第二十二話

「ここはダンジョンの外でしょうか?」


「そうみたいね……」


 グランツ調査部隊全員がダンジョンから転移していた。一人も欠けることなく。


「まさか……本当に成功するなんて」


 未知の古代魔法を応用し即興での『ユニゾンリンク』。闇夜に針の穴を通すような極めて難易度の高い偉業を二人は成し遂げた。


「俺達は仕事を完遂したのか?」


「……そればっかだなお前」


 つい先程までは死が身近に迫っていて状況だったため、各々が生還を実感できないでいた。

 

「さすがに、もう魔力がありませんね」


功労者である二人は地面に腰を下ろしていた。


「……当然だ。何のために魔力を節約させたと思っている」


(不測の事態に備えて、ということですか……)


「老骨に鞭打ってやっとだったのですがね」


「ぬかせ、貴様が俺の魔法術式に干渉したことは分かっている。……余計なことを」


「私は微調整しただけに過ぎませんよ。ふむ、……サイドディッシュと言ったところでしょうか?」


「俺を食い物に例えるとはいい度胸だな」


 会話だけを聞けば好戦的なようにも聞こえるが、二人の間にはどこか和やかな空気が流れていた。死線を共に乗り越えた戦友のようだった。


(底が知れない少年ですね。古代の魔法理論を現代のものへと当てはめるとは)


「……このような姿勢で申し訳ございませんが、調査部隊を救って頂き誠にありがとうございます」


 グランツが神妙な面持ちで頭を下げる。


「貴方がいなければ全員が生還することはなかったでしょう」


 他の調査部隊の面々も感謝の意を湛えていた。


「全ての責任は私にあります。私にできることなら何なりとお申し付けください」


「勘違いするなよ。全て俺の都合でしたことだ、貴様に感謝される謂れは無い」


 相変わらずの傲慢な態度。だが初めて対面した時のように場が凍てつくようなことはなかった。


「……今回のことに懲りたなら、もう二度とこのダンジョンには近付くな」


「さすがにもう嫌よ」


「同感ですね。得られる物に対してリスクが高過ぎます」


「でもいいのか坊主? このままいけばこのダンジョンは閉鎖になるぞ?」


 今回の調査結果を国へ報告すれば間違いなく指定禁止ダンジョンとなる。すなわちそれはダンジョン事業の凍結を意味していた。


「無価値な負の遺産を管理するバカがいると思うか? 国の好きなようにさせればいい」


「死傷者の多いダンジョンだと探索者も却って減るでしょうからね。きっと良かったのです」


(確か彼はまだ十二歳と情報がありましたね。……私が勝っている点は歳と経験といったところでしょうか)


 若い頃から魔術師団に所属していたグランツ。国のため、国民のため、同僚のため、家族のため、そして己のために尽力してきた。


(年齢を考えれば驚異的な才能を感じます)


 今では『賢者』と呼ばれることも多々あるが、昔は器用貧乏だと蔑まれることもあった。半端に魔法を修めるよりも、特化した何かを持っているほうが優れているという考えも一定数あるからだ。


(ユニゾンリンクを見る限りでは魔法の心得もあるのでしょう)


 それでもグランツは研鑽を続けた。自分の信じる道を全うするために。


(後進に道を譲るのも年寄りの役目。ここが引き際なのかもしれません……)


 必死に駆け抜けてきた。魔法を学び、戦術を知り、魔導の真髄を目指した。気が付いた時には副団長の座にまで至っていた。


(もう孫を持つ爺になりました。この先を担う若者達を遠くから見守るのも悪くないでしょう)


「さて、皆さん。この場で一度切り替えて王都へ戻りましょうか」


「だな。怠いが生きてるだけマシだからな」


「貴方は一言余計なんですよ」


「王都への帰還も仕事の内だ」


 ダンジョン調査はひと段落となり各々が帰還の準備を始める。


「あなたはどうするのよ? 一員として王に謁見する権利はあるはずよ」


「知るか、それは貴様らの役目だ」


「……もういちいちツッコミませんよ」


「初志貫徹、ですね!」


 後衛部隊にこの場を任せグランツ調査部隊は帰還する。一つの出会いが終わろうとしていた。


「じゃあな坊主。今度王都に来たら飯を奢ってやるよ」


「貴方は騒ぎを起こしそうですから、その時は私も同行しますよ」


「またお会いしましょう!」


 一人また一人と馬に騎乗しその場を離れていく。残りはグランツとジークのみとなっていた。


「……何度も助けられましたね」


「ほざけ、貴様がその気になればどうとでもなっていたはずだ」


「それでも全員を救うことは叶わなかったでしょう」


「そう思うならもう二度と同じ失態を繰り返すなよ」


「仰る通りですが……本当に手厳しい方ですね」


 今日初めて会ったはずなのにお互いのことを理解している感覚。この出会いの終わりをグランツは名残惜しく感じていた。


「……借りを返す機会を与えてやる」


「? 老いぼれにできることなら何なりと」


「数年後に貴様のもとを訪ねて来る奴らがいる。茶髪の男や白髪の女など何人かだ」


「それは……いえ、貴方のことですから何か考えがあるのでしょう」


「そいつらは今回のダンジョンに用がある。貴様は同行を求められることになるだろう」


「それはまた危険な要望ですね。老いぼれには厳しい案件になりそうです」


「だったらそれまでに腕を磨け。己を律しろ。同じ轍を踏むんじゃないぞ」


「肝に銘じておきましょう。それが貴方への、ジークさんへの恩返しとなるのであれば」


 ダンジョン調査は終わりを迎えた。原作とは異なり一人も犠牲者を出すことなく。

 だがグランツはこの後に魔術師団を完全に離れ隠居することを選んだ。後進へ道を譲り退く形だ。結果だけを見れば原作と変わらない状況。――そこに誰かの意思が存在するのかは分からない。




第一章完結

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る