第八話

「先ずは身内の無礼をお詫びさせて下さい」


 フードを外した銀髪の少女。歳はジーク達よりも少し目上と思われる。


「その髪色は……!」


「少年、その認識に誤りはないが安易にその言葉を述べるべきではない。騎士を目指すなら尚更だ」


「良いんです、ゴルトン。珍しく映るのは事実ですから」


 ディアバレト王国。その王族に連なる者は皆、銀色の頭髪という特徴がある。異なる部分としては個人によって銀髪部分に違いが出る。より濃く王家の血を引いている者は髪全てが銀色となり、そうでない者は一部分にしか銀色は現れない。

 

 王の直系であれば無条件で銀髪を持つわけではなく、遠縁から髪の毛全てが銀色の子が生まれたケースもある。単純な遺伝という意味ではなく、王の素質として濃く血を受け継ぐ。

 髪の色によって王位継承に影響を与えた歴史があるほど、銀という髪の色はディアバレト王国にとって特別だった。


 その特別な銀を髪の毛全てに受け継いだ少女。公爵家の生まれということもあり、彼女の存在は特別だった。――良くも悪くも。


「挨拶が遅れました。私はシエル・アステーラと申します。ルークさんが仰る通り、歴史を辿れば王家との繋がりがあると言えます」


「アステーラ公爵家……。歴史も何も公然たる事実ではありませんか。大変申し訳ございませんでした」


 ルークが慌てて跪く。いくら平民とはいえ、この国における銀髪の意味や王家との関係が深い貴族家のことは把握している。……知っていたなら事前に教えて欲しかったとジークに対して内心恨めしく思う。当の本人は何処吹く風という表情をしていたが。


「ルークさん、普段通りで構いません。そもそも身分を隠して失礼な態度を取ったのはこちらです」


「しかし……」


「おい、本人がいいと言ってるんだ。話が進まんだろうが」


 相手の正体が分かったところで態度に変化はない。公爵家を前に変わらないジークを見てルークは、彼は少し頭がおかしいかもしれないと考えていた。


「……ラギアス、今となってはその態度は許さない。立場の違いを知れ」


「威を借る小物か? 銀髪がどうした。……結局何をしたいんだ貴様らは? 俺はいつまでこの茶番に付き合えばいい?」


 下手をすれば首が飛んでも仕方がない態度。だがジークが言うように話が進んでいないのも事実だった。


「二人とも、彼の言い分はもっともです。私から説明します」


 納得のいかない表情の二人であったが口を噤む。


「単刀直入に申します。国内のとある地方都市で謎の疫病が広まっています」


「……! 謎の疫病……それは一体?」


「そのままの意味になります。原因不明の病が民を蝕んでいます。治療を進めたいのですが、現時点では有効な手段を見つけることができていません」


 シエルの説明が続く。彼女によれば前日まで元気だった人間が急に体調を崩すらしい。体のだるさや頭痛、発熱、食欲低下など一般的な風邪の症状に近い。

 それだけであれば謎の疫病という形で騒ぎになることはないが、数日後その人間は意識を失い昏睡状態となったらしい。


「風邪からの昏睡状態ですか……。例えばその人が他に持病があったとかは?」


「否定はできません。しかしそれが一人の方だけではなく、次から次へと町中へ広まったらどうでしょうか?」


 初めは町を揺るがすほどの大きな騒ぎにはならなかった。しかし時間が経過するごとに似たような症状を持つ人間が出始め、次第に全員が昏睡状態となる。


「当初は一名でしたが少しずつ広まり、今では四十名の感染者を確認しています」


 都市の人口に対しての四十という数字をどう見るか。感染が広まれば都市機能は低下し、最終的には完全停止となる。それが国中に拡大すればどうなるか。


「初めて症状を確認した方はどうなったのですか?」


「今でも昏睡状態で意識は戻っていません。魔法や薬による治療も効果を成してない状況です」


 感染者の年齢や性別はバラバラで共通点はない。それどころか感染経路までが不明。感染者とまるで接点の無い人間がある日突然同じ状況となる。


「それでは……対処のしようがないのでは」


「はい、できることは都市を封鎖して疫病を広めないこと。一日でも早く感染源を特定し治療法を確立することでしょうか」


 現在該当の地方都市は封鎖されて、緘口令が敷かれいる。

 状況次第では国が傾く。だからこそ秘密裏に動く必要があった。


「不確定な情報が広がれば国民が不安に駆られます。ですので皆さんの耳にも入っていないはずです」


「確かに初耳です。だからこのような方法で。……しかし何故この話を? 内容からして一介の冒険者である僕達に伝える意味は薄いと思いますが」


 有能な魔術師に医者や薬師。他に当たるべき人間はいるはずだが。


「もちろん、各所に協力を仰いでいます。今回お二人に声を掛けたのはルークさん、貴方がきっかけとなります」


「僕が? ……そうか、魔力硬化症か」


「奇病の一つとしてそれは数えられていました。しかし治療法は確立されてなく、患者の数も極端に少ないので世間一般には認知されていないでしょう」


 専門家達ですら知識は乏しい。だからこそブリンクは苦労することになったのだ。


「その奇病から貴方は生還しました。存在しなかった特効薬によって」


 そもそも正式な病名すら定まっていなかった。それほどまで珍しい病気を乗り越えたルーク。

 今回の件との関連性は不明ではあるが、奇病という部分は共通点と言える。


「その特効薬をもたらしたのが、ジークさん貴方でその関係性を生んだのがブリンクさんとなります」


 当時薬師協会や医者を中心に大騒ぎになり、国も事態を把握していた。本来であれば直接本人に聴取を行うが、関係者にジークが含まれていた。

 ラギアス家は国としてもある意味扱い辛いことから、調査は諜報機関に任されそれきりとなる。


「今回の疫病騒ぎの原因は未だ分かっていません。だからこそ複数の視点から解決策を模索する必要があります」


 腕を組み目を瞑るジーク。何か考えがあるのか。


「どのような些細なことでも構いません。貴方やラギアス家が何かご存知ありませんか? 現地で協力を願いたいのです」


 ジークに視線が集まるが。


「知るかそんなこと。貴様らで勝手にやれ」


 一刀両断。無慈悲にシエルの言葉は断ち切られてしまった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 幼い頃から自分の髪色が嫌いだった。望んでそうなった訳では無い。それでも周囲はそれを許容しなかった。

 良くも悪くも特別扱い。少女の出自が少女の立場を危うくしていた。ただの望まれない子供でいた方がどれだけ幸せだっただろうか。


「銀髪がどうした」


 自身を否定されることは幾度となくあった。だが髪色を否定されたのは生まれて初めての経験だった。

 王家の侮辱として処罰されても仕方がない発言で、本来は憤りを感じなければならない。にもかかわらず胸の内を占めたのは驚きだった。


 初めて髪色ではなく自分自身を見てくれた。当時は直ぐには分からなかったが、それを嬉しく感じていたのだろう。今では少女の大事な言葉となっている。


「銀髪がどうした!」


 脈略のない急な発言に訝しがる彼。その表情が可笑しくてつい笑みがこぼれる。その様子から彼の眉間に皺が生じてまた笑ってしまう。


 小難しい言葉で罵倒されるが少女は分かっていた。彼の言葉や態度の裏には優しさが隠されている。傍から見る分には感じることのない優しさが。


 昔から嫌いだった髪色だが今ではとても大事に思う。生まれや血筋は関係ない。彼との出会いはこの銀の髪によって導かれたのだから。

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