第11話 お勉強の時間です

 翌日の朝。

 大通りを歩くクラウスの後ろについていくシリカ。

 今日は比較的歩きやすいように、軽めの衣服に着替えている。

 クラウスは護衛の役も担っているため、帯刀している。

 貧乏な国とはいえさすがに馬車くらいはあるが、街の査察という目的を考えて徒歩を選んだ。

 大通りと言えど、王都にしてはかなり幅が狭く、人通りも多くはない。

 街中の家屋はボロボロで修繕をされていないことは明白だった。

 規模はそれなりの家が目に付くのに、修理代を支払えないのはなぜだろうか。

 高級な家屋や衣服などで見栄を張る没落貴族とは違うだろうし、どうもちぐはぐだ。


 すれ違う人々はシリカを見ると、小さく頭を下げて立ち去っていくという、冷めた反応を見せる。

 あまりに淡泊な態度だった。

 短気な王妃であったら不敬罪に処す可能性もある。

 もちろん平身低頭を望んでいるわけではないが、違和感は拭えなかった。


(王家に対しての敬意は感じられない……同時に王家の強権もない、と考えてよさそうね)


 シリカが王妃となったということは国民にも伝えられているだろうが、婚儀は大々的に行われたわけでもない。

 それも国民たちの反応が薄い一因なのだろうか。

 人々の顔に元気はなく、疲弊しているように見えた。


「みな、元気がありませんね」

「……我が国は裕福ではありませんゆえ」


 歩きながらシリカは国民や街の様子を眺める。


「ロンダリアはどのような産業が盛んなのですか?」

「主に鉱業です。山岳地帯に鉱山がいくつかあり、鉱夫たちが日々採掘に励んでおります」


 確かに、大人の男性はガッチリとした体格が多いように思えた。

 それは肉体労働をしているという証なのだろうか。


「ロンダリア領土は、主に荒野平野山岳森林の四種に分かれておりまして。荒野平野では産業に発展可能な資源はなく、森林は長らく放棄されており、山岳地帯における鉱山が唯一の資源を得られる場所となっております」

「生産はどうなっていますか?」

「残念ながら……資源となる鉱石を加工するには、技術を持つ職人と冶金に必要な機材と環境を整える予算が必要ですが、そのどちらも我が国には存在しません」

「……店は一つしかないようですが、流通や交易はどうなっているのですか?」

「王都内には宿屋や商店、飲食店が入った複合店舗が一つあるだけです。卸は他国の業者と専属契約をしており、そちらで鉱石の貿易を任せています」


 ロンダリアは大陸中央付近に位置しており、海はほど遠い。

 海岸沿いであれば、貿易関連の産業を興すことも可能だっただろう。


「ロンダリア国は、人口およそ1000人ほどの小国です。王都内だけですと300人ほど。その上、産業と言えるものは鉱業のみで、収益は少ないだけでなく連合国への課税もあり――」


 シリカは訝しげにクラウスを見た。


「待ってください。今、連合国への課税と言いましたか?」

「正確には課税とはみなされませんが……我が国は実質的な植民地状態にありますので」

「しょ、植民地!? ロンダリアは連合国の統治下にあるのですか!?」


 シリカにとっては初耳だった。

 というより地理や歴史に関しての知識がほとんどないため、わからなかった。

 聖女時代に一般的な教養を学びはしたが、小国に関する知識など得る機会はなかった。

 しかし連合国のことならばさすがに知っている。


 聖ファルムス国を筆頭とした、大陸最大の連合国。

 数十年前、聖女を主とした宗教体制を敷いた聖ファルムス国は、世界中に宗教的な活動を広め、国内外を問わず強大な権力を手に入れた。

 その最中、全人類の救済を掲げた連合国が生まれた。

 連合国は武力的な行使を極力せずに、――布教や救済という名の――宗教侵略を行った。

 各国内で過激派の聖神教徒反乱軍が乱立し、蜂起が起きた。

 その後に連合国が場をとりなし、結果的に多くの国や土地が連合国……特に聖ファルムスの領地となったというわけだ。

 ロンダリアはその内の一国家だったらしい。


「半ば、という状態でしょうか。完全な植民地化であれば連合国、特に聖ファルムス国に統治の責任が生じます。ですが我が国は表向きには同盟国となっていますので……重い関税や実体のない顧問料などにより搾取されております」


 クラウスは表情一つ変えず言い放った。

 包み隠さず言うということは事実であり、また同時に隠すようなことでもないということなのだろう。

 あるいは別の意図があるのか。


「二十年前。先代であるヴィルヘルム様の父君が統治なさっていた時代、ロンダリアはそれなりに大きな国でしたが、先の宗教侵略により、国土は縮小、国益も損なわれ、連合国以外との国交はなくなり、今の状態に。その時の心労がたたり先代の王は崩御なされ、幼かったヴィルヘルム様が王の座につかれました。以降はヴィルヘルム様の采配で何とかやりくりをしている、という状態です」

「国土も人口も少なく、どれほど利益を出しても連合国の課税で財政は良くならない、だから国も国民も貧しい……」

「その通りです」


 食事や衣服は質素、人は足りず、催しも粛々と行い、他国との交流はなく、国民は疲弊し活力がなく、家屋は老朽化し、修繕する余裕もない。

 それらの理由はすべて連合国の搾取に起因しているということだろうか。

 しかもそれだけで飽き足らず、元聖女であるシリカを無理やり嫁がせた。

 現聖女であれば別だが、元聖女となれば利益となる部分はほぼない。

 むしろ王族や貴族などと縁を結ぶ機会を奪われた、ということでもある。

 もはや嫌がらせの域を越している。

 ヴィルヘルムがどれほど辛酸を舐めさせられているか、想像に難くない。

 自身を粗末に扱われたという考えはシリカにはなかった。

 ただ純粋に思った。


「……ひどい」


 心が苛まれるようだった。

 聖女の時、人々を救い、笑顔になる瞬間が好きだった。

 でもこの場所にそれはない。

 ただただ虐げられる人たち、努力を踏みにじられ、奪われる人たちばかりだった。

 それは国民だけでなく、王であるヴィルヘルムでさえも同じだった。

 強い感情が込み上げてきて、思わず顔をしかめた。


「元聖女としての立場でありながら、聖ファルムスの所業を知らずに王妃となった……私は恨まれているのでしょうね」


 国民たちの反応が良くなかったのも、もしかしたら元聖女への悪感情からだったのだろうか。

 そう考えたシリカだったが、クラウスは首を横に振った。


「それはないでしょう。シリカ様が聖女となったのは十年前。すでにロンダリアは国力を失っていました。それに聖女は実権を持たないということは周知の事実ですから」

「ですがそれは、国民には関係ないことでしょう」


 聖女は聖神教の顔だ。実権を持たないため無関係、と考えられる人間は多くないだろう。


「……先の宗教侵略は表立っておりませんゆえ。国民からすれば、精々が内乱や暴動が起きた程度の認識でしょう。宗教侵略と知るのも一部の知識人のみ。一般労働階級の平民には事情を知る人間はほぼいませんので。それに……我が国は情報の伝達が乏しいのです」

「啓蒙がなされていないと?」

「あるいは無益な知識を与えるべきではないとお考えなのかと」


 ヴィルヘルムの考えなのだろうか。

 ではロンダリアからすれば、国益や国土を失った原因は聖神教団にある、と知らないのだろうか。

 確かに、仇敵であるはずの元聖女のシリカを前にして、国民の反応は淡泊だった。

 彼らは何も知らない、ということなのだろうか。

 それが真実ならば、そのおかげでシリカへの反発は少ないと言うことでもある。

 しかし敢えて事実を伏せることが正しいのだろうか。


 だが、過去の歴史をシリカが語ったとしても、国民たちが信じるとも、受け入れてくれるとも思わない。

 少なくとも自分の判断だけで行動すべきではないだろう。

 複雑な心境の中、シリカは俯いたまま歩き出す。

 聖女として人々を癒し、人々に尽くすことだけを考えていた。

 聖ファルムス国がしたことをシリカは深く知らなかった。

 クラウスからの情報だけで判断するべきではないが、盲目的に聖ファルムス国を信じることもまたすべきではないだろう。

 すでにその一端をシリカは体験している。

 先行くクラウスの背中を見て、ふと疑問に思った。


「陛下からは公務も勉学もしなくてよい、と伺ったのですが……話してよかったのですか?」

「よくはないでしょうね」

「ないのですか!? で、ではなぜ」

「必要なことだと思いましたので」

「必要なこと、ですか?」


 問いかけに答えるつもりはないのか、クラウスは一定の距離を保ったまま先を歩いている。

 端的ではあるが国の事情はわかった。

 そして自分がいかに無知であったかを。

 だからこそ余計に思いは強くなる。

 もっと知るべきなのだと。

 もっと国や陛下のために力になりたいと。

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