第四十五話

 反乱分子の潜伏先として使われていた住居。玄関部分が破壊された家屋を複数の兵が順番で警護していた。


「異常無しか……」


「いくらなんでも厳戒態勢のここには来ないか」


 建物の周りを囲うように兵を配置し、内部も同じように兵士が監視していた。


「例の紋章も今のところ進展はないんだろ?」


「そうみたいだな。魔術的な仕掛けはあるらしいが」


 現在も解析班を導入して調査が行われている最中であるが、芳しい成果は得られていなかった。


「どんな仕掛けなんだろうな? 俺には検討も付かん」


「まったくだな。……おい、何か地下が騒がしくないか?」


 騒ぎ声のような声が聞こえてくる。合わせて振動のようなものまで感じる。何かしらの異常が起きているようだ。

 

 指示を出し隊列を組む。突撃の合図と共に兵が突っ込むが、何故か戻ってくる。自らの足ではなく何かに突き飛ばされたかのような勢いで、そのまま壁にぶつかり動かなくなる。


「土足で踏み入るな雑種共め」


「お、お前はホフランか⁉︎ 一体何処から出てきた?」


 国境の森林で拘束され留置所から逃走していたホフラン達。その顔触れが揃っていた。


「地下の兵士はどうした……?」


「そこの雑種が答えとは思わんか、うん?」


 死んではいないようだが重症であることには違いない。直ぐにでも治療が必要な状況である。


「何を勘違いしているのか知らんが、今のお前らは正体が明るみになっている。奇襲は一度しか通用しないぞ」


 国境付近での小競り合いでは隣国兵の服装をしていたからこそ下手に手出しが出来なかった。だが今は軍からすれば足枷はない。


「勘違いしているのは貴様の方だ。我らはあるべき形へと戻す。……この水神の力で!」


「水神だと? ――⁉︎ 何だそれは⁉︎」


 ホフラン達が青い光を放つ。普通の人間とは思えない異常な魔力の波濤に兵士達は怯んでしまう。


「滾るほどの力……雑種に使ってみたが威力は十分であった。なら、魔法はどうだ……?」


「⁉︎ 何を考えている! この狭い室内で魔法を撃てばお互い吹き飛ぶぞ⁉︎」


「貴様ら雑種はそうだろうな。だが我ら公国の人間には加護がある! さあ! 負の遺産を流してくれよう。――イーブルシュトローム!」


 悪意に塗れた水流は建物ごと周囲を飲み込んでしまう。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 調査に捕縛に取調べと長い一日を終えたジーク。その翌日、ジークの姿は軍宿舎のとある一室にあった。


「貴様は頭がイカれているのか? 何故室内ですら鎧を身に着けている?」


「……それを含めての相談だからだ。順を追って話そう」


 ジークが今いる場所はブラッドに与えられていた私室となる。個人的な相談があるとのことで呼び出された形だ。

 相談に乗る義理はなかったが今日は特にすることもない。暇潰しにはちょうどいいと浩人は考えていた。


「……薄々勘付いていると思うが俺はこの国の人間ではない」


「当たり前だ。貴様のような不審者がそうそういるわけないだろうが」


(観光を売りにしてる都市にこんなのがいたら最悪だろ……)


 もっともな意見であるがブラッドが伝えたいことは別のようだった。


「……俺はここから遠く離れた国、アニシングという国出身だった。そこの貴族として日々を過ごしていた」


「その成りで貴族だと? 野蛮な連中の集まりのようだな」


(お前もかよッ! 貴族ネタが多いな……)


 イグノートは特殊ではあるが、ブラッドの家は他の国と同じような貴族家として栄えていたらしい。これからもその先も続く永劫的な物だとブラッドは信じていた。


「……だがそんな都合の良い話はないのが現実だ。俺の家は良く思われていなかったらしい。今となればよくある話だった」


 領民を始めとした平民や家の関係者、他家の貴族から身内まで。気付けばクーデターは喉元まで迫っていた。


「……必死に抵抗したが時間の問題だったのだ。兵力差は一目瞭然。逃げる以外の選択肢はなかった」


(何だか聞いたことのあるような話だな。まさか、ラギアスをディスってるのか?)


 他人事ではない内容に内心冷汗を浮かべる。浩人も同じような未来を辿る可能性も十分にあるのだ。


「……そのまま逃げていれば結果は変わっていたかもしれない。だが俺はそれを拒み禁忌へと手を出した。それがこの鎧だ……」


 全身を覆った黒い甲冑。返り血のような夥しい赤を身に宿した悪鬼のような見た目。夜叉と呼ばれているのも納得の姿であった。


「力に呑まれでもしたか? 身の丈に合わない力なんぞ捨ててしまえ」


「……あぁ、その為にお前に相談しているのだ」


 部屋の空気が変わる。傍から見れば元々異様な光景ではあったが、何か重大な話をしようとしていると浩人は感じ取った。


「……この鎧は装備したら最後、死ぬまで外すことは出来ない」


(呪いの装備じゃねーか!)


 渾身のツッコミを心の中で繰り出すがジークの表情に変化はない。平常運転である。


(ゲームで呪いの装備なんて無かっただろ。まさか没データとかで存在してたのか?)


「……この程度では驚かんか」


「常に鎧だった理由はそれか。くだらんな」


「……かつて武で名を轟かせていた槍使いの装備品だったらしい」


 力を求める余り我を失い、命が燃え尽きるまで戦い続けた大量殺人鬼。アニシング王国では大罪人として有名な話であった。


「……年ごとに管理する家が変わる。クーデターが起きた年は俺の家で保管されていた」


「それで後先考えずに手を出したのか。自業自得だな」


 戦いを求める怨念が鎧へと宿り装備者にまで影響を及ぼす。超常的な力を手にする代わりに多くのリスクを背負うこととなる。


「待て、貴様……食事はどう取っている?」


「……信じ難い話かもしれんが、この装備は一定の条件下でのみ脱ぐことが出来る」


(ややこしい設定だなまた)


「御託はいい。さっさと条件を述べろ」


「……人の視線から外れる。それが条件だ」


 特別な動作や掛け声も不要。鎧が勝手に視線の有無を判断して脱着をするとブラッドは説明する。索敵にはもってこいの能力である。


「貴様……俺をバカにしているのか? 殺人鬼の怨念とそれに何の関係がある?」


「……俺が聞きたい。情報は残されていなかった」


 一人でいる時は食事や睡眠その他のこと含めて問題なく可能である。


「……マリア教会の結界術で抑えるしかなかったようだ」


「何処にでも湧いてくるな教会の連中は」


 本来であれば問答無用で処分をするはずだったのだが、下手に近付いたり敵対の意思を示せば人へ取り憑く。意識を失った者が悪鬼の亡霊となり周囲の人間へ襲い掛かった。


「……他にも妙な制限はある。……口調が変わるのだ。生前の持ち主を再現しているつもりなのか。そもそも俺の名はブラッドではない」


(まんま俺じゃねえか!)


 名前を名乗ろうとすれば別の名が出てくる。一人称は俺となる。堅苦しい無愛想な口振りが標準であった。


「……だが些細なことだ。本当に恐ろしいのは己の身体と意識が奪われることだ。……初めてこれを身に着けた時は途中から記憶がなくなっていた」


 平静を保てているのは精神力の高さ故か。それとも悪鬼の求める戦いがないからか。


「……前置きが長くなったな。……相談というのはディアバレト王国の神聖術でこの鎧をどうにか出来ないかということだ」


「……勝手なことを言う」


(死者の怨念か……。神聖術なら可能性があるかもしれないけど)


 他人事とは思えないブラッドの状況ではあるが、ジークの立場では出来ることに限りがある。


「貴様は本当にラギアスを知らないようだな。俺の立場で王族の連中を引っ張り出せる訳ないだろうが」


「……貴族と聞いていたからな。それだけの力があるなら中枢なのかと考えていた」


「楽観的な考えだな。……バカ正直に話してみろ。即処刑ものだ」


「……一体何をしたんだお前の家は」


 甲冑越しに驚愕しているであろうブラッド。だが驚愕しているのは浩人も同じである。王都を歩いていただけで悪者扱いされたのだから。


(シエルが俺の頼みなんて聞くはずないしな。あれだけ罵詈雑言を浴びせたわけだし)


「あの国の王族が善意だけで動くはずがない」


「……どの国にも闇はあるようだな」


(アクトルを脅して無理矢理やらせるか? いや……そこまでする義理もないだろ。俺にそんな余裕はないからな)


「……すまなかった。無駄な時間を取らせたな」


「まったくだ。二度と同じ過ちを繰り返すなよ」


 部屋から出るジーク。

 本来の目的を果たす為に街へ向かおうとするがそこに待ったがかかる。


「しゅ、襲撃だッ! 全員集まれー!」


「……どいつもこいつも俺をバカにしているのか?」


 浩人の苦難は海外でも続く。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「はっはっは! どうした雑種共! その程度なのかぁー!」


 軍施設の前では激しい戦闘が繰り広げられていた。ホフラン含む脱走犯の襲撃により混戦の様相と化している。


「どうなっているこいつら⁉︎ これ程までの力は無かったはずだ」


 国境付近での戦闘で指揮を取っていた兵士。急激な力の上昇に驚愕していた。


「雑種がいくら束になろうとも結果は同じ! 素直に降伏したらどうだ?」


「調子に乗りよって……。囲め、数で押し返せ! 追い詰められて自棄になっているだけだ!」


 地の利と数的優位で戦況を変えようとする軍側であるが反乱分子の勢いを止めることが出来ない。


「加護無しの貴様らでは止められん! 水流放て!」


「「「イーブルシュトローム!」」」


 自らを巻き込みなが広範囲の水魔法を一斉に放つ。兵士達は渦に飲まれ弾き飛ばされるが貴族派は平然としている。一人一人が結界のような物で覆われ魔法の影響から逃れていた。


「……ゴミ掃除は気分が良いものだな」


「同感だ。次のゴミは貴様らだがな」


「! のこのこと現れたかクソ餓鬼め!」


 倒れ伏している兵に視線を向けることなく歩を進めるジーク。

 悠然とした態度は優勢であるホフラン達に焦燥感を抱かせる。得体の知れない何かを感じていた。


「こいつは異国の部外者だ! 構わん殺してしまえ!」


 外的要因による力を得た貴族派の勢力。剣に槍、魔法を出し惜しむことなく存分に振るう。


「防戦一方だなクソ餓鬼よ! 虚勢を張る余裕も無いか!」


 攻めることなく攻撃を躱し続けるジーク。視線を巡らせる様子は何かを観察しているかのようだ。


「……憐れだな」


「今更許しを請うか? 愚か者は存在そのものが罪なのだッ!」


 水魔法によって作られた球状の弾丸が迫るが一撃も受けることなく避ける。全方位に目があるかのような動きで撹乱している。


「……何をしている⁉︎ 遊びはいらん! 早く処分せんかッ⁉︎」


「しかしホフラン様! こいつ攻撃が当たりません!」


「バカが、それ以前の問題だ。現実を見ろ」


「何をふざけよって⁉︎ こ、これは……?」


 ホフラン達を包んでいた青い光。異様な力の上昇を見せていたが今では光が弱まりつつある。


「その力……持続性に欠くようだな」


「そんなはずはない! 我らは加護を得た。公国の威光を取り戻すのだ……!」


 力を振り絞るように魔力を込めるが彼らの言う水神が応える様子はない。


「都合のいい時だけ神頼みか? ……貴族なんだろ? だったら最後は潔く散ったらどうだ?」


「黙れぇーー! 雑種の分際がぁぁ!」


 ホフラン一味が他を無視して一斉にジークへと襲い掛かる。ワーテルの象徴とも呼べる水を武器に変え、無くした尊厳を取り戻す。全ては公国の為に。


「雑種か……。俺からすればこの世界の全てが歪んで見えるがな。――もう沈め」


 ジークを中心に吹き荒れる氷の嵐。攻撃の手段として生み出した水の魔法が逆に利用され、却って己を苦しめることになる。冷き暴風を前にかつての威光は無力でしかなかった。

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