第二十四話 「死人の群れ」

«ゴゴゴゴゴッ・ゴッ・ゴゴゴゴッ»

彩暉達が消えた殺生石の河原、その上空にぽっかりと口を開けた漆黒の空間から地鳴りが響いていた。


「紫理はん。これは、もしかして」

「えぇ。恐らくだけど、環藻が女媧の居る空間を開いた」

「ちゅう事は、彩暉ちゃんらは環藻に勝ったんか?」

「そうとは限らないわね。見てご覧なさい、覇智朗」

紫理が視線を強くして空を見上げる。


«バチバチッ。バチバチッ»

「あ、あれはっ?」

紫理の視線を目で追った覇智朗が驚く。


そこには、少しずつ染み出した漆黒の闇とその中で化学反応が起きて居るかの様な赤い雷が次々と発生していたのである。


「レッドスプライト?いえ、そうじゃ無い!」


※レッドスプライトとは、雷雲の中間圏で起こる発光現象である。

超高層雷放電の一種であり、超高層紅色型雷放電と呼ばれる事も有り、雷とは違った発光現であるが、この赤い雷は古来より凶兆とされている地域も多い。


「なんや、ジュースみたいな名前やな」

「赤雷が発生した。つまり、異種の力が向こう側で解放されたって事」

「どう言うこっちゃ?」

「女媧が実体化したの」

「実体化?せやけど夜鈴は、わいの前に何度も現れたでぇ」

「それも術よ。だから、あの娘達は女媧を倒せなかった」

「倒せなかったっちゅうより、何をしても当たらんかったんや。まるで身体をすり抜けたみたいに・・・。っ!」

「気付いたみたいね、覇智朗」

「紫理はん。あの時の女媧はホンマの力を出してなかったんか?」

「そう言う事になるわね」

「だとしたら」

不安な表情で上空を見つめる紫理と覇智朗――


«チュウゥゥゥゥゥッ!»

いつの間にか、紫理の肩に乗ったチュウ太郎も敵意を剥き出しにして、上空を見上げていたのであった。


(皆、貴女達だけが望みの綱。もしもの時は私がこの命と引き換えにしても)

「紫理はん。そん時はわいも、最後まで付き合うたるわ」

「えっ?覇智朗、貴男・・・」

心の声を聞かれたかと驚いた紫理の横で上空を見つめる覇智朗の目も、今までに見た事の無い真剣な光を湛えていたのである。




«ゴゴゴゴゴッ»

闇の中から、ゆっくりと身を捻り出すかの様に歩く女媧。


「さて、あの時のケリをここで付けてやろうぞぇ」

妖艶な笑みを浮かべる女媧と対峙した彩暉達の顔に緊張が走った。


「先手必勝っ」

女媧が動き始めると同時に、歩南は火打石を右手に握ると左手を両手で指鉄砲の形を取った。


「くらいなっ!【鬼火の指弾・連撃】!」

«パンッ・パンッ・パンパンッ»

歩南が両手を強く握りしめると右の人差し指から火の弾が連続して打ち出される。


「ほう、連射とは面白いのう。少しばかりは成長したのじゃな」

自らに向かってくる4発の火球を見た女媧が軽く笑い片手を«スッ»と翳す。


「させない!【山蔦の枷・緊縛】!」

遼歌が手印を結ぶと、女媧の足元から地を割って蔦が伸び、その両手に巻き付いた。


「何の、これしきっ!」

女媧は両手首に巻き付いた蔦を地面から抜き取ろうと腕に力を籠める。


「甘いよ!【漆黒の影縫い・硬楔(かたくさび)】!」

結那の放った楔が蔦を地面へと硬く固定した。


「くっ、これでは動けぬっ」

いつの間にかスケールアップした術を使いこなす歩南達の前に女媧は成す術も無い。


「終わりだ!女媧!」

歩南が«ニヤッ»と笑い、4発の火球は次々と女媧の身体へと着弾した。


「す、凄いよ。歩南さん、涼香ちゃんも結那さんも。女媧を倒しちゃったぁ」

彩暉の興奮した声が上がる中――


«パンッ・パンッ・パンパンッ・ボウッ・ゴオォォォッ»

女媧に着弾した火球が燃え上がり、全身を包み込んだ。


«メラメラ»と燃え上がった炎に包まれた女媧は為す術もなく立ち尽くしている。


「へへっ。どうだ、思い知ったか」

歩南がガッツポーズを見せると、結那も肩を竦ませて笑みを浮かべる。


「ちょっと、遼歌ったら!いつの間に、あんな技覚えたのよ」

「ちょ、ちょっと、栞寧ちゃん!」

興奮した栞寧に両肩を掴まれて«ガクガク»と揺すられる遼歌。



(何だか、おかしい)

皆が興奮して騒ぐ中、奈々聖だけは異質な何かを感じていたのである。


(何だろう、あたしの力が強くなっている気がする。あたしの思い過ごし?)

「どうしたの、奈々聖?」

彩暉が近づき、肩を«ボンッ»と叩いた。


「ねぇ、彩暉」

「なぁに?」

「女媧って、こんなに弱かったっけ?」

奈々聖の言葉に皆が«ハッ»と顔を見合わせる。


「不安な気持ちは分かるけどさぁ、アレを見ろよ」

歩南は«クィッ»と親指を立てて、背後で燃え続ける女媧を指差した。


「そうだけど。やっばり、変」

不安を押し隠そうとする奈々聖。


「ボクも気になるんだよ」

「あたしも」

今迄、黙っていた望永と慧も口を開く。


「気のせいかも知れないけど、力が強くなってる感じがするんだ」

望永の話を聞き、皆の表情が硬くなる。


「皆、感じている筈よ。栞寧ちゃん?」

「ま、まぁね。あたし位の術者なら当然かと思ってたけど・・・」

栞寧の言葉が濁った。

そう、何故か力が強くなったと皆も同様に感じていたのである。


「言われてみれば、そうかもね」

「はい。術が昇華した感じがありましたから」

「術が冴えわたったと思ってた。あち等の術に磨きが掛ったかと・・・。そうじゃ無いのか?」

「分かりません。でも」

結那・遼歌・歩南、そして奈々聖が誘われる様に炎の柱となった女媧を見る。


(確かに、術きキレがあるのに、何かが変だ)

最初に異変に気付いたのは歩南である。


(間違いなく炎は着弾して燃え上がった。でも、こんなに長く燃え続けるか、普通?)

炎使いの特性であろうか、燃え続けている炎がかえって不審に思えてきた。



«パチパチ・パチパチ»

炎の爆ぜる音が聞こえている――


«フッ、フフフフッ!»

炎に包まれている影から突如、笑い声が聞こえて来る。



「やっと、気づいたのかえ?妾は、もう待ちくたびれたぞぇ」

そう言うと影は炎の中から軽く手を持ち上げて振り下ろす。


«サアァァァッ»

波の引く様な音と共に燃え盛っていた炎がベールを脱ぐ様に払われると――


「そ、そんなっ。馬鹿なっ?」

歩南は絶句し、他の皆も声を失った


「たかだかニンゲンにこの姿を見せるのは、忍びないものじゃな」

そう、そこにはこれまでに見た夜鈴ではない、女媧の姿があったのである。


 神々しいまでの美しさ、だがそれは逆に邪悪に満ちた毒の華を思わせる。

そして、その手に有るものは――


「『五火神焔扇』(ごかしんえんせん)」

結那の顔に焦りが走った。

「芭蕉扇だったか、ややこしいモノを持ち出しやがって」

歩南は再び、手を構えるが――


「歩南さん、引いて下さい!」

「ここはボク達が!」

「大丈夫よ、3連撃ならっ」

奈々聖と望永そして、慧が同時に手印を結ぶ。


「【氷点の氷柱・凍結】!」

「【飯綱の刃・疾風】!」

「【飛翔の石礫・礫岩】!」

奈々聖の周りに浮かび上がった氷柱が――

望永の巻き起こした風の大剣が――

慧の足元から舞い上がった石群が――


「行っけぇぇぇぇっ」

3人の叫び声が谺して、一気に女媧へと襲い掛かった。


「他愛ない。小娘どもが」

侮蔑の眼差しを向けた女媧が芭蕉扇を一振りすると――


「う、嘘・・・」

「そんなっ!」

「何でっ?」

まるでそよ風一つも吹かなかったかの様に何事の無く、女媧は不敵な笑みを浮かべていた。



「行くよ、栞寧ちゃん!」

「任せて、彩暉ちゃん!」

形勢の不利を見て取った栞寧と彩暉が3人の前に飛び出して、手印を結ぶ。


「【雀蜂の縫線・毒針】!」

「【山雉の爪撃・鋭爪】!」

無数の雀蜂と山雉が現れ、女媧に対して波状攻撃を加えるのだが――


「何じゃ、これは?蚊トンボの群れかのぅ?痛くも痒くも無いぞぇ」

まるで蛍で追う様な仕草で芭蕉扇を振る女媧に辿り着く前に雀蜂と山雉が力尽きて次々に落ちて行く。


「こ、これは毒?」

「皆、戻って!【風神乱舞】!」

女媧の放った毒は、望永の風に散らされる。


「ふん。あの風はちと厄介じゃ。さすれば、これはどうかのぅ」

女媧は芭蕉扇の羽根を引き抜くと、地面へと撒き散らした。


「何か来るぞっ!」

「皆、気を付けて」

歩南と結那が叫ぶ。


「古に眠りし咎人共よ。ここに蘇り贄を喰らえ」

そう唱えた女媧は撒き散らした羽に向かって、«フウゥゥゥッ»と息を拭きかけた。



«ボコッ・ボコボコッ»

«ガサッ。ガサガサッ»

まるで冥界から這い上がって来る様な音を立てて、無数の人影立ちあがった。


「きゃあぁぁっ!」

「こ、こいつらはっ」

彼女達の前には、朽ち果てかけた死体の群れが立ちはだかっていたのである。


ある者は片腕が無く、ある者は顔半分が崩れている。

共通しているのは、古代中国製の武器を手にしている事だけであった。


「かつて妾に戦いを挑んで散って行った者達の亡骸じゃ」

得意気な笑みが女媧の顔に浮んだ。



「やっと分った」

彩暉達が驚き戸惑う中、只一人、遼歌だけが落ち着いていた。


「この空間は持っている妖力を増やすのよ。だから、わたし達の術も進化したのね」

「ほう、よく見抜いたのう。小娘」

«ニヤリ»と女媧が笑った。


「遼歌ちゃん?どういう事なの?」

「彩暉ちゃん。皆、良く聞いて。この空間は妖力や魔力が底上げされるの」

「それなら、あち達にも有利じゃ・・・。っ!」

何かを言い掛けた歩南が口を止めた。

同様に皆も気付いたのである。


「そう、わたし達と同じ様に女媧の力も増して行く。元々の力の差は縮まらないどころか・・・」

「ふっ。そちらと妾の力の差は益々広がってゆくのじゃ。何故、妾がこの空間から出なかったのか・・・。それが答えぞぇ。それで分かったじゃろう。妾には勝てぬと」


 自らのパワーアップで勝利を掴みかけたと思った彩暉達、だが事実は更に過酷な戦いへと道を開いたのである。




※次回の公開は、7月30日(月) 0:00を予定しています※

➡作者体調不良の為、延期となります。再開予定は改めてお知らせさせて頂きます。

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~妖 Ayakashi~ 〈美少女妖術奇譚〉 和泉はじめ @hajime_izumi

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