第三十六話

 光に照らされた世界。現存していた全ての魔物が光に呑まれ消滅する。不思議なことに人間側に被害はなかった。


「美しい……私達を祝福しているかのようだ」


「前から思ってたけど、やっぱり君おかしいよ」


 奮闘していた仮面の紳士とヨルン。二人で数え切れない程の魔物を討伐したが、ルークによって放たれた魔法はそれ以上の規模を誇っていた。


「魔物を全部倒したのか? ハ、ハハ……俺は一体誰に喧嘩を売ってたんだ?」


「新たな英雄の誕生かもしれんの。スキニー! いい加減起きんか!」


 状況の変化に付いていくことが出来ない者が多数を占めていたが、少しずつ理解が追いつく。ルークの活躍によって戦いは終了したのだということが。


 途切れることのなかった魔物の襲来。終わりの見えない戦禍に巻き込まれてしまった各小隊。多くの負傷者が出たが全滅という最悪の事態は免れた。


「ルーク殿。お見事でした。我々は援護するのがやっとでしたよ」


「何とかしなければと思ったんです。次同じことをしろと言われても難しいですが……」


 地面に膝を突き肩で息をするルーク。全ての力を使い果たしたかのように疲れ切っていた。

 周囲を見渡せば沢山の負傷者がいる。中には二度と目を開かない者もいるかもしれない。それでも無駄ではなかった。助かった命が一つでもあるなら決して無駄ではないと心に強く刻む。


「やあ、光の少年。……マーベラス! 素晴らしい活躍であった」


「やめなよ、みんなが変な目で見てるよ」


 仮面の紳士やヨルンに小隊、騎士や魔術師が集まってくる。ルークにお礼を言う者、物珍しさから見に来た者、とりあえず強者がいる所へ寄ってきた者など目的はバラバラであった。


「ミスターヨルン。とりあえずは一段落だろうか?」


「少なくとも今は、と言ったところかな。……直ぐに帰還は無理か。負傷者が多い以上、下手に動かせないからね」


 小隊の目的はあくまでも入団試験。イグザ平原での大規模な戦闘を想定していた訳ではなかった。当然、回復のスペシャリストであるマリア教会の人間はいなかった。……増援部隊は異なるだろうが。


「治療と被害状況の確認。それから周囲の警戒。落ち着いたら説明をしてもらおうかな。僕達には知る権利があるはずだ」


 表情は穏やかではあるが内心はどうなのか。ヨルンをよく知る部下がこの場にいれば冷や汗をかいていたことだろう。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 重傷者を中心に治療が行われた。専門の回復職は少なく、優先順位を設け治療を進め、残りは帰還後という形で話はまとまった。否、納得するしかなかったのだ。依然、この場が魔物の領域であることに変わりはなく、いつまた戦闘に発展するか分からないからだ。


 現在は周囲の警戒を行う傍ら、治療をしている最中。そして上官達は情報共有を行なっていた。


「ひとまずは落ち着いたかな。それでハーレス連隊長。これはどういう状況なのかな? ……まさかとは思うけど、軍事機密なんて言葉ではぐらかさないよね?」


 笑顔で凄むヨルン。仮面の紳士はその通り!と訳の分からない相槌を打っていた。


「お前達の言いたいことは分かっている。……全て上からの指示だった」


 入団試験の取り纏め役を務めていたハーレス。

 彼の話によると、今回の入団試験はディアバレト王国で騒ぎを起こしている、例の組織の介入がある可能性が高いと予想されていた。国軍の上層部はそこを逆手に取り、こちらから仕掛けるという軍事作戦を立案。それが二次試験の最中に増援部隊が現れた理由であった。


「情報が漏れないように一部の騎士や魔術師にのみ作戦を伝える。そして予想は的中。君らは見事に敵の罠に嵌まったんだね」


「……悪意のある言い方は止めろ。言うならば俺達も被害者だ」


 ハーレスの気持ちも分からなくはない。指示により作戦を決行したら、想定外である魔物の襲撃を受けたのだ。


「それは災難だったね。でもね、それは君達の事情であって僕らは関係ない。見てごらんよ、みんなの顔を」


 一次試験を突破して二次試験に臨んでいた受験者達。やる気に満ち溢れていた当初とは違い、今では怯えや悲しみ、怒りに困惑といった様々な感情が浮かんでいた。彼らは既に知っているのだ。自分達が何に使われたのかを。


「初めより随分と数が減ったよね。親元を離れて遠くから来た子もいただろう。合否を待つ親はいつまで我が子を待ち続けるんだろうね」


「しつこいぞ! 上からの指示だと言ってるだろうが! それが軍だということはお前も分かってんだろッ!」


「言われたままに動くのは軍人じゃなくて奴隷だよ。少なくとも一次試験の合格者を選定したのは君達だ。……力の無い人間を死地に追いやったのも君達だ。――誰が責任を取る?」


 この場には受験者達の姿もある。当然、彼らがハーレス達に向ける視線は厳しくなる。


「責任だとッ⁉︎ そんなものは無い! 騎士や魔術師を志望するなら命を張るのは当然のことだ!」


「やれやれ、見苦しいな。ミスターヨルン。この罪深き問題を解決するには適した場があるのではないかい?」


 そのようだねと矛を収めるヨルン。黄金に輝く不審者の存在が却って己を冷静にさせる。


「他に考えることはあるだろうが! 何故この場にラギアスの部隊がいる? お前達の目的は何だ?」


 非難の目を逸らしたという訳ではないのだろう。騎士として、軍人として危機感を感じている。領地の守護の為に存在が許された私兵。その部隊が王都の近郊にまでいることを。


「我らは主人の命によりこの場にいる」


「そんなことは分かってんだよ! お前達の領主は何を企んでいる⁉︎」


 ヒートアップするハーレスに対して私兵団の頭であるシモンは冷静だ。冷めた目でハーレスを見ている。


「そもそもラギアス領には大した兵力は無いはずで、無能な領主がいるだけだった。それがこれだけの力を……戦争でもする気かッ⁉︎」


 ラギアスに対するハーレスの言い分についてはヨルンも同意見であった。仮面の男とも似たような話をしたが、どのような目的があるにしろ敵対行為と捉えられても仕方がない状況であった。


「助力してくれたことには感謝する。だが、もう用がないなら領地へ帰れ! 争いしか生まれんぞ!」

 

「……それは出来ない。まだその時ではない」


 暖簾に腕押しのような状況に苛立つハーレスに困惑する他の者達。よくよく見ればシモン達ラギアスの私兵は警戒を解いてはいなかった。――まだ戦いは終わっていないとでも言うように。


「シモンさん。それはどういう意味でしょうか?」


「ルーク殿。我らの主人は無駄な事はなさいません。ましてやその主人がこの場にいないのなら……」


 嫌な予感がする。確かにジークは無駄を嫌う効率主義者だ。その友人が意味もなく私兵団を留まらせるとは思えない。


 監視をしていた部隊から悲鳴のような声が上がる。視線を向けた先には――。


「みんな疲れが溜まっているね。あれだけの数に気が付かないなんてね……」


「馬鹿な、何でまだ魔物がいるんだ……」


 夥しい数の魔物。ここまで相手にしてきた数以上の魔物が群れを成して迫ってきている。抗いようのない黒い災厄が全てを破壊するかのように。


「は、ハーレス連隊長⁉︎ 先頭の魔物を見て下さい! あれは……」


「⁉︎ ば、バジリスクだとッ⁉︎ 毒竜が何故こんな所に……! しかもなんて数だ……希少種であり危険種なんだぞ⁉︎」


 ルークの顔が強張る。毒竜バジリスクはルークにとっても特別な魔物であった。自身の快復の切っ掛けであり、親友との出会いでもあった。そして、その危険性は父親から何度も説明されていた。


「回復役は……ほとんど余力無しかよ。ヒーラー無しで戦うのは自殺行為じゃねえか」


「飛んでいる竜までいます。……これはもう」


 飛龍と呼ばれる亜竜の姿も確認できる。複数の竜種が群れを成すなど本来はあり得ない。あり得ない事態が何度も起きていた。


 撤退するにも馬が足りない。走って逃げる余力も無い。そもそも魔物の方が断然速い。


「逃げたところであれが行き着く先は王都だ、クソが! 俺達の役目は少しでも足止めすることかよ」


 剣を抜くハーレス。決して口にはしないが責任を感じていた。


「馬に受験者を乗せて逃げろッ! そして援軍を呼んでこい!」


 ハーレスの部下が一緒に逃げましょうと宣い、殴られている。


「何度だって戦う。その為に僕は……」


 魔力を練ろうとするルークであるが、力尽き膝を突いてしまう。満身創痍であった。


「なんて厄日だ。こんなに働いたのは久しぶりだよ」


「ザッツライト! ……ミスターヨルン? まだセッションは可能かな?」


 無茶を言うねと杖を構えるヨルン。レッツゴー!とレイピアを抜く仮面の変態。それに続く騎士や魔術師。

 総力戦の様相となっているが、明らかに数が違い過ぎる。荒れ狂う嵐を前にした人間は無力だ。


「ファーストアタックは私が……いや、やめておこう」


 先程までの威勢から一転、レイピアを納める仮面の男。腕を組み頷いていた。


「本当におかしくなったの? 戦力に数えられるのは君と僕と後は、僅かしかいないのに」


「聞こえないかい?」


 耳に手を当て目を閉じる金色男。

 もうダメかもしれないと諦めの感情が頭をよぎる。やはり彼とは馬が合わないとヨルンは考えていた。


「私には聞こえるよ……マイフレンド悪魔の足音が……」


「だから何を……え?」


 途轍もない膨大な魔力を遥か上空から感じる。荒れ狂う嵐を消し去る強大な暴力を。


「滅茶苦茶だッ⁉︎ 全員伏せて、障壁を張るよ!」


 残りの魔力全てを防御魔法に注ぐヨルン。彼がここまで取り乱している姿は珍しい。それだけの事態が起ころうとしていた。


 天より落とされた巨大な隕石。

 それは雲を貫き空を映す。

 大気は切り裂かれ轟音が響き渡る。

 魔物は役目を忘れ空を見上げる。

 消された感情を本能が呼び起こす。

 死の恐怖から脚を止めてしまう。

 

 呼び寄せた氷の星石。

 落下と共に発生した衝撃が魔物を吹き飛ばし、冷気の余波により凍てつき、霧散する。

 逃げ惑う魔物を一切の容赦なく蹂躙する魔法の暴力。大地を砕き、冷たき死の世界へと誘う。


『アイシクルメテオ』


 人々は理解した。災厄は突然訪れるからこそ恐ろしいのだということを。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 衝撃と余波によりしばらく身動きが取れなかった。直接攻撃を受けた訳でもないのに、障壁を維持するので精一杯であった。

 

「何だこれは。俺達が使う魔法と同じなのか? いや、違う。これはただの暴力だ」


 ヨルンを主体に、他の者が協力する形で魔力障壁を保っていた。持ち堪えることが出来なければ魔物と同じ末路を辿っていたことだろう。


 ルークが与えたのが希望の光であれば、彼の者がもたらしたのは絶望の闇。

 魔物は命を失い人は恐怖した。力の無い者からすれば畏怖の対象でしかない。

 自分と違うこと。それは恐ろしいことだから。


「何をしているシモン。いつまで俺を待たせるつもりだ?」


「申し訳ございません、ジーク様」


 首を垂れるラギアスの私兵達。ゆっくりと歩を進めながら現れたのは黒髪の少年。身に着けた衣服は赤黒く染まっていた。


「お怪我はございませんか?」


「本当にそう思っているなら貴様は重症だ」


 魔物の返り血により染まってしまったようだ。衣服が全体的に赤黒く染まるにはどれだけの魔物を倒せばいいのだろうか。


「ジーク……来てくれたんだね」


「ふん、偶々用があったに過ぎん。……多少はやるようになったようだな」


「ハハッ、やっぱり君には敵わないよ」


 恐怖に飲まれる者がいれば、ルークのように再会を喜ぶ者もいた。他には興味深く観察する者、ポーズを決める仮面などがいた。


「早速だけどジーク。あの魔物達は一体誰が……」


「王都で騒いでいた奴らと同じだ」


 ジークによるとイグザ平原の奥地でも似たような魔法陣を確認したらしい。ただスピリトで確認した物と違うのは、魔法陣が一箇所に留まらず移動するように配置が変わるところ。ランダムなのか操作されているのかは分からないが、それが複数存在するのは確かということである。


「それじゃあ、対処のしようがないじゃないか」


「でも、君ならそれが出来るのかな? ……久しぶりだねって程でもないかな?」


 魔力を使い果たしたヨルン。顔色は悪く辛そうに見える。


「無様だな。……そこで這いつくばって惨めに見ていろ」


「ならば私が力を貸そうか? 我が戦友よ」


 金色のコスチュームは色褪せ仮面は半分欠けている。それでも存在感が損なわれないのは生まれ持った才能かもしれない。


「……何だその間抜けな格好は? 近寄るな変態」


「やれやれ、そんなに喜ばなくてもいいではないか」


 オーバーなリアクションを取る仮面の変態。まだ余力はありそうであった。


「連隊長⁉︎ また魔物の群れが迫って来ています! 何が起きているのですッ⁉︎」


「俺が知るか! でもこれじゃあジリ貧だ……」

 

 先程消し飛んだ魔物よりも更に数が増えている。ハーレスが言うようにこれではきりがない。


「いちいち喚くな劣等種共。……死にたくなければそこを動くな」


 ジークが一人前へと出る。その後をラギアスの私兵団が続く。王に従う家臣のようであった。


「まさか……また先程の魔法を撃つつもりか⁉︎ 全員この場を離れろ!」


 ハーレスの指示に従える者は皆無であった。全員が疲れ果てて動けない。または諦めてしまっていた。


「どうやら違うようだよ。……先程よりも危険かもしれない」


 ジークを中心に広がる膨大な魔力。それがラギアスの私兵達を飲み込み、一人一人と繋がってゆく。次第に魔力が重なり合い巨大な輪となる。


「超ビッグサプライズ……。私達は新たな歴史の一幕を目の前にしている」


 全てを掌握したかのように、ジークが繋げていた魔力の輪は虹色の光を帯びる。


「五十人規模でのユニゾンリンクだと⁉︎ そんな物、机上の空論……餓鬼の妄想レベルだ。それなのに何故……」


「ハッ、無力な貴様とは全てが違う。餓鬼からやり直したらどうだ?」


 異なる魔力の流れを完璧に合わせることで発動可能となるのがユニゾンリンクである。連携魔法が加算であればユニゾンリンクは乗算となる。威力に規模、難易度の全てが桁違いだ。


の真似事をするとはな……。貴様ら、蹂躙しろ。そして理解させろ。邪魔をするなら容赦はしないとな」


 シモンら私兵達は三年前の当時を思い出す。ノルダン原野での戦いを。絶望に満ちた虹色の光を。

 それが今では自分達を導く王の威光へと変わる。


 ルークが世界を塗り替えるなら、ジークは世界を破壊し、新たな理を作り出す。それが彼らの物語の結末となる。


『冷界召喚』


 対象範囲全ての概念が停止する。魔物はもちろん、存在する風も大地も光も闇も。魔力を含む全てが等しく凍結する。

 本当の終わり。世界の終わりを体感した者はこの世から既に消え去っていた。

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