まだ人が少ない教室で机に向かってカメラを持って座っていると、登校してきた神野が僕の背中をバシッと叩いた。

「おはよう。何を朝から暗くなってるんだよ」

 僕は話をしたい気分じゃなく、無表情で神野を見上げた。

「どうした、もしかしてあの笑う犬の彼女となんかあったのか?」

 神野はからかおうとしているが、様子を探るような目に陰りを感じる。

 僕が手にしていたインスタントカメラを見ながら、その話題に触れない事に何か不自然なものを感じた。

「神野、お前何か知ってるんじゃないのか」

「どうしたんだ、急に」

 笑い飛ばそうとする神野。

 神野に不信感を抱いたとき、僕は違和感を覚えた。

「昨日、僕は自分が死神だと、その理由を話したよな」

「ああ、仲良くなった女の子に不幸が訪れるとかだろ。そんなの僕は気にしてないって」

「じゃあ、僕の産みの親も含めて僕の周りからいなくなった女性の数は何人だって言った?」

「ええ、そんなこと忘れたよ」

 本当にそうだろうか。あの時、神野は指を折りながら数えて五人と言ったはずだ。切りのいい数字、指で数えた事実。

 普通、そんな覚えやすい数を忘れたなんて言えるだろうか。

「神野は指で数えながら五人って、僕に言ったんだ」

「そうだったっけ? じゃあ五人なんだろ」

「ううん、あのとき僕は、自分の産みの母親、和香ちゃん、郁海ちゃん、そして育ての母親の未可子さんの四人の話しかしなかった。それなのに神野はなぜか数え間違えて五人っていったんだ」

「俺、いいかげんだからな」

「そう、僕もそう思って訂正しなかった。でもよく考えたら正解は五人だったんだよ。そこに時生映見が入るんだ」

 神野は黙って聞いていた。

「神野はそれを知っていたんだ。知っていたから五人って答えたんだ」

「それで、もしそうだったとしたら、透はどうしたいんだ?」

 お調子者の神野の目が笑っていなかった。

 こいつの目、こんなにもきつかっただろうか。それはとても冷たく感じた。

「教えてくれ。神野は時生映見の事を知ってるんだろ。だったら一年前に僕と映見が接触をしていたことも当然知っているはずだ。そうじゃなければ五人なんて数えないはずだ」

 神野は観念したかのように苦笑いになっていた。

「全てを思い出したいのか?」

「そうだ。神野はやっぱり時生映見の事を知ってるのか?」

「ああ」

 想子が言っていた事は本当のことだった。僕だけが記憶を失っていた。

 でもなぜ? その答えを神野は話し出した。

「透は思いつめてホームに入ってくる電車に飛び込もうとしたんだ。自分が消えれば映見が助かると思い込んで」

「もしかして、僕はその時の事故で記憶を失った?」

 神野は首を横にふる。

「電車に飛び込んだら、お前は今頃生きてなんてないよ」

「じゃあ、一体何が?」

 神野は一度深い息を吐いた。

「まずは時生映見に会ってくるといい。映見との賭けを先に終わらせたらどうだ?」

 神野は『写ルンです』のカメラに視線を落とした。


 神野に言われたそのすぐ後、学校を飛び出し、僕は映見のいる病院へと向かった。

 何かを思い出せると信じて意気込んで病院に着いたけども、その大きな病院を目にすると僕は思わず怯んでしまう。

 全てを思い出すことに今更怖じ気つく。そこにある真実はきっと僕を打ちのめすと本能で感じていた。

 でも僕は逃げるわけにはいかなかった。

 覚悟を決め、カメラを手にして映見がいる病室へ向かった。

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