第一章 僕が恋を恐れる理由
1
男子校に通う僕、
「なんでこんな風になっちまったのやら。なんまいだーなんまいだー」
仏壇の前に座ったばあちゃんは、チーンと軽やかな音を響かせた。そんなこともお構いなしに僕はばあちゃんに作ってもらったお弁当を手にして玄関に向かう。
「行ってきます」
「あっ、透、プランターに水をあげたかい? ちゃんと代わりに面倒みてやるんだよ。最近、透は……」
文句を言われそうになったから話をちゃんと聞かずに遮った。
「わかったよ」
ぶっきらぼうに答えて家を出る。ばあちゃんには愛想もない。
高校に通うようになってから毎朝この調子だ。
面倒くさいと思いつつ、ばあちゃんにいわれたように、ジョウロを手にして外の水道から水をいれ、玄関から少し離れた場所に置いているプランターに水を撒いた。
植えたのは昨年だったと思う。一度枯れたけど、また春になると勝手に芽が出てきていた。なんで僕が世話をしなければならないんだと思いつつ、ばあちゃんがそうしろと言うからただ言う事を聞いていた。ばあちゃんは少しだけしつけに厳しいところがある。
でも僕はばあちゃんにとても感謝している。ただそれをどのように伝えていいかわからない。
ばあちゃんだって、結構僕といい勝負な頑固さがあるからおあいこだ。かなり堅物で見かけもいかつい。最近の老人は元気で若く見える人が多いけど、ばあちゃんは六十歳を過ぎたばかりで、すでにどこぞの種族の婆様のように貫禄たっぷりに皺が多く目つきも鋭い。それが威圧的に怖く見える。本当はそんなんじゃない、思いやりのある人とわかっているけど。
僕を引き取ったからには義務もあり、それなりに僕の世話をしてくれる。でも僕はばあちゃんに好かれるつもりはなかった。自分から頭を下げて一緒に住まわせてと頼み込んだにも関わらず、僕は笑顔をばあちゃんに見せたことはない。
ばあちゃんは多少気に食わないかもしれないが、僕が一緒にいることは決して悪くないと思っているはずだ。そうじゃなかったら、血のつながってない僕を住まわせることなんてしなかったと思う。
そう、僕とばあちゃんは見かけは孫と祖母に見えても赤の他人同士だった。
山が連なり、畑や田んぼが広がるような田舎で、僕は自転車を走らせて駅に向かった。慣れない土地での生活は僕にはちょうどいい。不自由さを感じながら毎日を過ごすと気がまぎれるからだ。単調でスムーズな生活は余計なことを考える隙を与えてしまう。
ばあちゃんちに引っ越してくる以前は、ここよりも都会だといえるくらいの便利な街中で父と暮らしていた。高校入学をきっかけに僕はここへ来ることを自ら望んだのだ。
それ以前からもちょくちょくばあちゃんの家には押しかけていたけども。まあ、僕にとったら居心地のいい場所には違いない。
僕は学校でもやたらと暗い。もう少し身なりを気にして髪を今風にスタイリッシュにすれば、そこそこイケてる感じも作れそうだが、そんなことはしたくない。
小中学時代はかなり虐められ、僕は恐ろしいほど気味悪がられた。自分でも僕のような奴が側にいたら同じことを思うかもしれない。
だって自分自身、僕はかなり最悪な奴だと自負しているからだ。
僕は女の子に好かれたくないし、女の子を好きになりたくもない。
だから高校は男子校を選んだし、極力女の子から遠ざかっている。僕は恋をするのが嫌なのだ。恋なんてろくなことがない。僕にとっても女の子にとっても。
それなのに、今朝、学校近くの最寄りの駅に着いてたくさんの生徒たちに紛れて改札口に向かっていた時、改札口の向こう側にいた髪の長い女子高生の視線を感じて目が合った。
ずっと僕を待っていたように、僕が改札口から出るとそわそわとしだして僕に近づいてくる。何かの間違いかと思いたかったけど、その女子高生は僕に桜色の封筒を突き出した。
その封筒の色をピンクや桃色と表現しなかったのは、散った桜の花びらが駅周辺に落ちていたからだ。まるで木から零れ落ちていく桜の花びらが気まぐれに僕の目の前にやってきたようだった。
じっと見つめるだけでそれを手にしようとしない僕に、彼女は無理やり僕の手を取ってそれを掌に置いた。
そのあとはわざとらしく自分の腕時計を確かめるふりをして、さっさと走っていった。
「いっけない、遅刻、遅刻」
長いつややかな黒髪を揺らして彼女が遠ざかって行く中で、微かにそんな声が耳に届いた。
僕はどんな顔をしてその姿を見ていたのだろう。突然のことに訳がわからなくなっていた。
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