第十四話

「この辺りが襲撃場所だ! 周辺に魔物が潜んでいる可能性が高い。守りを固めて慎重に進め!」


 シモンが兵士達に指示を出す。分隊を半分に分けて全方位を確認しながら少しずつ進む。

 ブリーズイタチは基本的にはおとなしい魔物だが縄張り意識がかなり強い。自分達のテリトリーが脅かされるなら迷うことなく牙を剥く。

 村の人間が襲われたのは食料が目的だけではなく生活圏が重なったことが理由の可能性もある。


「そろそろいいか。全員構えろ!」


 縄張り意識が強いなら敢えてそれを利用する。下手に攻撃を受けるくらいならこちらから仕掛ける。


「音響弾放て!」


 ノルダン原野に甲高い音が響き渡る。こちらの位置を相手に知らせた上で敵対行動を取る。近くに潜んでいるなら反応があるはずだ。


「……ん? うおっ!」


 一人の兵士が構えた盾に何かがぶつかる。ダメージはないが明らかに敵意を含んだ攻撃だった。


「前方十時の方向! ブリーズイタチ確認!」


 音響弾に反応してブリーズイタチが現れた。挨拶代わりに風魔法による小規模攻撃『ソニックショット』を繰り出す。


「守りを固めろ! いいか油断するなよ。魔法を撃たせて居場所を特定しろ」


 地面は草木で覆われており、魔物にとっては保護色になる。無理に攻めて被弾するくらいなら防御に徹して機会を窺う。場所を特定次第、一気に殲滅する。


 前方、左右、後方あらゆる角度から魔法が飛んでくる。想定通り魔法による連携攻撃を仕掛けてきた。


(やはり威力は低い。時間をかければ弱るのは奴らの方だ)


 焦る必要は無い。相手に魔法を無駄撃ちさせて攻撃パターンを読み解く。他の兵士に守られながら分析を確実に行う。


(二班の方も問題なさそうだな。これならいけそうだ)


「……隊長? 何やら光っているブリーズイタチがいるようですが?」


 魔法を撃ち続ける個体の後方に虹色のオーラに覆われた二体のブリーズイタチがいた。


「光るだと?……まさかユニゾンリンクか⁉︎」


 一際強い光が瞬くと次の瞬間魔法が放たれた。『ソニックショット』より強力な風の弾丸『エアバレット』が一人の兵士を盾ごと吹き飛ばす。


「ライアン! くそっ……! マルスはカバーに入れ、穴を開けるな」


「――っ! 隊長また来ます!」


 先程とは違う二体が連携態勢になる。『エアバレット』によってまた別の兵士が弾かれる。


「魔物がユニゾンリンクだと⁉︎  ……あり得ん、どうなっている?」


『ユニゾンリンク』。ゲームの戦闘システムにあった戦術の一つである。

 技や魔法を組み合わせることでより強力な攻撃を放つことができ、下位の魔法を上位魔法に昇華させることも可能だった。『ユニゾンリンク』限定の特殊技も用意されていたため、試行錯誤しながら新技を探していたプレイヤーも多く存在していた。


(仮にユニゾンリンクだったとして、何故まだ魔法が撃てる? 魔力は有限のはずだ)


 十体程度の群れと想定して作戦を組んだ。いくら魔法で撹乱しようが永遠に魔法を使える生物は存在しない。魔力には限りがあるからだ。

 それが一向に攻撃の手が緩む気配が無い。むしろ初めより過剰になっている。


「別班が隊列を保てていません。このままでは」


(気付けばいつの間にか包囲されている。作戦行動でも取っているのか……)


「……やむを得ん。一時撤退だ」


 撤退を決めるも思うように下がれない。負傷者を守りながら全方位からくる魔法を対処しなければならず、緩急のある攻撃に徐々に対応できなくなってくる。


(不味いぞ、このままでは)


 シモンが焦りながら思案する最中、不遜な声が耳に入る。


「何をふざけている。この体たらくは何だ?」


 気付けば氷の壁に兵士達全員が囲まれていた。


「これは魔法? ジーク様が……ですか?」


「その目は飾りか? それとも頭がおかしくなったのか?」


 戦場の真っ只中にも関わらず相変わらずの態度に拍子抜けする兵士達。助かったと腰を抜かす者もいた。


「危険です! お下がり下さい!」


「それは新手の自虐か? 自分達の状況をよく見たらどうだ」


 魔物の猛攻に身動きが取れなかったシモン達からすれば口を噤むしかなかった。


「雑魚が群れるな、鬱陶しい」


 ジーク浩人が魔法を構築する。

 離れた位置から様子を窺っていた浩人。身の安全を危惧して遠くにいた訳ではない。魔物の潜伏位置を大まかに把握するため兵士達を囮に使っていた。


「臆病者共を引きずり出す、黙って見てろ。――フローズンガイザー」


 広範囲に渡り大地から氷の柱が突き出す。間欠泉を思わせる氷の中級魔法が発動した。

 突き上げられた魔物が宙を舞い落下する。地面にはダメージを受けたのブリーズイタチがいた。


「……何が群れだクソが。これではコロニーだ」


 三十体近くのブリーズイタチが横たわっている。当初の想定から倍以上の数に分隊は息を呑む。魔力が尽きなかったのは物量による力技だったようだ。


「……! おい見ろよあれ」


「何だよこれ……」


 ジーク浩人が放った魔法の範囲外に新たなブリーズイタチが現れた。その数は優に五十を超える。

 長年整備を放置した付けが回ってきてしまった。


 しばらく動きが無かったブリーズイタチに変化が現れ、全ての個体が虹色の光に包まれてゆく。


「おいおいおい……。冗談じゃないぞ!」


「他のヤツはまだ横たわってる。仲間ごと吹き飛ばすつもりか⁉︎」


「不味い! 全員離れろ!」


 ――『デルタストーム』

 悪意ある仄暗い嵐が周囲一帯を呑み込んだ。

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