第5話 急な依頼者
「薬を急いで届ける必要があるのか?」
泣きそうになっている少女にガレナが聞いた。話を聞く限り父親が危険な状態だと察する。
ガレナは両親を亡くしている。そういった境遇からか父親を心配する彼女を放ってはおけなかった。
「はい――父様が突然倒れたのですが、治療に必要な薬の素材はこの周辺にしかなかったのです。しかし入手に思いの外手間取ってしまい――素材を見つけ薬も調合してもらったのですが後四日以内に届けなければ命の保証がないのです」
「なるほど……届ける場所はどこに?」
事情を知りガレナが目的地を聞く。残り四日でそこまで切羽詰まっているということはかなり離れた場所なのかもしれない。
「それが――父はロイズの町の領主で……」
「ん? 何だそれなら十分間に合うじゃないか」
「は?」
「いや、何を言ってるんだ貴様は」
ガレナは何故そこまで慌てているのかよくわからないといった顔を見せた。一方で少女が目を丸くさせ騎士は不機嫌そうにしている。
「全く道先案内人が聞いて呆れる。ここからロイズまでは――」
騎士が地図を広げガレナに説明を始める。
「この魔境を迂回して行く必要がある。ここからロイズまで、迂回ルートで考えると今から四日以内で着くにはギリギリなのだ。もっともその分私が尽力するつもりだが」
「いや、何故迂回する必要がある? この山脈を直進して抜けた方が早いぞ?」
ガレナが地図を指差しながら指摘した。ロイズの町まで騎士の指摘した山脈を抜けない場合は確かに大きく迂回する必要がある。しかしここを抜けるなら一直線でいける為普通にむかってもかかる時間は半分で済むだろう。
「馬鹿が。話を聞いていなかったのか? ここは危険な魔物や魔獣、竜種が跋扈する魔境だ。無事ですむわけがない」
男の騎士の発言にガレナは地図を確認しつつ考える。この山脈はガレナが修行でこもっていた場所であった。
危険と言われれば確かに当初は苦労したが、Fランク冒険者であれば余裕で通り抜けられる道もある。
魔境と呼んでいたが、恐らくそれは危険な魔獣や竜の住み着く特定の場所のことなのだろう、とガレナは考える。
だがガレナが知っている道であればそのような危険な相手と出会える確率は低い。せいぜい空飛ぶでかい蜥蜴が飛び回っていた程度だ。
ならばそこまでの危険はない。十年もこもっていたのだからそれは間違いがないだろう――そうガレナは結論づけた。
「確かに危険が伴う。だが危険な場所は実は限られているから避けて通れば問題ないだろう。貴方達も腕には覚えがあるのだろう?」
「むっ、それはまぁ。私の実力ならそんじゃそこらの冒険者が束になって掛かっても負けることはないと自負している」
「私も自信はあるつもりだが……」
男女の騎士が答え、それなら安心だろうとガレナは判断した。しかしまかり間違って凶悪な相手がいる地帯に足を踏み入れては危険という懸念もある。
「あ、あの! もしかして貴方はこの道に詳しいのですか?」
美しい少女が地図を指差しガレナに問う。
「うん? まぁ随分と長いことこもっていたこともあるから多少はな」
「え? こ、こもっていたというと、あの魔境になのか?」
女の騎士が信じられない物を見るような目でガレナを見てきた。
「そうだが、しかし今も言ったが俺がいたのはこの山の中でも危険の少ないところだ」
「そもそも魔境に危険がない場所があるなんて初耳なのだが……」
女騎士は視線を下げ戸惑った様子を見せた。その横で少女が眉を引き締め口を開く。
「でしたらお願いします! 私達をロイズの町まで案内してください!」
「ちょ、本気ですかフランお嬢様」
「勿論本気ですスライ。今は一刻を争う事態。近道があるのならは使わない手はありません!」
フランというのか、とここでガレナは彼女の名前を知ることとなった。ついでに騎士がスライという名前だったことも。
「フランお嬢様はこう申されてますが如何でしょうか? 勿論報酬は弾みますが――」
フランがガレナに案内を頼み込んでくる中、老齢の執事が確認してきた。
「待てハイル。そのような物の言うことが本当に信用出来ると思っているのか?」
「ここまで言われているのですから全く信憑性にかけるとも思えません。それに正直迂回ルートでは厳しいかなと思っています。途中そろそろ雨に見舞われる可能性もありますしそうなってしまって目も当てられません」
馬車は雨に当たると馬の脚に影響が出る。勿論そうなっては町に戻るのが間に合わなくなる可能性が出てくる。ここ最近は晴れが続いていたが、それだけにそろそろ一雨来そうだとハイルは考えたようだ。
「そうなると可能なら直進ルートで行きたいところか」
「そうですよサリー。ここはお願いすべきです」
どうやら女騎士はサリーと言うようだなとガレナはそれぞれの顔と名前をしっかり記憶した。
「ですのでお願いです。改めて道先案内を頼めますか?」
「ふむ……しかし残念ながら俺はここの主ではない。依頼は全て叔母のミネルバが引き受けている。だから俺だけでは依頼を受けるかどうかは判断が出来ない」
「そ、そんな……」
「そら見たことか。偉そうなことを言いながら結局自信がないのだろう」
スライがやれやれといった顔を見せる。一方フランからは悲壮感が漂っていた。
「……しかしその薬がなければ父親が助からないのだろう?」
「そ、そうです。ですからどうしても……」
「そうか。だが依頼となると俺は受けられない。しかしだ、それだけに今手が空いていて暇を持て余している。どうせ新しい依頼も受けないことだしこの機会にロイズの町とやらを見てみるのもいいかもしれない」
「え?」
「道先案内人として知らない土地に行ってみるのも勉強となる。そこでだ。もしよければ俺をロイズまで同行させてくれないかな? その代わりと言ってはなんだが途中の道はしっかり案内してみせよう」
一考した後ガレナがそう提案した。少々回りくどいやり方ではあるがガレナなりに考えた結果であった。
ミネルバにはもしかしたら後で叱られるかもしれないが、どうしても彼女を放ってはおけなかった。勿論ミネルバが帰ってきてから心配されないよう置き手紙は残していくつもりだ。
「あ、ありがとうございます!」
「え?」
「まぁ」
「な、なんと!」
ガレナの答えを聞き、感極まったのかフランがガレナに抱きついた。ガレナは何がなんだかわからない様子であり顔が真っ赤になり棒立ち状態であった。
悲しいかな――ガレナはスキルを得てからすぐに山にこもりそれから十年間ほぼ一人で修業を続けていた。
その後山を降りて道先案内人の仕事に従事したが、その間もミネルバ以外の女性と接する機会が多くなかった為、肉体的には成長した現在も女性に対する免疫が低いのである。
「お嬢様何をされてるのですか!」
「え? あ、ご、ごめんなさいつい――気を悪くされましたか?」
「い、いや、そ、そんなことは、な、ないが」
フランが離れた後、ガレナは覚束ない足で後退し何もないところで躓いてしまった。
「その調子で道先案内は大丈夫なのか?」
心配そうに聞いてきたのは女騎士のサリーだった。ガレナは火照った体を合気で何とか正常化させ立ち上がる。
「勿論案内はきっちりさせてもらう。任せてくれ」
こうしてガレナは突然の来訪者でもあったロイズに付き添い、あくまでガレナがロイズの町に行くという名目で魔境に案内することとなったのだった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます