戦神のガントレットⅡ
おちむ
第一章 旧知の敵
1
かたい
ゆっくりと
天幕の周囲では部下の兵士たちが
戦場で
「夢か・・・・・・」
フィオラは
それは、メルセリオに初めて出会った時の夢だった。
もう七年も昔になる。フィオラはまだ一六歳だった。
父親が、娘であるフィオラを騎士として
男子に恵まれなかった以上、フィオラが
あるいは、運命に
いずれにせよ、フィオラは父親の望みどおりグランゼスの名に
一方で武名とは
武門の名家たるグランゼス家の長女で、しかも、
一二歳から一六歳までがローデラン貴族女性の
そんなある日、縁談をしつこく
だがその日は、せっかくの気晴らしを邪魔する
「おのれ! よくも
グランゼス家の領内で
が、ふとその動作を中断する。
旅商と野盗の間にふたりの旅人が割って入り、
しかし、話しあいはすぐに
たったふたりで旅商を守るために戦っている旅人の
そこに勝者として立っていたのは、数で圧倒的に優勢だった野盗たちではなく、
命と荷物を救われた旅商たちが、何度もふりかえっては旅人たちに手をふって感謝を示しながら立ち去る。
彼らの背中を
「ご
フィオラを見るなりそう言ってきたのは、
「なれど、ごらんのとおり、
その旅人は、黒く長いしなやかな髪を両肩から胸もとへと
だが、なによりも印象的だったのは切れ長の目に
あれだけの修羅場を
この乱世にあって、同情やあわれみなどは弱さにつながるだけだと信じるフィオラにとって、およそ理解できない目をした男であった。
「なぜ、わたしがグランゼス家の者だと?」
初対面にもかかわらず「姫」と言いあてられたことにフィオラが
「おまえ、バカかよ」
えらそうにそう指摘してきたのは、もうひとりの旅人のほうである。白亜色のローブを着ているが両腕に
「おまえの馬の
なかなか
「バカだと? よくもこのわたしを
父親以外の人間に、面とむかってそのような口をたたかせたことなど一度もなかったフィオラにとって、剣の
「剣を抜け、小僧! わたしと
「よさないか、レイタス」
長髪の男が、弟をたしなめるような口ぶりでそう言った。
どうやら、レイタスというのが生意気な小僧の名前のようである。が、「よさないか」という部分は、
「弟子の無礼を、このメルセリオが
メルセリオと名乗った長髪の男が、うやうやしく
これほど
「ほう。その無礼な小僧はそなたの弟子か。では、弟子の
フィオラが、剣の
「つぐない、と申されますと?」
「知れたこと! 剣を抜いて、わたしと勝負せよ!」
「なにゆえ」
「我が名誉が傷つけられたのだ。このままでは引きさがれぬ!」
「お断り申しあげる」
きっぱりと拒否され、フィオラはあせった。
「なッ・・・・・・逃げる気か!」
「剣を
「理由なら言ったはずだ! そなたの弟子に、我が名誉が傷つけられたのだ!」
「それは
「愚かしいだとッ」
本心を
「流れ者のそなたに、騎士の名誉のなにがわかる!」
「もお~、面倒くせえなあ」
そう
「俺にやらせてください、先生。このうるさい女、一瞬で負かして黙らせてやりますよ」
このレイタスという小僧には、あきれたことに、自分がこの
メルセリオも自分の弟子にあきれているような表情を浮かべていたが、あきれている理由はフィオラとは別の
「その
「え?」
「どうして、おまえが彼女に勝てると断言できるのだ?」
「あ、いや、そのォ──」
「根拠もなく勝敗を語ってはならぬと、あれほど教えたはずだ」
メルセリオから鋭くにらまれ、レイタスはあきらかに動揺していた。
どうやら、弟子の発言のなにかが師を怒らせたようである。
あれほど生意気だったレイタスが肩をおとしてうなだれた。
「つい、言葉の
「おまえの
「それ、どういう意味です?」
「おまえは相手の
「そんな・・・・・・」
「信じられない、といった顔だな・・・・・・しかたない。おまえの
そう言うと、メルセリオは
「気がかわりました、姫。あなたの挑戦をつつしんでお受けいたします。ただし、戦うのはわたしではなく、弟子のレイタスです」
相手が決闘を受け入れたのは喜ばしいが、対戦相手にフィオラは不満があった。
「ふん。弟子の
「この者を倒せないようではわたしの相手はつとまらない、と、ご理解ください」
「なるほどな」
もっともな言い分である。師匠が弟子より
「いいだろう。だが、そこの小僧を片づけたあとは、必ずそなたに相手をしてもらうぞ」
「
メルセリオはフィオラをまっすぐ見つめて小さくうなずいたあと、ふたたび弟子を
「いいか、レイタス。これは修行の
「わかってますって」
レイタスは自信をみなぎらせた笑みを口もとに浮かべていた。
意味のわからない
(用心は、しておいたほうがよさそうだな)
フィオラは自分の勝利を確信しつつも、そう心もちかまえた。
白ローブ姿のふたりは、野盗から商人を救ったことから悪人ではなさそうだが、
「いつでもいいぜ、
レイタスが
どこまでも人をおちょくったその態度にフィオラは激怒し、
「まいるぞッ、小僧!」
フィオラは大地を
それをレイタスは体を回転させてかわし、回転した
フィオラはとっさに身をかがめて
が、その
互いに肩を小さくゆらしながらにらみあい、両者は次に踏みこむ
(なるほど。
わずか数秒の間に行われた一連の攻防で、フィオラは相手の強さを素直に認めた。
そして、そう認めると笑いがこみあげてきた。レイタスを
「気味の悪いやつだなあ・・・・・・」
戦いのさなか、不意に笑いだしたフィオラを見て、レイタスが
フィオラが
フィオラは戦法をかえた。重い一撃でしとめようとはせず、素早い斬撃を左右に散らし、まずは相手を防戦一方へと追いこむことにした。
速さを重視したフィオラの斬撃は軽くなり、その一撃一撃はやすやすとレイタスの剣に
この状況をつくりだしてから、フィオラは
案の
その攻撃をフィオラは読んでいた。反撃するように
そして、読みきった相手の攻撃ほど対処しやすいものはない。フィオラのように高い技量を持った剣士であればなおさらである。
フィオラはやすやすと攻撃を受け止め、すかさず手首をかえしてレイタスの剣を
くるくると回転しながら落ちて、地面に突き刺さるレイタスの剣。
勝負はついた。
だから当然、フィオラは自分の確定した勝利に心
ところが、負けが確定となってうなだれているべき対戦相手が、フィオラの目の前で無手となった右の
(
ローブの長い
ところが、くりだされてきたのはフィオラの予想に
(しまったッ──)
防御の姿勢が間にあわないことを
だが、不意にその拳がピタリと止まった。フィオラの
見ると、レイタスの拳はメルセリオの手によってしっかりと受け止められていた。いつの間にか
「言ったはずだ、レイタス。剣以外の
静かな口調でたしなめられた弟子は、
「へへ、つい熱くなっちゃって・・・・・・」
「すぐ拳に頼ろうとするのはおまえの悪い
弟子の拳を解放したメルセリオが、今度はフィオラにむきなおってうやうやしく
「この勝負、我が弟子の負けです。おみごとでした、姫」
「・・・・・・・・・」
戦いを止められていなければ、レイタスの拳は確実にフィオラの
初めて味わう敗北感に、フィオラは
まるで、フィオラがこれまでの人生で
(おのれッ・・・・・・)
フィオラにとって、この
フィオラはメルセリオを鋭くにらみつけ、もう一度、剣をかまえなおした。
「わたしが勝ったというのなら誓いを果たしてもらうぞ! さあ、わたしと戦え!」
「どうしても、なさいますか?」
「誓いをやぶるつもりかッ」
「・・・・・・わかりました」
しぶしぶといった
今、フィオラの前に立っている男は、フィオラが雄敵と認めたレイタスを
だがフィオラは
(あの男を倒し、名誉と
フィオラがそう念じた直後だった。
「まいる」
(突進からの、突き!)
相手の攻撃をそう読んだフィオラは、メルセリオが突きだしてくる剣の
読みどおり、メルセリオは
(やはりな!)
フィオラは相手の剣を
(え・・・・・・)
メルセリオの剣が、フィオラの
フィオラの剣は、相手の剣をかすることもできずに
「勝負あり、で、よろしいか?」
剣をふりあげた
(こ、殺される・・・・・・)
フィオラにそう直感させるだけの
実際、あとほんのひと押し、アリを指先でひねりつぶす程度の力をこめるだけで、メルセリオはフィオラの命を
フィオラはよろよろと
そうさせたのは、死を突きつけられた現実からの
勝負のなかでフィオラが今まで味わったことのない
そして、恐怖で後ずさりするその足が、不意になにかにとられ、そのせいでフィオラは体の
「きゃ!」
その直後、左の足首に痛みと違和感が走る。地面の
剣をおさめたメルセリオがフィオラのもとまでやってくるとしゃがみこみ、慎重な手つきでフィオラの左足を
「骨に異常はなさそうですが、これでは歩くのにも
そう
「おゆるしください、姫。このような
フィオラとの決闘で見せた死の
(おかしなやつ・・・・・・)
その強さはもちろんのこと、内面においても、今までフィオラのまわりにはいなかった
と、その時、メルセリオがフィオラの背なかと足に腕をまわしてきた。
「な、なにをするッ」
そう
「一刻も早く城にもどり、
腕のなかのフィオラを見おろして、そう
しばらく、フィオラは吸いこまれるような気持ちで彼の黒い瞳に
「い、いいからおろせ! 早く!」
メルセリオの両腕のなかで
なにを
そんなフィオラの
「誰かの手をかりるのを恥じることはありません。真に恥ずべきは、
「よけいなお世話だ! これくらい自分で歩ける! だからおろせ! おろさぬと
だが、フィオラの悲鳴にも
「結局、城につくまでおろしてもらえなかったな・・・・・・ふふ」
夢で思いだした
あの時、フィオラの乗馬があったにもかかわらず、メルセリオは馬をレイタスに引かせ、わめき散らすフィオラを彼自身が両腕にしっかりと
フィオラに
「まったく、あきれるほどのお
そうつぶやいた直後、なんの
彼の優しさを思いだして流れたそれは、もう二度と
(すべては過去だ。夢のなかの出来事にも等しい、遠い記憶の
自分にそう言いきかせながら、フィオラは右頬を
そうしたところで涙が
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