第二十一話

「何なのよ、それ」


「先程来る途中で見た魔物を消滅させた魔法。あれの規模がより大きなものがこの空間に施されています。……この状況を再現していたのでしょう」


「つまり魔物を私達に見立てていたわけ……。随分と趣味が悪いじゃない」


「でも、賢者様なら何か策があるのでは⁉︎ この状況を打開するような」


「……魔法を打ち消す技術は確かに存在します。ですがそれは対象の魔法を完全に掌握する、もしくは同じ魔法を使えることが前提です。私は今日初めてこの魔法を目にしました」


「それでは……」


「……大変申し訳ございません」


 絶望に包まれる一同。天を仰ぐ者、地べたへ座り込む者、祈りを捧げる者など様々だった。


「いつかこんな日が来ると思ってたが、今日とはな」


「私はそんな予定なかったわよ……」


「……無念だ」


 三者三様の面持ちが見て取れる。


「もっと沢山の魔法を学びたかったのですが……」


「こんな時まで魔法かよ。俺はたらふく飯を食っておけば良かったぜ」


「……どっちも変わらないわよ」


 誰もが思う。職業柄多くの死傷者例を見聞きしてきたが、自分は大丈夫だと。自分は何か特別なんだと考えてしまう。――死は誰もが平等に訪れるというのに。


「魔法陣の光る頻度が少しずつだけど早くなってる。ホントに最悪ね」


「この光が収まったら俺達は……」


「マリア様、罪深き我々をどうかお導き下さい」


 騎士になって物語に出てくるような活躍をしたい。  

 沢山の魔法を使える魔術師になりたい。

 多くの人の怪我を治したい。


 子供の頃に思い描いた夢。親、友人、英雄譚……。様々な理由から知って、興味を抱き、夢を持ち、目標となる。

 不思議なことは何もない。誰もが何かになりたいのだから。


「……グランツ様。後のことはお願い致します」


「なりません。この調査部隊の長として最後まで見届ける必要があります」


 妖しい光の明滅は止まらない。


「そうか……。賢者殿は転移魔法が使える。それなら」


「この実情を知らせることができる」

 

 次第に空間全体が軋むような音が聞こえてくる。


「このような危険なダンジョンは閉鎖しないと……。大勢の犠牲者が出ます」


「そうね、しっかりと伝えてよね。私達のことも含めて」


 魔法の影響からか、鉱石の色が失われてゆく。


「転移できるのは多くても二人だけ……。それでは意味を成しません」


「二人か。――ならこの坊主を連れて行けばいいだろ」


「そうですね。憎まれ口を叩いていましたが、今思えば私達を慮っていたのでしょう」


 各々がジークに言葉をかける。初めは悪名高いラギアス家の子息ということもあり警戒していた。実際共に行動してみれば更に印象は悪くなった。

 人を見下し、貶し、排斥する。自分本位の典型的な悪徳貴族だった。


「ホントに素直じゃないわよね。将来友達が一人もできないわよ」


「今は分からなくても、いずれ分かる日がくると思いますよ」


 だが調査部隊のメンバーは全員が理解していた。疑問に思う点は多々あるが、どれも結果だけを見れば自分達の助けになっていたと。

 何かを感じ取りこのダンジョンから、この空間から全員を遠ざけようとしていた。痛烈な言葉の裏には分かりにくい優しさが含まれていた。


(何なんだよこいつら……)


「グランツ様。我々は……犬死でしょうか?」


「そのようなこと、認められません」


(自分が死ぬのに何で……)


「でしたら……。我々が、生きていた意味を無くさないでください」


「……」


「自分達はしっかりと責務を果たしたと、お伝えください」


(ゲームみたいに、やり直しはできないんだぞ)


「……」


「わ、私達の、気が変わってしまう前にどうか……」


(どうして自分を優先しないんだ。どうかしてる。どいつもこいつも)


「…………皆さんの思い、しかと受け取りました。私も責務を全うしましょう」


 グランツの目にはもう迷いはない。国が認めた『賢者』がそこにはいた。――そして賢者ともう一人。


「黙って聞いていれば……勝手なことを。貴様らの施しを受けるほど俺は落ちぶれてはいない」


 誰もが嫌う『悪役』がいた。




✳︎✳︎✳︎✳︎




「あなたねぇ、せっかく話がまとまってたのに」


「演劇をやりたいならよそでやれ、くだらん」


「あのなぁ坊主。見ての通り時間がないんだよ」


 空間の軋みが激しくなり、揺れが起こり出す。確かに時間は残り少ないようだった。


「そうだ、時間がない。だからもう黙ってろ」


 有無を言わせないハッキリとした口調。何か考えがあるようだった。


「グランツ。……準備しろ」


「……そのつもりですが。今から転移魔法を使います」


「バカか貴様は。これからやるのは空間転移だ」


 グランツの表情が強張った。

 

 転移魔法と空間転移魔法は似たような魔法と思えるが実態は大きく異なる。

 

 転移魔法は対象のみを別の空間へ移動させる。文字通り転移するため転移対象や転移先を正確に把握し、空間という概念を理解する必要がある。そして魔法の発動には莫大な魔力が必要で、火や水属性と同じように素質がなければ扱うことが出来ない。

 

 国の魔術師達が解き明かした長年の研究成果。それを才能あるグランツが応用することで初めて使用が可能になった。いわばグランツは転移魔法の第一人者と言える。


「空間転移。理論としては確かに存在しますが……。技術はまだ確立されていません」


 空間転移は転移の対象が指定した空間となる。つまり空間に存在する全ての者を別の場所へ転移可能な魔法を指す。


「机上の空論として魔術師達は知っていますよ。……しかし貴方、よくご存知でしたね」


 対象のみの転移でもかなりの魔力や素質、技術や経験が求められる。空間ごとの転移となればそれらは必須で空間という概念の完全掌握が必要になるだろう。


「確立されてないなら今この場でして見せろ」


「……いいですか少年。そもそも空間という概念は口で言う程簡単ではありません。ましてや関連する魔法を目にする事自体がほぼありませんよ」


「そのメガネは飾りか? 帰ったらまともな物を用意するんだな。……今まさに目にするならお誂えの状況だろうが」


 大きく表情を崩すことが無かったグランツが初めて動揺を露わにする。


「……まさかこの古代魔法を」


「あり得ません! 理論が確立されてない魔法をぶっつけ本番で使う? 下手をすれば自分の魔力で体を痛めることになりますよ!」


 所有する魔力量は人によって大きく異なる。人種や血筋、才能など様々な理由により個個別別となる。だから魔法を諦めて剣の道に進む、その逆もまた然り。


 では魔力があれば全ての魔法を使えるかというとそういう訳ではない。

 使用可能な魔法の属性や種類についても人によってまちまちとなる。本来使用できない魔法を無理に使おうとしても不発に終わる。魔法の仕組みを理解し、必要な魔力量を所持していて且つ素質が必要となるからだ。

 強引に使えば体内で魔力が暴発して体を焼くことになり、無理に魔力を引き出せば命を削る結果になりかねない。


「おかしなことを言う。マヌケに立ち尽くしていても死ぬだけだろうが。……やるしかないんだよ」


「確実に救える命を秤にかける。そのような所行を私は」


「もうボケが始まったか? 貴様が講釈垂れたんだろうが。他人と協力しろなど偉そうにな」


「⁉︎ 協力ということは……」


 光の明滅がより一段と早くなり空間の崩壊が始まった。残された時間は僅かのようだ。


「貴様は転移に集中しろ、空間掌握は俺がやる。足りない魔力は貸してやる。……後で取り立てるがな」


 ジークが魔法の構築を始める。目にした魔法を分析しながら素早く魔力を練り上げ、組み立ててゆく。


「おい! この坊主は何を始めてんだ?」


「静かにした方がいい。それが今できる仕事だ」


(この短時間で未知なる魔法を修めますか……)


 グランツも同様に詠唱を始める。全魔力を一度の魔法に注ぎ込む。失敗は……絶対にできない。


「……こちらは準備完了です」


「ふんっ、無駄に年を食っている訳じゃないようだな。このまま合わせる」


 二人から膨大な魔力が溢れ出す。主張が激しかった互いの魔力は次第に同化し合わさってゆく。


「素人でも分かるわ。なんて魔力よ」


「これは……魔力というよりは寧ろ」


「旦那は分かるが、何で坊主まであんなにイカれてんだ⁉︎」


(連携は初めてのはずですが……。まるで旧知の仲のようですね)


 原作ではあり得なかった悪逆非道ジーク賢者グランツの『ユニゾンリンク』が始まる。


 崩壊までの時間はもう残されていない。

 ――破滅の直前で虹色の光が空間を覆う。


『ラオムデル』


 光に包まれ調査部隊の全員が消えた。妖しげな光に呑み込まれることなく。


 ――気付いた時には全員がダンジョンの入口へ移動していた。

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