書きたいもの短編集

@kuroha_hibiki

其の一 BL①

月明り明かりだけが照らす室内で、二人の獣の息遣いと水音、普段は低い男の高めの甘い声が響く。

ほかに動くものなどなく、強い感情を抱きながら獣はお互いを貪りあっていた。

汗が流れ、お互いの体液で体は汚れ、獣を見上げる男は涙をも流していた。

見下ろす獣もまた、今にも泣きそうな表情をふと、見せる…が、其れを隠すように男の体へと顔を埋める。

いつからこうしているのだろうか、時間の感覚などはとうに失せていた。けれどきっとまだ続く。だけどいつか終わってしまう。

この時間が永遠に続けばいいのに。いまが止まってしまえばいいのに…。

思っても口にはできなかった。

夜が明ければこの関係は終わる。始まるのが遅く、終わるのは早い。

ああ、涙が止まらない。

それは快楽からか悲しみからか。

男は獣の背へと腕を回してしがみつく。

この温もりが失われる前に、堪能していたい。

笑みを浮かべて獣は男を貪る。それまでよりも激しく、深く。

やがて限界を迎えた二人は互いの欲望を吐き出し、しばらく荒い息を吐き出すだけの音が響いた。

疲労は溜まっている。動きを止めれば眠気が来るだろう。

それがわかっているのか、獣は男をうつ伏せへと変えて再び貪り始めた。

甘い声は限界を訴える。体は悲鳴を上げる。其れでも心はもっとと求める。

時折窓の外へと視線を向け、暗い世界にほっと安堵をついた。

まだ夜だ。朝は遠い。…この時間が終われば彼は、家庭を持つ。自分だけのものではいられなくなる。

涙を枕で隠しながら、快楽に溺れながら、頭はそんなことばかり考えていた。

たった一言を、互いに口にできずにいる。

やがて朝を迎えれば、言う機械など永遠に失われる。

嗚呼…時が流れるのが、怖い。

いいやそれよりも。

今この時間が、やがて後悔につながってしまうのではないか。それが、一番怖い。

言いたい。けれど言えない。言ってほしい。けど聞きたくもない。

頭の中がこんがらがってきたとき、獣の動きは激しさを増した。

自分の思考を読んだように、それを打ち消すように。

汗で、涎で、鼻水で、涙で、顔も枕もぐしゃぐしゃになっていたが、獣はそんなことなど気にすることなく口づけた。

深く、甘く、すべてを絡めとるように。

どうかこのまま、朝まで口を塞いでいて。何も余計なことを口にできないように。

何も考えられないようにずっと、ずっと激しく、壊して。

すでに喉が枯れている。

痛い気がする。だけどあふれる声は止まらない。

瞼が重い。ひどく、眠い。

体の疲労が限界を迎えてきている。

もうすぐ、意識が…嗚呼、いやだ、まだ眠りたくない。

朝になってしまえば、全部、全部、なくなってしまう。

思い出へと変わって、過去のものへとなってしまう。


「すまない。だけど――」


ぷつんと、意識が途切れ、男は眠りについていた。


その言葉だけで僕は十分嬉しい。幸せだ。だからそれ以上を知りたくはない。これは僕のわがままなのだ。幸せを胸に抱いて眠ること。ごめんなさい、だけど許してください。僕はあなたが――。


倒れた椅子が、わずかに揺れるつま先に少しだけあたって、揺れた。

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