第三十七話

 世界が切り取られたかのような光景であった。大地は色を失い、生物は死に絶え、魔力は失われた。

 

 ジークの前方に広がるのは、かつては世界の一部であった何か。広大なイグザ平原の中心に現れた死の世界。ユニゾンリンクによって発動した魔法は既に効力を失っているが、及ぼした影響は余りにも大きかった。


「……奴は俺達と同じ人間なのか?」


「人間さ。だから我々は生きている」


 魔法の効果範囲外であるジークの後方に変化はなかった。自分達を慮った結果なのだと説明する仮面の男。結果だけを見れば確かにそうかもしれない。だがハーレスはその言葉を素直に受け入れられる程ジークのことを深く知らなかった。


 ここまで戦い続けてきたラギアスの私兵達。ユニゾンリンクの核を成していたのはジークであるが、彼らもその一部であることに変わりはなかった。

 顔色は悪く呼吸も荒い。地面に膝を突く者もいる。魔力欠乏の症状が表れていた。


「ふん、まだ精度が低い。タイミングもずれている。他には……」


 独り呟くジーク。満身創痍の私兵達に対してジークに変化はない。普段と変わらない平常運転であった……表面上は。


「敵の気配どころか魔力そのものを感じない。これでは魔法を紡ぐことは出来ない……」


「終わることのない魔物の召喚。なら、その行為その物に制限を掛けてしまえばいい。魔力を消し去ることでね……何とも恐ろしいじゃないか」


 魔力が枯渇した大地。それはこの世界では災厄の一つとして数えられている。生とし生けるものと魔力を切り離す事。即ちそれは死を意味するからだ。

 

 大気にも動植物にも魔力は含まれており、人は見ず知らずの内に魔力を体内へと取り入れ、放出している。内包する魔力と外延する魔力とのバランスによって、均衡を無意識に保っているのが生物である。


「個人差はあるけど、人が持てる魔力量には限りがある。だから連携魔法やユニゾンリンクって技術が生まれた訳で」


 この世界の人々は生まれた時から誰もが魔力を持っている。血筋や才能による差はあるが、鍛錬によって魔力の総量を増やすことも可能である。日常的に魔力を扱う者はより顕著となる。

 魔物が蔓延る日常を生き抜く為に、人は力を身に付ける必要があったのだ。


「それでも限度がある。……今の君は相当無理をしてるんじゃないかな?」


「知ったような口を利くな」


『冷界召喚』


 作中でジークが一度だけ使用した古代魔法の一つとなる。ジーク浩人と同じようにユニゾンリンクによって放ったのではなく、とある特殊な条件下で発動させた禁忌の魔法。

 私利私欲の為だけに住民含む都市全てを消滅させた。老いも若いも関係ない、己の野望の為に全てを消し去ったのだ。


「君のことは詳しく知らない。それでも言わせてもらうよ。僕は立場上多くの才能を目にしてきた。目上も年下も関係なくね」


 魔術師として長く活動してきたヨルン。才能溢れる秀才がいれば、ゆっくりと成長していく大器晩成型がいて、生まれ持った素質の上に胡座をかく者など多くを見てきた。


「君の力は強力過ぎる。その力で何を成そうとしてるんだい? ……過ぎた力は身を滅ぼすよ」


「……」


「君は知っているはずだ。がどのような役割を持っているのかを」


 ラギアスの役割。聞き慣れない言葉にルークは何故か不安を覚える。


「ラギアスは無能で悪評まみれくらいが丁度いいんだよ。それでバランスを保ってきたからね」


「ミスターヨルン。これ以上は私も動かざるを得ないが……?」


「君はただの通りすがりなんだろう? 一体何をするのかな?」


 これは一本取られたと肩をすくめる仮面の男。二人のやりとりに割り込むつもりはないようだ。


「実情を正確に理解しているからこそ今の君があるんだろうけど。君はあの「そこまでにしておけ」」


 鋭い視線がヨルンを射抜く。冷き瞳は全てを平等に映している。平等に全てを拒絶していた。


「黙って聞いていれば好き勝手に物を言う。それは賢者の真似事か三下?」


 ジークから感じる殺意を含んだ圧倒的なプレッシャー。ほとんどの者が気圧され恐怖を覚えている。耐えきれずに気絶する者までいた。

 同じように身を強張らせるヨルンではあるが感じた感情は恐怖とは別の物。これ以上は踏み込むなという拒絶。警告のような意思を感じた。


「なら同じ言葉をくれてやる。……貴様らの施しを受けるほど俺は廃ってはいない」


 力からくる絶対的な自信。他者を拒絶し、屈服させ、時に憧憬を抱かせる。これまで多くの者に影響を与えてきた悪のカリスマとでも言うのだろうか。

 だがヨルンが思ったことはいずれでもなかった。ジークもまた何かを恐れ恐怖している。それがラギアスの役割と関連するのかは分からないが。


「賢者様と同じお言葉を頂けるなら光栄だね。……もう何も言わないよ」


 何かあれば魔術師団を訪ねてきなよと締めるヨルン。不穏な空気は少しずつ霧散していった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 イグザ平原での戦いは幕を閉じた。何度もあった魔物の襲撃はジークの蹂躙以降発生することはなく、騎士達を始めとした一行は王都へ帰還する流れとなった。


「それでは諸君、また会おう。ハイヤー!」


 自前で用意していたのか、仮面の男は白馬に跨り颯爽と王都の方向へと馬を走らせて行った。仮面は取れかけ服はボロボロのなんとも言えない姿ではあったが。


 受験者を中心に囲うように騎士や魔術師が隊列を組み移動を始める。負傷者も多いことからゆっくりしていられる時間はない。至急報告も必要であり、確認しなければならないことがいくつもあった。


「馬車を用意しているとは流石だね」


「貴様らの分はないがな」


 ラギアスの私兵達は馬車に乗り込み王都とは逆の方向へ移動を開始する。今更ではあるが、ラギアスの私兵がいきなり王都に現れれば、余計なトラブルへと発展することは目に見えているからだ。


「王都に帰れば色々と忙しくなるな。……ルーク、君も一旦スピリトに来てもらうよ。功績者であることはもちろんだけど、何より君も受験者だからね」


「はい、それは分かっていますが……先に行っててもらえませんか? 僕は後から追いかけます」


 ルーク、そしてジークを見て頷くヨルン。


「分かったよ。でも余り遅くなると置いていくかもしれないよ」


 騎士や魔術師に受験者、ラギアスの私兵。全員が移動を始め残されたのは二人だけとなった。


「ジーク……また君に助けられたね」


「勘違いするな。俺の都合に過ぎん」


 いつも通りの気兼ねないやり取り。つい先程まで命の危険があったが、今では魔物の影も形もない。


「驚いたよ。シモンさん達まで連れて来るなんてね」


「奴らには良い教訓になったはずだ」


 当たり障りのない言葉しか出てこない。他にも聞きたいこと、話したいことは沢山あるのに。

 身体は大丈夫なのか。私兵団を動かして問題ないのか。敵の目的は、あの魔法は。どうして自分の友人はいつも一人で無茶をするのだろうか。何故もっと自分を頼ってくれないのだろうか。


「これが現実だ。お前はあの騎士団を見て何を思った?」


「それは……どういう意味だい?」


 ジークの言わんとしていることは分かる。だがそれを素直に認めることは出来ない。これまでの自分の全てを否定するような気がするからだ。


「力が多少あるのは一部のみで他は無力なゴミばかり。そのゴミを目指して志願してくる憐れな無能者共」


 多くの被害が出た。ヨルンや仮面の男、ハーレスなど一部の優秀な人間がいたからこそ、被害を小さくすることが出来たのかもしれない。逆を言えば足を引っ張った者がいるのも事実であった。


「軍には下手に頭が回る奴らがいる。志願者共を切り捨て敵を討とうとする間抜けがな。……無能なゴミを切り捨てることには同意するがな」


 今回の襲撃を予測していた国軍の一部。入団試験を利用する形で敵の裏をかこうとしたが、却って被害を増大させる結果となってしまう。


「お前は何をしたい? 腐敗した連中に未来があると本気で思うのか?」


 ルークでなくとも騎士団や魔術師団の在り方に疑問を覚えた者は沢山いただろう。それも無理はない。自分達を囮に使われて快く思う人間などいるはずもないのだから。


「お前が目指してきた物はアレなのか? 身の振り方を考えろ。お前の居場所は他にある」


 ジークは無駄な発言をしなければ行動もしない。一つ一つに意味がある。口下手な友人は何かを伝えようとしている。


 ――ここが一つの分岐点かもしれない。


へ来い。俺がお前に道を示してやる」


 この選択が何かを決定的に変えてしまう。二人の道を隔ててしまう。もうこれまでのようにはいかないかも知れない。そんな気がしてならない。


 騎士になること。それは盲信的な単なる子供の夢に過ぎなかった。父に憧れて。大きな背中をただ追いかけたくて、見たくない物からは目を逸らしてきた。

 

 理不尽なまでの不幸に襲われて。

 圧倒的な存在に救われて。

 揺るぎない意思を見せつけられて。


 いつからか単なる夢から明確な目標へと変わった。騎士に憧れた根幹部分は今もある。過去と違うのは目の前の友人と対等でありたいという想い。一人で全てを背負おうとする友人の力になりたい。友人と同じように多くの人を救いたい。親友の隣で笑っていたい。


 答えは既に決まっていた。例え何かが変わってしまったとしても選択しなければならない。


「僕は騎士を目指すよ。何かを変える必要があるなら正してみせる。……一生懸けても難しいかもしれないけどね」


 ハニカミながら語るルークの姿は年相応に見えた。真っ直ぐジークを見つめる姿はと変わりなかった。


「そうか……もう行け。不合格になっても知らんぞ」


「手を貸そうか?」


「要らん」


「じゃあ、僕は行くよ。君も王都に用があるんでしょ?」


 また今度と言い残しルークは騎士達を追いかけて行った。


 静かに風が頬を撫でる。

 残されたのは悪役ただ一人であった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 広大な面積を誇るイグザ平原に一人佇むジーク浩人。人も魔物も存在しない大地。足元には赤い花が咲いていた。


「ゴホッ……貧弱な体だ」


 口から吐血し膝を突く。体は燃えるように熱く血が止まらない。誰が見ても分かる、明らかな重症であった。


 イグザ平原に現れた件の魔法陣。それを誰の手も借りず一人で対処していた。何十、何百という数の魔物を相手にしたのだ。いくらジークのポテンシャルが高くともヨルンが言うように限度がある。魔力も体力も既に限界を迎えていたのだ。


(まだ……足りない)


 孤軍奮闘する中、彼方に現れた輝かしいまでの光。原作で見たフォンセルの必殺技であると直ぐに勘付いた。やはり思い違いではなかったのだと。


「――⁉︎ ゴフッ……クソが」


 永遠に継続する魔法など存在しない。これで最後だろうと考えて撃った星落としの魔法。それで終わりのはずだった。だが無情にも魔物の襲撃は止まらなかった。


 博打であった。構想段階であった私兵団を使ったユニゾンリンク。残された手札はそれしか無かったのだ。


(原作のジークを超えただけでは何も変わらない、変えられない)


 世界を壊し理を紡ぐ禁忌の魔法。効果も規模もリスクも被害も。全てを理解しながらも放つしかなかった。制御を誤れば全員が死亡していたかもしれないのに。


(こんな力では……到底敵わない。せめて一人で冷界召喚あれを出来る様にならないと、な)


 この世界に存在するルール。世界の仕組みに抗うにはもっと強くなる必要がある。ルークも結局は道を外れなかったのだから。


(俺は死なない。絶対に生き抜く)


 悪役に徹しろと言うのであれば従ってやる。従った上で全てをひっくり返す。最後に自分が生きてさえいればそれでいい。


(独りでも関係ない。敵対するなら正義も悪も……)


 空が暗くなり雨が降る。大地に咲いた色鮮やかな赤い花は時間と共に散ってしまう。

 

 暗がりの中、何かが鈍く光った。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「驚いたよ。強い強いと聞いてはいたけど、想像以上だったね」


 雨が降りしきるイグザ平原に現れた影。


「あれは特別製だったのにね……。魔法陣が魔法陣を呼び続ける、なんて……画期的だったんだよ?」


 心なしか存在を希薄に感じる。


「古代魔法を持ち出すなんて反則だよ! おかげで実体を持たない思念体にまでダメージをもらったよ」


 段々と影が薄くなる。今にも消えてしまいそうだ。


「鍵の反応はあったし……しばらくは大人しくするよう進言しないと。……ジーク・ラギアスはもうほっとこう」


 あれは災厄レベルの最悪である。下手に刺激すれば地の果てまで追いかけて来そうな勢いである。


「本体にまで影響が出るなんてね、もう疲れたよ……。でも不思議だなぁ? 何でラギアスが古代魔法の知識を持ってたんだろう? 実は家全体で無能を演じてるとか……」


 激しい雨に紛れて影は消失する。



 

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