第二章 条件つきで写真を撮る理由

「はいチーズ」

 僕がカメラを向けると、待ってましたかのように映見はわざとポーズをとる。

勝ち誇った映見の満面の笑み。漢字は違えど、映見と笑みは同じ発音。まるで映見は笑って当たり前といいたげだ。

 だからそんな顔を僕に向けないでくれ。

 それに僕はこんなことに付き合ってる場合じゃない。血の繋がらなかった母親だったとは言え、僕を育ててくれた未可子さんを亡くしてまだ間もない。呪われた法則が発動したと周りからも囁かれている中で、また女の子と関わってしまうのは不本意だ。

「ほら、早くシャッター押してよ」

 僕の気持ちなど知らず、映見は催促する。こうなったら、一刻も早く彼女から離れるためにも、やるべき事をするしかない。でも上手く事が運ばない。

「ポーズ取ってるんだから早く撮ってよ」

 自分自身どうしていいのかわからないまま、仕方なく僕は悔しい気持ちで強くシャッターを押した。

「結構これ難しいじゃないか」

 別に写真を撮る事が難しいと言っているわけではない。これにはちょっとした理由があった。

 僕はシャッターを押したあとの『写ルンです』のインスタントカメラを手に持ちイライラする。

「とにかく約束は約束だからね。それじゃチャンスはまた明日」

 してやったりと映見は調子に乗っていた。

「今日はまだどういうことか分からなかったし、一枚目は記念として撮っただけだ」

「ふーん。じゃ、かわいく撮れた?」

「ああ、まあ、それなりにな」

「何よ、それなりにって」

 会ってまだ間もないというのに、映見は馴れ馴れしい。僕にこぶしを見せて殴りかかろうとしてきた。

 僕は条件反射で身をすくませた。

「なんて冗談。透って怖がりなんだね。死神の癖に」

 僕の西守の名前を聞き間違えたことから、僕をそう呼んでいる。本当に僕は死神だということはまだ映見には話してない。

 話しても映見はきっと信じないだろうし、説明するのもはばかられる。ただ穏やかに僕は映見から離れればいいだけだ。

 そうするために、僕はこうやって彼女の写真をインスタントカメラで撮っているのだ。これは映見が僕を解放するために出した条件だった。

 なぜこんなことになってしまったのか。映見に放ってほしいとお願いしたのがそもそもの発端だ。映見は僕の願いを聞き入れる代わりに変な条件を出してきたのだ。

 逃れる方法があるのなら、突拍子もないその条件につい軽く承諾してしまった僕は、計算高い映見の策略にまんまとはめられてしまった。

 その条件とは――。

 映見の写真を『写ルンです』で撮れば、映見は僕を放っておいてくれると言う。

 一体そこに何の意味があるのだろう。エキセントリックな映見だからただのお遊びに過ぎないのかもしれない。僕もあまり深く考えてなかった。とにかく付きまとってくる映見から離れないといけない。

 映見に駅で声を掛けられてから映見の気まぐれなのか、彼女にしかわからない理由で僕に近づいてきたことで全ては変に進んでいる。

 拒絶しているのに、映見はしつこかった。

 そこで放ってもらうにはどうしたらいいのか反対に訊いてみたら、映見はその答えをその次の日に持ち越した。

 次の日に会わないようにといつもよりも早く家を出て、通学の人ごみにまぎれてみたが、映見の方が一枚上手で僕は映見から逃れられなかった。彼女には全てお見通しだった。

「見つけた」

「うぉ!」

 後ろから背中を叩かれて僕は飛び上がった。

「もしかして逃げようとしてたの?」

 屈託のない瞳で面と向かって訊かれると、僕は首を横に振ってしまう。

「いや、その、あの」

 しどろもどろになっている時に彼女は僕に何かを差し出した。

「はいこれ」

「えっ? 何これ、おもちゃのカメラ?」

「知らないの? 『写ルンです』っていうインスタントカメラ。ちゃんと写真が撮れるんだから」

 デジカメですら廃れた今、高機能なスマートフォンが普及して、誰でも簡単に写真がハイクオリティに撮れる時代にこういう時代遅れのカメラがまだあることに驚く。

「でも、これをどうするの?」

「もちろん写真を撮るに決まってるじゃない」

「写真を撮る? 何のために?」

「ほら、『放ってほしい』っていってたでしょ。そこで私はいい事を思いついたのです」

 映見は人差し指を立ててポーズをとりニヤリとする。

「私から逃れたいのなら、これで私の写真を撮って欲しいの」

 僕は益々意味がわからなかった。

「これで写真を撮れば僕を放ってくれるの?」

「そうよ」

 僕は恐る恐る手を出してその『写ルンです』を手にした。プラスチックでできたそのカメラはスマートフォンよりも軽々しくて益々おもちゃみたいだ。

「それで二十七枚の写真が撮れるの」

 僕が何も知らないだろうと、得意気に映見は言う。

「二十七枚、君を撮ればいいってこと?」

「そう」

「なんだ、簡単じゃないか。そんなんで僕を放ってくれるのならお安い御用だ」

 僕はカメラを構え、目の前の映見をファインダー越しに覗いた。シャッターボタンに指を掛けたとき映見は「待って」と叫んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る