第9話 夜に語る
ガレナがちょっと大きな狼と称したダイアーウルフを追い払い、食事を終えた一行はその後更に少し馬車を進め、闇が深くなってきたところで野宿をすることとなった。
「夜の番は交代でとなるか……」
「いや、ここは俺に任せて皆は寝ていて構わない」
サリーが交代で寝ることを提案するがガレナはどうやら自分一人で問題ないと考えていたようだ。
「そんな。流石に一睡もしないと体に悪いですよ!」
だがフランが彼を心配し休むよう促す。
「とにかく無理はいけません。明日からもお世話になるのですから」
「うむ。確かにたまたま魔獣にそっくりな紛らわしい生物が出てきたから無事でいられたが、夜には凶暴な魔物などが出てくるかもしれぬしな」
顎を擦りながらスライが告げる。彼はガレナの言葉通り、これまで出てきた魔物や魔獣が大した事ないと思っているようだ。だからこそ道先案内人のガレナでもなんとかなったのだろうと。
「二人もこう言ってますし、ね?」
フランがガレナの手を握り優しく微笑み掛けてきた。ガレナは思わず目線をそらしポリポリと頬を掻く。
フランのナチュラルなボディタッチにガレナはタジタジであった。
「わかった――それならば交代で」
こうして夜は交代で休むこととなった。最初にスライが見張りとなり、その次がガレナとなる。
「ガハハ、この私に恐れをなしたか。何も出てこなかったぞ」
「それは良かった」
スライが見張りと火の番で立ってる間は特に何も起きなかったようだ。そして今度はガレナが見張りを行い、火に枝を焚べた。
魔境の夜は冷えるため暖を取る為にも焚き火は必須であった。そして火を見つめながらも精神を集中させる。
すると馬車の扉が開きフランが出てきてガレナに近づいてきた。
「大丈夫か?」
「あ、はい。ちょっと目が覚めちゃって。それに私だけ何もしてないのは悪いなって……」
今宵見張りを行うのはスライ、ガレナ、サリーの三人で決まっていた。フランとハイルは戦える力を持ち合わせていないからだ。
「本当は私も戦えるようなスキルがあればよかったのですが……」
フランが残念そうに語る。スキルが全てとは言えないが、凶悪な魔物も多い世界だ。やはり戦闘系のスキルを持つか持たないかで戦闘に携わる物の生存率は変わっていく。
「君はどんなスキルを?」
「私は鑑定です。目で見たものの情報が頭に流れてくるスキルで――」
気になったガレナが彼女に尋ねた。フランは鑑定というスキルについて詳しく教えてくれた。ガレナは素直に感心する。
「素晴らしいスキルだと思う。情報は宝だからな」
「それは私も良く言われました。ただ、まだまだスキルを使いこなせていなくて進化していないのです。だから鑑定できるのも植物が限度で」
あはは、とから笑いを見せフランが頬を掻いた。
「スキルは物によっては進化などに時間が必要なのもあると聞く。焦らずじっくりやるといいだろう」
「確かに鑑定は進化や派生がしにくいとは聞いてました。あ、でもこのスキルのおかげで薬の材料を見つけることが出来たから良かったと思うんです」
フランの父親を治すのに必要な薬の事だろうとガレナは判断した。危険を顧みずこうして遠方までやってきたのもフランに鑑定のスキルがあったからかもしれない。
「ガレナさんは【合気】でしたか?」
「あぁ。俺のスキルは進化も派生も0でな。だから他のスキルを当初は羨ましく思ったものだ。だが使えないとされるスキルでも道先案内人を務める上では十分役立つスキルになってくれた。どんなスキルでも使い続ければ見えてくるものがある」
ガレナの言葉にキョトンっとした顔を見せるフラン。そして嬉しそうに微笑んだ。
「ガレナさん、やっぱり優しいのですね。私を元気づけようとわざわざ……」
「べ、別にそういうのではないが……」
視線をそらし頬を掻くガレナを見てクスクスとフランが笑った。再びチラッと見られやはり照れくさそうにしているガレナである。
「君は皆からの信頼も厚そうだ。そういう信頼関係を築けるのも十分長所と言えるだろう」
「そんな私なんてまだまだ。でも皆には感謝してますよ。サリーやスライも凄いのですよ。サリーは【剣速強化】のスキル持ちで疾風の女騎士の異名で知られてますしスライは【筋力強化】で豪傑の騎士と呼ばれてます」
フランが目を輝かせた。騎士二人の事を信頼しているようである。
「それにハイルも長年我が家に仕えてくれた執事で【馭者】スキルで手綱さばきも素晴らしいのです。馬の面倒もよく見てくれていて馬の気持ちが判るんじゃないかというぐらい。馬もハイルにとても懐いていて我が家の馬をとても大事にしてくれているんです」
ハイルに関しては純粋に尊敬しているようでもある。
「全員が優秀な力を持っているんだな。もしかしたら俺が案内しなくても問題なかったかもしれない」
「そんなことありませんよ!」
フランがグッと顔を近づけ主張した。ガレナはふとしたフランの言動に戸惑いを隠せない。
「ガレナさんがいたからここまで安全にこれたんです。それに【合気】というスキルもとても素敵だと思います。何というか頑張りが感じられます!」
「あ、ありがとう」
苦笑しつつお礼を述べるガレナにニコリと微笑むフラン。
それから暫くとりとめのない話をしていると、交代の時間となったのかサリーがやってきた。
「随分と打ち解けたようですな」
微笑ましげにサリーが言った。ガレナの顔が少し紅い。
「しかし明日も早いですからお嬢様はもう少し寝た方がいいですよ」
「ありがとうサリー。そうですね……ではガレナさん一緒に寝ましょうか?」
「はッ!?」
「ふふ、冗談ですよ」
ペロッと舌を出すフラン。見ていたサリーがクスクスと笑みを零していた。
「……からかわないでくれ」
「も、もしかして怒っちゃいました?」
「いや、そんなことはない。とにかく彼女の言うように君も休んだほうがいい」
「そうですね――ただ、その君というのはちょっと他人行儀に思えるのでフランと呼んでもらえると嬉しいです」
「いや、それは――」
「駄目ですか?」
ガレナに顔を向けフランがうるっとした瞳を見せた。
「……わかったよフラン。だけどそれなら俺もガレナでいい」
「はい! ではおやすみなさいガレナ」
「……あぁおやすみフラン」
こうしてフランとガレナも休みに入った。一人見張りで残ったサリーは二人の様子を思い浮かべるようにしながら呟く。
「フランお嬢様はどちらかといえば男性が苦手そうだったというのに――やはり不思議な男だ」
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