすか正直分からないが相手がラギアスなら却って好都合である。狂人同士が衝突すれば上手く相殺されるかもしれない。


「閣下! こちらをご確認ください! 封書が残されていました!」


「誰が閣下だ寄越せ! 何々……拝啓ミスターカール……誰がカールじゃボケ。……急用につき私はゴーストハンターとなるべく旅に出ます。探さないでくれたまえ。チャオ……? ……⁉︎ 何だこれはッ⁉︎ 何だゴーストハンターとは⁉︎ 近衛が勝手に王都を出るんじゃないッ! どいつもこいつも儂を馬鹿にしとるのか⁉︎ アァァァァアアアアアアア!」


 アーロンの怪文書を見て頭を掻きむしるカルロス。いつもいつも好き勝手して重要な時にいないのがアーロンである。何がどうなっているのか訳が分からない。


「報告であります! 騎士団の連隊長部隊到着です!」


「⁉︎ おお、やっとか! 何処の隊が来た?」


「ハーレス隊とエルティア隊であります! 戦力としては心許ないかと存じます」


「お前が言うな戯け!……構わん。直に本命が来る」


 何かを見落としている気もするが今は持ち堪えるしかない。時間を掛ければ掛けるだけ不利になるのはあちら側なのだから。




****




 王城への襲撃という前代未聞の出来事発生から半時程が経過していた。

 戦況は国から見た賊側が押している状況。大橋の半分程まで侵攻を許してしまっていた。釈明するわけではないが国軍が弱いのではない。敵が手練れかつ環境を上手く活用しているのだ。


「――ディバインアロー」


 太陽の光を浴び輝く金髪の騎士、騎士団若手筆頭のルークが放つ多彩な光属性魔法により騎士達は翻弄されていた。


「……おい」


「分かってる。大怪我をさせないように、でしょ? 全く君は聖母のような慈愛に満ちているね」


「抜かせ」


 こちらを挑発しているのか全員に聞こえるよう手加減していることを明示するルーク。確かにその証拠に重症者は出ていない。……橋から落とされる者が大多数である。


「ハルトマン! 俺達上官に舐めた態度を取って許されると思うなよ!」


「……上官? えっと、どちら様でしょうか?」


「⁉︎」


 光の矢を躱した騎士が剣を片手にルークへ迫るが、魔法の制御は継続中であった。方向転換した光矢が背後から騎士を捉える。結果的に新たな落下者が誕生してしまう。


「ハーレス隊長! ラギアスとハルトマン止まりません!」


「無闇に突っ込むな! 魔法主体で来るなら戦いようはあるだろうが!」


 どれだけ優れた魔術師であっても連続で永遠に魔法を撃ち続けることは出来ない。魔法の終わりには必ず硬直が発生するからである。

 ルークの継続時間の長い魔法が消える。それを皮切りに騎士達が突っ込む。前方から一斉にルークへ迫る。


「作戦としては悪くありません。ただ、お忘れですか? 敵にはがいるのです」


 エルティアが何処か投げやりに言葉を発する。彼女の部下達からもやる気は感じられない。……ただ、視線は一人の人物へ向いていた。


 硬直状態となったルークとそこを狙う騎士達との間に現れる悪魔。冷き魔力を纏った黒影が猛スピードで戦場を駆け抜ける。

 彼の人物の左右の手には極限まで圧縮された魔力の塊が。それを槍のように突き出し騎士達を穿つ。


「邪魔だ――振衝波」


 鈍い音と共に衝撃で飛ばされる騎士達。大の大人が、それも鎧を身に着けた騎士が宙を舞う異様な光景。


「肝心の硬直地点にはラギアスがいます。――騎士を守る悪魔がね」


 ルークの芸術的かつ変幻自在の魔法が騎士を捉え、ジークの反則的なまでのスピードと力で騎士を薙ぎ倒す。密集地帯をたった二人で、力業で突破してくる。


「どれだけ強くても人数と時間を掛ければ勝てるかもしれない。……そう勘違いした者達は既に橋の下ですよ」


「解説どうも。……なら何でお前らの部隊はここに来た? 口達者なお前なら適当な理由をこじつけてサボるんじゃねえのか?」


「正直言って彼とはもう戦いたくありませんでしたが……を前にそういう訳にもいかないんですよ。格好だけでもね……」


「はあ? 何を言ってやがる? ……ん、これは?」


 ルーク主体の魔法で攻めていた彼らに変化が現れる。今度はジークが前へ立ち剣を構えていた。皮肉のつもりなのか騎士から奪った剣をこれ見よがしに掲げていた。その構えは王国騎士団の剣術と酷似している。


「舐めやがって!」


「ラギアスを潰せ!」


「剣聖殺しの大悪党がッ!」


 ハーレスの部下達が顔を真っ赤にしながら一斉に突っ込む。ルークの時よりも分かりやすく勢いが増している。


「馬鹿野郎! 無闇に突っ込むなって言ってるだろうが! ハルトマンの魔法が……?」


 ルークの追撃が来ると警戒していたがそれはなかった。それどころかルークの姿が見当たらない。


「馬鹿な。何故ハルトマンが…………橋の手前まで移動している? 何故ラギアスを孤立させて」


 騎士達がジークを囲む。――わらわらと集まるその姿は撒き餌へ群がる魚群のように映る。


「⁉︎ しまった! 全員下がれッ! 罠だ!」


「……教えてやる。無能がどれだけ集まろうが結局はゴミ屑。だから貴様らはダメなんだよ――デルタストーム」


 善を呑み込む絶対悪。仄暗き悪意の暴風が騎士達全員を捉え空へ巻き上げる。嵐が霧散した後に残されていたのはジークとルークのみであった。


「ねえ? アレで手加減しているのかい?」


「……生きているなら後で治させる。公爵家の連中にな」


 橋の下に視線を向け同情するルーク。今更手を差し伸べるつもりはないが気の毒に感じていた。


「ゴミ屑は放っておけ。……そんなことよりも来るぞ――本物が。精鋭中の精鋭がな」


「⁉︎ 父さん……」


 王国の剣。王国の盾。騎士団の二枚看板。

 

 ルークとジークどちらとも関係性の深い魔法剣の達人ブリンク・ハルトマン。

 代理副団長を務める騎士団の実質トップ。シュトルク・ラルク。

 二人の連隊長と彼らが率いる部隊が立ち塞がる。


「ご丁寧に魔術師団まで引き連れてやがる」


「……これが本命ということかな」


 戦況は山場を迎えていた。




****




 時間は少し遡る。ジークとルークが王都へ旅立った数時間後の出来事。

 ラギアス邸で朝食を取っていた際にルークの姿が見えず不審に思ったセレンが使用人に尋ねたところ、馬を引くルークの姿を目撃したとの証言があった。よくよく確認すればジークもしばらく屋敷を空けると伝達があったらしい。


「してやられたわね。二人は王都へ向かったはずよ」


「……金髪、抜け駆け、排除」


「追いましょう。きっとアクトル兄さんの言葉通り国王の所だと思います」


 私兵団の協力を得て馬車を準備した一行。これから王都へ向かおうとしていた矢先に豪華な馬車がラギアス邸に到着する。――王家の紋章が刻まれた馬車であった。


「久しいのグランツ。何年振りかの?」


「……バッカスさん。ということはそちらのお方は」


 銀の髪を靡かせ馬車から降りてくる女性。太陽の光を浴びキラキラと輝いている。その髪色はシエルと同じ。だが幾分大人びた姿は気品に溢れていた。


「久しぶりですねシエル。その他の皆さんは初めまして、でしょうか」


 ディアバレト王国第三王女のアルニカと直属の近衛兵にメインキャラ達。彼らはラギアス邸で邂逅することになった。


「ジークはいますか? 彼に重要な話があり本日は伺いました」

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