この駅の周辺にはお嬢様学校といわれる女子高もあって、この駅を真ん中にして僕の通う男子校とまるで対になっているようにふたつの高校が存在していた。

 折角女子生徒のいない男子校を選んだのに、この状態は僕には想定外だった。

通学の行きと帰りに女子高生と出会う機会が多く、また運命を引き合わせるかのように僕の高校とこの女子高は高い確率でカップルになることが多いとも聞く。

 それを知ったのは入学してからで、すでに後の祭りだった。でも女子高の制服を見たとき、いいデザインだなと不思議と既視感を感じた。

 僕の周りには女子高生と出会いを望んでいる男子生徒が多いけど、僕はそれが煩わしい。最寄の駅に着いたらいつも下を向き不機嫌に嫌な奴を演じて通学してたのに、今僕の掌には女子生徒から渡された封筒がある。

 優しいその色合いは恋を連想させる。物好きな女の子もいるもんだ……なんて言ってる場合じゃない。これは僕にとっては一大事だ。

 僕はとりあえずその封筒を鞄につっこんだ。でもそれが愛の告白と決まったわけじゃない。何かの警告かもしれないし、他にも予想もつかない可能性があっても不思議じゃない。

 それでも、僕は知らずと胸が高鳴って不覚にもドキドキしてしまう。一体なんてこった。どうしたらいいというのだろう。

 だって僕は西守透にしがみとおるだ。

 中学の時この名前をもじって僕はこう呼ばれていた。

 「死神が通る」と。

 そう僕は死神だ。そして何人もの女の子たちをこの世から消してしまった。それはすべて僕が好きになった人たちで、僕を好きになってくれた人たちでもあった。

 僕は恋をして相思相愛になると、その女の子が死んでしまうことになるらしい。だから僕はもうこれ以上恋をするのが嫌だった。僕は誰も好きにならないし、誰にも好かれたくもない。

 どうかあの手紙が最悪の事態を招きませんように。

 肩にかけた鞄が急に重くなると同時に、いらぬドキドキが僕を苦しめる。またあの時の女の子たちや苦しかったことが思い出される――。


 僕は呪われている。小さい頃はそんな事に気がつかず、無邪気でお人よしなどこにでもいる目立たない無害な存在と思っていた。

 でもそれは間違っていた。僕は強烈な力を持った嫌われものだと時が経ってからようやく知った。

 かわいそうに最初の犠牲となったのは僕の母だった。僕を産んですぐになくなったからだ。この時の僕は赤ちゃんだから、母がすでにこの世からいないなんて何もわからず、ただオギャーと泣くだけで、何も分からなかった。

 後になって父はあの時の大変さを物語る。そこで未可子みかこさんと出会うことになり、未可子さんが父と赤ちゃんだった僕を助けてくれたらしい。

 父も赤ちゃんを抱えてひとりで生きていくことはできず、ずるいと思いながらもその出会いを利用して未可子さんと結婚し、僕には新しい母がすんなりできたのだ。

 本当の母ではなかったけども、未可子さんは優しく、少し八の字に下がったような眉毛がいつも困った顔に見えて僕には印象的だった。

「何か困ってるの?」

 ついつい訊いていたように思う。

「困ってないよ」

 そういって、やっぱり八の字に眉毛を下げて笑いながら僕をぎゅっと抱きしめてくれた。

「透ちゃんはなんて気持ちのいい子なんだろう」

 気持ちのいい? そこはかわいいとか、優しいとか、そういう形容詞だと思うのだが、未可子さんは癒されるみたいに僕を抱いてはほっと息をついていたように思う。

 当然僕も未可子さんが大好きだった。本当のお母さんじゃないとは後から知らされてわかっていたけど、血のつながりは関係なかった。

 僕の父との間で自分の子供ができなかった未可子さんは僕を我が子のようにかわいがってくれ、僕も未可子さんが本当の母だと思って過ごしていた。傍から見れば僕たちは本物の親子に見えたと思う。しばらくは幸せが続いていた。


 僕もすくすく成長し幼稚園に通うようになる頃、そこで僕が呪われているせいで同じ幼稚園に通う和香わかちゃんが第二の犠牲者となってしまった。

 和香ちゃんは頬がふっくらとしたちょっとふくよかな女の子だったけど、僕にはいつもニコニコして人懐っこかった。僕たちは手を繋いで歩いたり、いつも一緒に遊んだりして仲が良かったと思う。

 和香ちゃんは確かにふっくらとしすぎて、服も体にくっつきすぎてピチピチしていたけど、僕にはその柔らかな赤いほっぺがとてもかわいく見えた。

 この年頃は感情のままに突っ走る意地悪な子がいて、和香ちゃんを「デブ」なんて揶揄やゆする子がいた。

「デブ、デブ、デブワカ」

 調子に乗って杉山一弥すぎやまかずやが言い出した。

 ひとりが言い始めると、周りの子供たちも囃し立てて真似をしだす。僕は一生懸命和香ちゃんを庇い、盾になろうとした。

「やめろよ」

「やーい、透はデブが好きなんだ」

「違う、僕は和香ちゃんが好きなんだ!」

 意地悪そうなその男の子に僕はそう叫んでいた。

「透のやつ、デブワカが好きだって」

 僕は必死だった。ひ弱な痩せた体で和香ちゃんの前に立ち、精一杯の憎悪を込めた目で、目の前の意地悪な一弥を睨んだ。

 ――お前なんか居なくなればいい!

 心の中でそうののしっていたと思う。

 でも、いなくなってしまったのは和香ちゃんの方だった。和香ちゃんはその騒動があって暫くしてから病気が原因でこの世からいなくなってしまった。

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