第3話 印章士と覆滅士
今川義元の師であった大原雪斎は、遠江に妖魔の王であるゼノヴァと契約を結び、遠江に創られた巨大な門から、妖魔たちは出入りしていた。
大原雪斎は自分が死んだ後の事まで考え、三国同盟を結ばせた。妖魔は何処まで行っても人間の敵である事に変わりはないと、考えていたからだった。
そして大原雪斎は死んだ。
妖魔の王は人間の国に、己たち妖魔の拠点となる城が欲しかった。しかし、大原雪斎は先の先まで見ていた。三国同盟が成されている以上、動くに動けなかった。
しかし、今川義元の死で、契約を交わしていた大勢の妖魔たちが、解放されたように、人間のこの世界へ飛び込んできた。妖魔の存在を知るのは、まだ日本全土でも、少数しか居なかった。
理由として第一に、運悪く出合えば食われていた。第二に妖魔と古来より闘ってきた二族の者たちによって、人知れず封印されていたからだった。
二族の者はこう呼ばれていた。妖魔との死闘をする覆滅士と、妖魔を封印する印章士を合わせて“章滅士”と知る者たちは、そう伝えてきた。
義元が自分の軍の中枢として、おいて置きたかった為、知る輩は全て妖魔によって、食い殺されていた。
三国同盟を結んでいた故、武田信玄は妖魔の存在を知っていた。そして彼は非常に警戒していた為、妖魔と闘える者たちを、密かに探していた。織田に送ったのは、妖魔は強く、倒す事は困難であった為、武田信玄は秘密裡に五組の
印章士は、必ず妖魔を倒せるだけの力を持つ者と、二人で行動する。妖魔を倒した後、印章士の体内に封印する為である。故に限界はあるが、印章士しか奴らを止める術は無かった。
妖魔を知る、織田信長、松平家康、武田信玄、北条氏康、そして多くの妖魔を抱えていた今川義元。義元の死によって、均衡は崩れた。これにより、群雄割拠の世界は、更に大きく変化を遂げようとしていた。
妖魔王ゼノヴァは、今川義元の死を知り、武田家と同様に、すぐに動いた。何の力もない今川氏真を食い殺し、浜松城を制して、すぐに他の城も制圧していった。
今川義元の死により、二人一組である章滅士であるかれらもまた、各地に散って行った。
今川の領土である遠江は、完全に妖魔が制圧した。奴らを縛るものは、もう何も無かった。
明らかに人間では無いソレは、獲物を探していた。
「おい。化け物」声のする方へ、妖魔は顏を向けた。そこに立っていたのは、体こそそれほど大きくはないが、容姿端麗で、声をかけられなかったら、女だと勘違いしていたであろう程の男が、腰に剣を差して立っていた。その横には、妖魔と昔から敵対している印章士が立っていた。
「貴様ら如きにやられるほど弱くはない。お前を食って更に強くなってやる」
「まて。お前の相手は俺だ」
「両方とも食ってやるから黙ってろ」妖魔の言葉の後、一瞬だけ風が吹いた。
女のように美しい剣士は、疾走しながら剣先を読まれぬよう、妖魔と交差する一瞬に剣を抜いて首を刎ねた、そして疾走する足を返すと共に、銀色の刀で、真っすぐ上から下までを斬り裂いた。
印章士は、その朽ちたように崩れ落ちた妖魔に対して、無言で手を
「こいつも違ったか」背後から覆滅士の声がした。
そしてその血肉は、印章士の翳した掌に、吸い込まれるようにして、全て消えた。
「大丈夫か?」
「ああ。こいつら程度なら問題ない。各地へ飛んだ妖魔のほうが厄介かもしれない」
「そっちに行くか?」
「俺たちはまずこの辺りを片付けよう。強い奴を封印しないと、奴らは限りなく出て来る。ボスがいるはずだ。そいつを封印しないとまずい事になる」
「分かった。俺の役目は妖魔を倒す事だ。俺が見つけるが、無理そうなら言ってくれ」
「俺たちは二人で一人の存在だ。だから章滅士と呼ばれる。どちらかが欠ければ、意味の無い存在でしかない」
「分かってる。他意は無い。気分を害したなら謝る」
「大丈夫だ。今の奴程度なら俺でも問題ないが、俺程度の強さでは話にならない」
「武田信玄が動いた。駿河を制圧するつもりのようだが、遠江に妖魔の王の門がある事を知らないのだろう。燕火、俺たちは一時離れよう。覆滅士でなくても、殺す事は出来ないが、倒す事は出来る」
「雪景に任せる」
「分かった。俺たちは三河に向かう。途中に多くの妖魔がいるだろうが、そいつらは無視して、高位の妖魔を狙う」
「無理そうなら、いつも通り合図を送る」
「分かった」
彼らは三河に向けて走り出した。途中で戦後の主を失った馬がいた。
二人はそれぞれ馬に跨ると、疾駆させて三河を目指して、風のように進んだ。
武田信玄の動きは、完全に状況を把握していた北条氏康の元に入って来ていた。
北条家に仕える風魔小太郎率いる、忍者の風魔衆が、状況を逐一報告していた。
「小太郎。信玄の動きをどう見る?」
若き忍びの棟梁である小太郎に、氏康は意見を求めた。彼は前髪の隙間から片目を覗かせて答えた。
「信玄は以前より、章滅士を集めております。信長に貸し与えたのも、ほんの一部に過ぎません。情勢を見守りつつ、我ら風魔の章滅士がいる限り、何人もこの地を踏ませません」
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