第7話 静かな夕食
カチャカチャと無機質な音が響く。
城内の食卓にシリカとヴィルヘルムがついている。
目の前には質素なパンとスープと小さな肉とワインがあるだけ。
王族の食事にしてはかなり貧相だが、国の状況を考えれば仕方のないことだろう。
小城の割に食堂は広く、暖炉も備え付けられている。
恐らく何か催しがあった際に、食堂を会場にするのだろう。
部屋の端にはアリーナが一人ぽつんと立っているだけだった。
他に侍女も下女も給仕もいないらしい。
それはそれとして問題は、互いの位置である。
無駄に長いテーブルで、しかも互いに端と端に座っている。
遠い。遠すぎる。
これでは会話なんてままならない。
大声で話す食卓なんて聞いたこともなかった。
シリカは食事をしながら、ちらちらとヴィルヘルムの様子を窺っていた。
彼はまったくシリカを見ない。
食事に集中していると言うより、あえてシリカを見ないようにしているようにさえ見える。
(これはつまり話したくない、ってことなのかしら)
物理的にも精神的にも距離が凄まじい。
思えば、数時間前の初対面でも好感触な会話とは言えなかった。
噂とは違う人らしいということと、好青年であるかもしれないということはまた別。
結婚を受け入れはしたものの、積極的に夫婦としての交流をしていこうと思っているかどうかもまた別だ。
何か事情があるのかどうかはシリカにはわからない。
あるいはただ極度の人見知りなのかもしれない。
(馴れ馴れしくするのもよくないかもしれないわね……)
一旦、大人しくしておこう。
非常に気まずいけれども。
シリカの胸中を知ってか知らずか、ヴィルヘルムが席を立った。
シリカと目が合うと、小さく頷きそのまま出て行ってしまう。
食卓に残された食事は半分ほど残っていた。
パンなんて手も付けていない。
あれだけ痩せている理由は明白だった。
一人残されたシリカは気まずさを感じながらも、食事の手を緩めない。
食事は人生の基本。食べられる時にきちんと食べる。
そうしないと倒れちゃうもの、と内心で言いながら完食した。
「おいしかったです。ありがとうございます」
「え? い、いえ! りょ、料理長に伝えておきますね!」
アリーナが恐縮した様子で答える。
シリカは柔和な笑みを浮かべ、そして食堂を出た。
シリカは先ほどの情景を思い浮かべる。
(陛下は小食みたいね……しっかり食べないと危険だわ。王が倒れたら国も転覆してしまう。進言した方がいいのかしら。けれど、病気とか何か理由があるかもしれないし……とにかくもう少し様子を見るべきかも)
廊下を歩きながら考えていると、ふと床や壁に目が留まる。
絵画などの嗜好品はない。
気になったのはそこではない。
壁の縁や窓枠、壁際の床など、汚れが幾つもあった。
本来は、王の住まう城内がここまで不清潔なことなどあってはならない。
玄関辺りは比較的に綺麗に清掃がされていたのだが。
辺りを見回すと、誰もいない。
少し遅れて食堂からアリーナが出てきた。
両手一杯に食器を手に、ふらふらした足取りで歩いている。
危なっかしすぎて、シリカははらはらとしながら様子を窺っていた。
そんな彼女に気づかず、アリーナはシリカの前を通り、台所へと入っていった。
ほっと胸を撫で下ろしながらシリカは思考を巡らせる。
(ワゴンもないのかしら……恐らく完全な人手不足ね。掃除も行き届いていないし、アリーナ以外の世話係を見ていない。もしかして彼女一人なの?)
小城とは言え、中規模の館くらいには広い。
一人で清掃、洗濯、シリカやヴィルヘルムの世話、他の雑務など、すべて兼任しているとしたら。それは間違いなく手が回らないだろう。
執事長のクラウスも担っている部分もあるだろうが、恐らく彼は公務関連の仕事が主になるはず。
人がいない。そしてお金もない。ゆえにアリーナだけが侍女として働いているということだろう。
働き者ではあるようだが、経験不足に見える。
シリカは難しい顔をしながら私室へと戻っていった。
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