第四十六話

 ジークの魔法によりホフラン達は全滅した。命に別状はないが戦闘の継続は不可能な状況であった。


「……な、ぜだ。我らは水神の威光を……」


「ほう、まだ戯言を吐く余裕があるか」


 ほとんどの者が気を失っているがホフランはまだ意識があるようだ。


「その執念は多少認めてやらんでもないが……いい加減理解しろ、貴様らは捨て駒だ」


「ち、がう。公国、の栄光を、取り戻す。――⁉ ︎グ、アァァァ……!」


 無理に力んだ結果によるものか、身体中に亀裂が入り血が吹き出る。明らかに異常が表れていた。


「それが現実だ。都合良く、リスクも無く、簡単に力が手に入るわけないだろうが。いいように利用されたんだよ」


 生命力や魔力を引き換えに力を与える。そんなところだろうとジークが結論付ける。


「これ以上醜態を晒すな、死ぬぞ」


 善意でなければ悪意もない。客観的な事実をただ冷淡に告げる。

 怪我によるものか、精神的な理由か。ホフランの言葉が続くことはもうなかった。


「……終わったようだな」


「ふん、高みの見物か。大層な御身分のようだな」


「……彼らの力、普通ではなかった。お前のように俺は手加減出来んからな」


 いつもと変わらない禍々しい鎧を身に付けたブラッド。手には同じように異質な槍が握られている。


「……久しぶりに鎧が騒ぐのを感じた。あれは何だろうか?」


「知るか。だが捨て駒なら他に本命がいるはずだ」


「……そうか、もし俺が呑まれたその時は」


 ブラッドの言葉が紡がれることはなかった。増援として来た兵士達によって遮られたからだ。


「話を聞くにも、襲われた兵も反逆者共も伸びている。先ずはお前から話を聞く必要があるな」


「話を聞くだと? 先ずは貴様らの失態を確認したらどうだ? 百年前の不手際を俺が清算してやった。精々感謝するんだな」


 ジークは侮辱罪の容疑で拘束されてしまった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「これで何度目だ? 俺はいつまでこの茶番に付き合えばいい?」


「こちらのセリフだ。馬鹿者が……!」


 ジークの姿は取調室にあった。四度目の聴取となれば目新しさも感じない。相手もまたいつもの取調官であった。


「今度は何の容疑を偽った? どうしてもこの部屋に来たかったのか?」


「そんな訳あるかッ! 容疑に嘘偽りもない! 反省という言葉を知らんのか!」


「反省だと? 半端な粛清の結果が今回の事態を招いた、違うか? 俺なら問答無用で消す」


「それだ痴れ者がッ! 軍の前で国家を否定するやつがあるか!」


 国の成り立ちを頭ごなしに否定されれば軍も動かざるを得ないとのことだ。例え暴挙から国を守った功労者であったとしても。


「全く……聴取を再開するが、脱獄者達の力をどう感じた? 兵士がまるで相手にならなかったと聞いているが」


「それは貴様らの体たらくが原因だ。あれを脅威とは感じんな」


「水の魔力を巧みに操り、剣術や魔法を強化していたとの話だが……」


 くだらんと一蹴するジーク。多少力を得た程度で有頂天になるようではその辺りの子供と変わらないと切り捨てる。

 その後も強化されたホフラン達についての聴取が続く。の確認をするかのように。


「最後に確認だが、件の力が手に入るとしたらお前は望むか?」


「要らんな。紛い物に価値はない」


 そうかと締める取調官。一瞬だが口元に笑みが浮かぶ。


「ところでだ。俺は現地にいなかったから例の力を知らんのだが、それはだったりするのだろうか?」


「……なるほどな、そういうことか」


 取調官の右手に宿った青い光。ホフラン達が身に纏っていた物と同じであった。


「さあ、楽しい取り調べと行こうではないか」




✳︎✳︎✳︎✳︎




 ジークの助言を頼りに実家を調べていたクラッツ。半日以上の時間を費やし、やっとの思いで公国時代の国章が刻まれたペンダントを倉庫の奥で見つけた。


(当たり外れはともかくとして、これが見つかったらかなりヤバいよね。こっそり処分しておこう)


 所持をしているだけで罪に問われることはないが、クラッツやライン家の立ち位置を悪くするのは明白である。ジークの話がなければ何も考えずに処分していたことだろう。


 確固たる自信があるわけではないが、他に有力な手掛かりもない。時間の経過が状況を悪くするのは間違いない。今は行動するしかなかった。


「勢いでここまで来ちゃったけど……どうしてこんなことに。木っ端微塵じゃないか」


 ジークやブラッドとの異色トリオでたどり着いた貴族派の拠点。立派な住宅であったが今では無残な姿となっている。ジークが破壊した玄関部分どころか建物そのものが吹き飛んでしまっている。内部から何らかの力で破壊されたように見える。


「……クラッツ? お前も派遣されたのか?」


「先輩⁉︎ これは何が起こったのですか?」


 クラッツが先輩と慕う兵士。ライン家の事情を知っていても態度を変えない誠実な人物であった。


「見ての通りだ。例の奴らが急にこの住居内に現れたらしい。常識外れの力で暴れてこの様みたいだな」


「想定通り、転移の拠点だったんですね」


「転移……? 何の話だ? ともかくだ。警護に当たっていた仲間は重症。救護に治療に後片付けと大忙しだ」


(転移の話が共有されていない?)


「件の紋章には魔術的な仕掛けがあって、それは転移魔法の可能性が高いって話では?」


「? 分析班が調査していたが、結局成果は無かっただろう? まぁこの状況なら調査の必要はもう無いだろうな」


 違和感を感じるクラッツ。末端の兵士である自分ですら知っている情報をこの先輩が把握していないのは妙だと。

 確かに自分は聞いたはずだ。取調官から転移の話を。


「その様子ならお前も本部を離れてたようだな。ホフラン達はここの次は軍施設を襲撃したらしいぞ」


「軍の拠点を? 彼らにそんな力は……」


 先輩兵士によれば超常的な力で多くの兵士を退けたらしい。壊滅的な被害となったが最後は協力者によって制圧されたとのことであった。


「お前が一緒にいた外国人だよ。奴らも異常だが自称貴族の少年もとんでもないようだな」


「は、はは……彼は加減を知らないようでして。それでジークは今何処に?」


「またおかしな話なんだが、国家を侮辱した罪で拘束されたらしい。称賛されるなら分かるが何で捕まるんだ?」


 言い表せない不安が胸をよぎる。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「改めて自己紹介をしようか。軍ではファルダーと名乗っている。時に兵士、時に取調官となるな」


 聴取で何度も顔を合わせているが今は雰囲気が大きく異なっている。


「真の名はゼーファ・フォンラヴチーノ。かつてはこの地を治めていた貴族の血を引く者だ」


「ハッ、それが今では軍の三下か? 情けない奴だな」


「色々と大変なのだよ。……だが、悪くなかったな。慌てふためく様子を眺めるのは」


 余裕を感じさせる笑みを浮かべるゼーファ。絶対的な自信の表れか。


「流石に今回の拘束理由は無理があると思っていたが。同胞が手を回してくれたおかげというわけだ」


「それを聞いて安心した。まともな思考とは思えんかったからな」


 内心おかしいとは思っていた。だが下手に暴れて強制送還されたらシャレにならないと様子を窺っていたのだ。


「それで俺に何の用だ? つまらん理由なら消すぞ」


「勇ましいな異国の貴族よ。なに、最初に話したではないか。取引をしようとな」


 国境付近でホフラン達を拘束した異国の少年。魔力痕のみで追跡を行い、加護を得た同胞捨て駒を制圧して見せたその力量。初めから目を付けていたとゼーファは語る。


「その力……非常に興味深い。どうだ、我ら公国の一柱とならないか? 歓迎しようではないか」


「貴様もラギアスを知らないようだな。……外交に疎い新公国。直ぐに潰されるのがオチだ。止めておけ」


「手札も用意せず事は起こさんさ。雑種を跪かせるには十分の力を手にした」


 兵の数では確実に劣るゼーファ率いる貴族派。武力で国民を支配するにも絶対的に数が足りないはずだが。


「俺に正体を明かすその浅はかさ。愚かだな」


「信用の無い外国人と信頼の厚いファルダー。どちらの話を信じるだろうか?」


 直に光に照らされる。愚者を演じる時間は終わりだとゼーファは告げる。


「まぁ構わんさ。新公国誕生の瞬間を牢から眺めているといい。その拘束具がある以上、魔力は使えんからな」


 当然ではあるが、取り調べ中に被疑者が暴れないよう対策は取られている。ジークも例外ではなかった。


「次会う時は素晴らしい返事を期待しよう。それでは、御機嫌よう」




✳︎✳︎✳︎✳︎




 先輩兵士から話を聞いたクラッツ。慌てて戻ってきたが既に取り調べは終わっていた。


「いくらなんでも滅茶苦茶です! 不当な理由で拘束するなんて」


「お前は自分の心配をしたらどうだ? 次の雇い主は優しくはないかもしれんぞ?」


「次の雇い主? 何の話ですか?」


 看守に訴えかけるが話が通じない。ただニヤニヤと不快な笑みを浮かべているだけである。


「国が変わってもお前はポンコツのままだろうな。……そんなに会いたいなら行ってこいよ。俺達は忙しいからな」


 普段であれば手続きが必要で見張りも付く。だが看守の男は本当に忙しいのか、持ち場を離れてしまった。


(やっぱり変だ。普通じゃない)


 胸騒ぎがする。兵士だけではなくワーテルにも違和感を感じた。街の周囲を流れる水の量が異様に多いのだ。時期的な理由だけでは説明のつかない状況に住民達も不安になっていたくらいだ。


「ジーク! 大丈夫かいッ⁉︎」


「…………誰だ貴様は?」


「クラッツだよ! こんな時にボケなくていいから! それよりもどうして君が捕まっているんだ⁉︎」


 矢継ぎ早に、捲し立てるように事情を尋ねるクラッツ。ジークは面倒そうに相手をしている。


「そんな……ファルダーさんが裏切ってたなんて」


「そいつだけじゃないだろうがな。似非貴族や懐柔された奴が軍に入り込んでいる。長年の付けが回って来た結果だ。笑えるな」


 笑えないよ!とツッコむクラッツではあるが国を揺るがす一大事。言葉尻に焦りが含まれている。


「今思えば、毎回のようにファルダーさんが取り調べの担当だったのは変だ。それに、軍が知らない転移のことを話していたり……何が目的だったんだ?」


「高みの見物。絶対的な自信。俺達を嘲笑っていたんじゃないか? または試そうとしていた、とかな」


「何のために……」


 必死に頭を回すが答えは浮かばない。ただただ時間だけが過ぎて行く。


「とにかく、ここから出ないと!」


「兵が脱獄を幇助するのか? もう末期だな」


「違うよ……これは正当な理由からなる行動だから」


 目を逸らしながら発言する様子は明らかに挙動不審である。


「……僕にはその拘束具や牢の鍵をどうにかすることは出来ない。だから上に掛け合うしか……」


「バカか貴様は。どうゴミ屑共を判別する気だ? 死にたいのか」


 ジークが言うように敵味方の判断が難しい。ファルダーの言う手札についても全容が見えない状況である。


「ふん、まぁこのままでも構わんがな」


「このまま? それはどういう意味だい?」


「言葉通りだ。貴様らがどうなろうが俺には関係無い」


「――えっ?」


 時間が止まる。クラッツにはジークが何を言っているのか理解出来ない。


「何を勘違いしているのかは知らんが、俺は貴様らのオトモダチではない」


「で、でも何度も協力してくれたじゃないか。それに襲撃された兵士を助けて……」


「目障りだったからな。だから消した。……俺が善意だけで動くと本気で思うのか?」


 そんな、と呟くクラッツ。何だかんだで行動を共にしてきてジークの人間性は知ったつもりでいた。口は悪いが誰かの為に行動することが出来る少年であると。


(いや、違うよね。僕の悪い癖だ……直ぐに誰かを当てにするのは)


 よくよく考えればジークとの出会いは不法入国から始まった。

 訳の分からない外国人少年の聴取をする。口が悪く自称貴族を名乗る少年にはとても手を焼いた。見張りを押し付けられ衣食住を共にし、調査も行った。今思えば取引という名目があったからこその関係であった。


(そう言えば、結局ワーテルに来た目的を聞いてなかったな。……知った気になっていただけだった)


「……ごめん、僕が間違ってたよ。君からすれば確かに関係無いよね。これはイグノートの問題だ」


 知り合って数日の間柄で国内のいざこざに巻き込む。クラッツはそれが出来るほど身勝手な人間ではなかった。


「前に話したけど、僕は生まれの関係で他者とのコミュニケーションを取るのが苦手だったんだ。……だから、君とは何も気にせず接することが出来た。……楽しかったよ」


 胸のポケットに入れていたペンダントを握りしめる。目の前の少年から貰った助言を無駄にしない為に。大切な人達を守る為に。


「僕は行くよ。いつも通り、何も出来ないかもしれないけどね。……君は上手く逃げてくれ」


 駆けて行くクラッツ。見間違いかもしれないが、普段のような頼りなさは鳴りを潜めていた。そんな気がした。


「……話は最後まで聞け、バカが」

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